109 災難と僥倖
港町トライアングル。
わたしがこの港町に来たのは2回目だ。
前に来た時は奴隷商人に捕まって奴隷として連れて来られたから、正直良い思い出が無いし、どんな町なのかも本で見た知識だけ。
そんな港町トライアングルはとても綺麗な港町だった。
町並みは中世ヨーロッパが近いだろうか?
パッと見が細長くて、カラフルで三角の形の屋根の家が隙間無く立ち並んでいる。
静かな町並みに、大通りの外れの小道で遊び回る子供達。
海沿いでは、路上で演奏する人や、マリオネットで芸を披露する人に、新鮮な魚を路上で販売する漁師。
そして、三角海月が宙を舞う。
トライアングルジェリーフィッシュとも呼ばれる三角海月は、実際にしっかりと見ると本当に綺麗な空飛ぶクラゲだった。
色はカラフルで見ていて飽きない。
この三角海月を見る為だけに、この港町に観光に来る人が沢山いるらしいけど、これだけ綺麗なら頷ける。
三角海月をのんびり見ていたいけど、観光に来たわけじゃないからそんなわけにもいかない。
この港町に来たのは、勿論リングイさんの孤児院【海宮】に向かう為だ。
海宮まではかなりの距離があって、まずはこの港町トライアングルで船に乗る必要がある。
道のりは本当に長くて、ここから船で国境を越えて南の国に行き、更に南の国の港町で船に乗り換える必要があった。
そして、わたし達は結構な大所帯で、わたし、お姉、モーナ、ラヴィ、メソメ、と他に子供が12人。
それから、サガーチャさんの計らいで護衛の兵士が10人。
全部で27人もいる。
それと、何故かダンゴムシもいる……。
何で連れて来たんだって感じで、わたしの気は滅入っていた。
ただ、このダンゴムシを連れて来たのは、認めたくないけど正解でもあった。
大きいから背中に子供を乗せれるし、力が強いらしくて馬車代わりにもなっていた。
わたしの個人的意見を一先ず置いておいて、欠点をあげるとすれば、背中が青白く輝いているせいで目立つ事。
周囲の視線を集めるには十分過ぎる程に目立っていて、時折ダンゴムシに近づこうとする怪しい人物に、ドワーフの兵士が睨みを利かせていた。
さて、早朝にお城を出たので、まだ昼前だ。
ドワーフの国からここまでの時間は、馬車を使って休憩なしで約5、6時間と言った所だろうか?
足の速い馬や荷物の関係で時間もだいぶ変わるみたいだけど、あの時、モーナとラヴィとワンド王子がこんな長い距離を移動して来てくれたんだなと思ってちょっと嬉しかった。
わたし達は昼食をとる前に、乗船場へ向かう事になった。
サガーチャさんの話では、ドワーフの国は船を持っていないので、冒険者が乗る船に一緒に乗せてもらう予定だ。
本当は観光者用の客船もあるけど、この人数だと予約が必須だから直ぐには無理らしい。
それに、冒険者用の船は予約なしで安く乗れるわりには安全面では完璧らしく、下手に客船に乗るより安心できるとの事。
理由は、海上で襲われても冒険者が護ってくれるから。
海上で何に襲われるのか、それは――
「愛那ちゃん見て下さい! おっきい船です!」
「へ? ああ、うん。そうだね」
船着き場に来ると、お姉が指を差して話しかけてきた。
お姉が指を差した先には、幾つもの船が止まっている。
豪華なものから質素なものまで様々だ。
船を見て子供達がはしゃぎだし、護衛の兵士がそれを困り顔で面倒をみる。
お姉はわたしに話しかけた後、ラヴィと一緒に船に近づいて見上げた。
モーナはダンゴムシの背中に乗って、猫の様に丸くなって寝ている。
「マナちゃん、兵隊長さんが船の事で確認があるから、あっちの乗船場の建物の中に来てだって」
「分かった。ありがと、メソメ」
「うん」
兵隊長に呼ばれたみたいなので乗船場へ向かう。
すると、メソメがわたしの腕を取って隣を歩いた。
建物の中に入ると、兵隊長がカウンターで受付の人と何かを話していた。
わたしとメソメが来た事に気づくと、兵隊長さんがわたしに微笑して近づいてきた。
「すまないな」
「いえ。船の事で確認したい事があるって聞いたんですけど、何かありましたか?」
「ああ。それが、姫さんの話と違ってて困っちまったのさ」
「はあ?」
何が違うのか分からなくて、わたしは受付の人に近づいた。
「すみません。何か問題がありましたか?」
「あ? この嬢ちゃんがドワーフの国のお姫様か?」
「違う違う。この方は姫さんのご友人だ。失礼の無いようにしてくれ」
「ご友人ねえ」
受付の人はそう言って、やれやれとでも言いたそうな表情を見せた。
少し小太りのおじさんで、歳は40くらいだろうか?
頭は真ん中が禿げてて左右には紺色の髪の毛があり、小さくて丸いメガネをかけている。
そんな受付のおじさんはジロジロとなめる様にわたしを見て、わたしの質問に答えずにため息を一つ吐き出した。
少しイラッとしたけど、わたしは得意の営業スマイルをする。
「何か問題がありましたか?」
「はあ。おい兄ちゃん、本当にこの子があんた等の代表なのか? ったく、ドワーフは見た目が幼いからって思ったけど、どう見ても兄ちゃんと違って本物の子供じゃねえか」
「いい加減にしろ。この方は我が国の第一王女の友人であり王太子を救って頂いた英雄だ。それ以上侮辱すると許さんぞ」
「はいはい。分かりました分かりました。んで? 問題だったか?」
「はい。何か問題がありましたか?」
何回同じ事言わすんだと思いながらも営業スマイル。
すると、受付のおじさんはまたため息を吐いて、面倒臭そうにわたしを見た。
いや、ホント失礼だなこのおじさん。
「ドワーフのお姫様から、冒険者が乗る船に子供を同乗させてほしいって内容の手紙が、昨日の夜10時頃に届いたんだがよ。人数を書いてないもんだから、あんな大所帯だなんて思ってなくて、何にも準備してねえんだよ。あの人数は同乗っつってもそれなりの準備が必要だ。それに船の大きさだって通常のものじゃ乗せられねえってもんだ。だから今直ぐには無理だって言ってやったら、この兄ちゃんが昼食を取った後に乗りたいから直ぐに出発できるようにしろって煩くてね」
聞いていてわたしまでため息を吐き出したくなった。
これは、わたし達の方が悪い。
少なくともわたしはそう思う。
昨日の今日だから仕方が無いとは言え、サガーチャさんも人数を書き忘れるなんてうっかりしてる。
とは言え、これについてはわたし達の為に急ぎでしてくれた事だから、わたしから文句なんて言えない。
一番の問題は、やっぱり兵隊長の対応だろう。
受付のおじさんがこんな態度になるのも頷ける。
このおじさんからしたら、国の偉い人だか何だか知らないけど、いきなり大人数を連れて来て直ぐに用意しろってのは横暴すぎるんじゃないか? って感じだ。
少なくとも、わたしだったら間違いなく機嫌が悪くなる。
だから、わたしは素直に頭を下げた。
「それは大変申し訳ございませんでした。こちらのミスですね。急な事だったので、正確な人数も分からないのに準備なんて出来ませんし、わたし達は冒険者の方達が乗る船に乗り合わせてもらう側です。そちらの都合を無視してどうにかしてほしいと言うのは、あまりにも都合がよすぎますね」
「ん? ああ、そうだな。なんだ、嬢ちゃんの方がこの兄ちゃんよりよっぽど話が分かるじゃねえか。嫌な事言って悪かったな。すまねえ」
意外な事にさっきの態度に謝ってもらえた。
最初の印象と違って、普通に良い人かもしれない。
「いえ。気にしないで下さい。それで、わたし達は子供17人と大人10人……あと大きなペット? が一匹いるんですけど、この人数が乗れる船の出発予定はいつ頃ですか?」
「大所帯だからなあ……その人数ってなると、観光客用の船の方が良いんじゃねえか?」
「そうしたいのはやまやまですけど、お金の問題もありますし海上では危険がつきものだという話なので、出来れば冒険者の方が多い船に乗りたいんです」
「客船も護衛がいるから問題は無いとは言え、まあ、冒険者の方が場慣れしてるからそう考えるわな。そうなると、今日は今朝出ちまったし、次は2日後か? 人数をわけてくれりゃあ、今日中に昼と夕方に2隻出るが、そっちはどうだ?」
「人数をわければ今日中に……ですか。少し、10分程度お時間を下さい」
「ああ、分かった」
「ありがとうございます」
受付のおじさんに一礼してから、わたしと受付のおじさんの会話を呆然と突っ立って見ていた兵隊長の腕を掴んで、一度建物を出る。
メソメもわたしに続いて建物を出て来た。
「隊長さん、どうしますか? 一応わたしの意見としては、向こうの港町で合流する事にして、一度2組に別れて別行動はありだと思います」
「え? あ、ああ、そうだな。いや、それよりもすまない。あんな融通の聞かない奴の為に、君の頭を下げさせてしまった」
「……あの、先に謝っときます。ごめんなさい。今から隊長さんに生意気な事言います」
「はあ? どうしたんだ?」
「最初にわたしの為に怒ってくれた事は嬉しいです。ありがとうございます。でも、さっきのは隊長さんが悪いです。相手の事も考えて下さい。こっちはお願いする立場なんです」
「ふむ。しかしだな。こちらは姫さん、いや、ドワーフの国の第一王女直々の命で行動しているんだ。我々の指示に従い、それを全うするのは当然なんだよ。そうで無くてもこちらは言わば客で、それなりの対価を払うんだ。そう考えれば、彼の態度こそが良くないだろう」
「言いたい事は分かりますけど、まず、ここはドワーフの国ではありません。客だからって何でもして良い道理はありません。隊長さんはドワーフの国の代表です。サガーチャさんが好きだから言わせてもらいますけど、隊長さんのしようとしていた事は、サガーチャさんやドワーフの国に泥を塗る行為です」
「……な、何? 泥を塗る行為だって……?」
兵隊長が顔を俯かせて体を震わせ、メソメはオロオロと目尻に涙を溜めていた。
それを見て冷静になって、流石に最後のは余計なひと言だったかもしれないと反省する。
「失言でした、すみません」
わたしは頭を下げた。
すると、メソメがわたしの手を握って首を横に振った。
「マナちゃんは悪くないよ」
「……ありがと」
兵隊長は何も言わない。
未だに体を震わせているだけで正直少し怖い。
すると、そこに「がっはっはっ」と言う笑い声が建物の中から聞こえてきた。
その笑い声に驚いて振り向くと、丁度その時、建物の中から受付のおじさんが出て来た。
「嬢ちゃん気に入った。まだ子供なのに、この兄ちゃんよりよっぽどしっかりしてるじゃねえか。良いぜ嬢ちゃん。嬢ちゃんの為に俺が一肌脱いでやらあ! 乗せてやるぜ!」
「へ? 乗せてやる?」
言われている意味が分からず復唱すると、受付のおじさんが笑いながらわたしの頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた。
「俺ぁデリバーって名の、ここいらじゃ有名な元海賊だ。今は足を洗ってこの通り乗船場の管理仕事をやってんだ。だから自前の船を幾つか持ってる。んでだ。俺が嬢ちゃんの為にでけえ船を出してやるぜ」
「ほ、本当ですか? あ、でも、それだと護衛が……」
「なあに、心配はいらねえ。俺が一声かければ、ここいらの冒険者どもが直ぐに集まる。護衛の心配もしなくていい」
「ありがとうございます!」
受付のおじさん……デリバーさんは本当に良い人だった。
わたしがデリバーさんに頭を下げると、隣にいたメソメも頭を下げた。
兵隊長は流石に頭を下げないかと思ったけど、意外な事に少しだけ下げた。




