107 オリハルコンダンゴムシ
「こっちこないでえええええええ!!」
突如現れて迫り来る青白く丸い背を光らせるダンゴムシ。
まさに恐怖で危機的状況。
わたしは悲鳴を上げて、ひたすら走――
「――っきゃ」
盛大にこけてしまった。
逃げている途中で地面のでっぱりに躓いてしまったのだ。
わたしは恐怖で足が震えて立てなくなり、上手く立つ事が出来ず、腕や手だけで逃げようと必死にもがく。
だけど、ダンゴムシは無情にもわたしに近づき、そして……。
「マナ! 大丈夫か!?」
モーナはわたしの悲鳴を聞きつけて、勢いよく跳躍。
「待って下さい! モーナちゃん!」
「――ナミ……っんにゃ!」
跳躍直後にお姉がモーナの足を掴み、モーナがお姉に気を取られて、そのまま地面に顔から落ちる。
お姉は慌ててモーナの足から手を離し、モーナはおでこを手で押さえて立ち上がった。
「ご、ごめんなさい!」
「何をするー! マナがダンゴムシに襲われてるのよ!?」
「すみません。でも、見て下さい」
お姉がそう言って、ダンゴムシに襲われて身動きが取れなくなってしまった哀れなわたしに……ではなく、ダンゴムシに指をさす。
「顔をすりすりしてます。ダンゴムシさんは愛那ちゃんが大好きみたいです」
「あ、本当だわ」
「た、助けて……っ」
そう。
恐ろしい事に、わたしは今、ダンゴムシに顔をすりすりとされている。
そう!
恐ろしい事に、わたしは今、ダンゴムシに顔をすりすりとされているのだ!
「心配して損したわ」
「大きいダンゴムシさんですね。丸い背中が宝石みたいに輝いていて綺麗で可愛いです」
「オリハルコンダンゴムシだな。かなり珍しい虫だぞ。しかもこんな大きいサイズは滅多に見ないわ」
「そうなんですね。凄いです!」
「い、いいから……そう言うの良いから助けて…………」
わたしは必死に助けを求めた。
最早わたしの恐怖は限界を超えていた。
ダンゴムシにすりすりされて、あまりの恐ろしさに震えは消えて体が硬直して、手も足も何もかも動かない。
気絶寸前だった。
なんなら気絶せずに意識を保っている自分を褒めてあげたいくらいだ。
と言うか、そんな事よりこんな状態のわたしを放置して喋らないでほしい。
「瀾姫、愛那の悲め――」
「マナちゃ――」
ラヴィとメソメもわたしの悲鳴を聞いたんだろう。
慌てた様子でやって来た。
だけど、ダンゴムシに襲われているわたしを見て、ホッとした様な表情を浮かべた。
ホッとしてないで助けてほしい。
「オリハルコンダンゴムシだ! 凄い凄い! 可愛いー!」
全然可愛くないのに、お姉と同じような感想を言ってはしゃぐメソメ。
ラヴィは直ぐにわたしに駆け寄って来てくれた。
「愛那が怖がってる。一度離れて」
ラヴィがダンゴムシにそう言うと、気のせいだと思うけどダンゴムシが触覚を垂れ下げて、やっとわたしから少しだけ離れてくれた。
そして、ラヴィがわたしを起こしてくれようとしたけど、わたしは恐怖で腰が抜けて立てなくなっていたので一先ずその場に座る。
「ラヴィ、ありがとう」
「うん」
ラヴィが口角を少し上げて頷いてから、ダンゴムシに視線を移して手を伸ばして撫でた。
「いい子」
ラヴィ凄いな、よく触れるな、なんて思いながら、わたしは大きく息を吐き出した。
本当に死ぬかと思った。
お姉とモーナとメソメがわたし達に近づいて、ダンゴムシを撫でたり触ったりしだす。
ダンゴムシはとくに暴れる事も無く、触られるがままになっていた。
気のせいだろうけど、心なしか触角が左右に揺れている気がする。
皆には悪いけど、わたしはこのダンゴムシを信用していない。
大分心が落ち着いて余裕ができたので、ステチリングの青い光を当てて情報を見る。
オリハルコンダンゴムシ
年齢 : 371
種族 : ダンゴムシ『昆虫・オリハルコン甲殻種』
職業 : 無
身長 : 222
装備 : 無
味 : 激不味
特徴 : オリハルコンバック
加護 : 土の加護
属性 : 無
能力 : 未修得
激不味って……誰も食べないでしょこんなの。
気持ちが悪くなった。
しかし、222センチか……デカい。
あくまでこれは横と言うか胴体の長さではないので、表示された222と言う数字より大きく見える。
それにしても、オリハルコンなんて物がこの世界にあるとはって感じだ。
まあ、それは今は置いておくとしよう。
今はそれどころじゃない。
ダンゴムシがわたしに徐々に距離を近づけていたらしく、気が付いたらダンゴムシに頬をスリスリされたのだ。
「きゃあああああああ!」
「駄目。離れて」
ラヴィがダンゴムシに注意すると、気のせいだと思うけどダンゴムシが触角を垂れ下げて、哀愁を丸い背中に漂わせてわたしから離れる。
「うわあ。虫に気にいられるとかヤバいな、マナ」
ダンゴムシが離れて直ぐだった。
モーナがドン引きするような顔でわたしに言った。
「は?」
「も、モーナちゃん! 引いて押すの引くは、その引くじゃないですー!」
お姉が珍しくツッコミを入れていたけど、わたしの耳には届かなかった。
モーナがお姉に何かを聞いていたけど、なんかもうどうでもよかった。
モーナに言われた言葉があまりにもショックで、わたしは無心になって立ち上がり、魔石の採掘を再開した。
「マナ、今のは冗談だ。気にするな」
「モーナちゃんはこっち来て下さい! 流石の私もプンプンに怒っちゃいました!」
「でもマナが――」
「いいからこっち来て下さい! 説教タイムです!」
背後が煩い。
でも、それは最初だけで、直ぐに静かになった。
そして、いつの間にかお姉達はダンゴムシと何故か仲良くなっていた。
わたしが黙々と魔石の採掘を続けている間、モーナが丸まったダンゴムシと遊んでいた。
背後から聞こえる笑い声を無視して採掘を続けていたけど、結局この後は何も出てこなかった。
夕暮れ時になり、わたしは持ってきた採掘道具をランドセルにしまう。
皆に帰ろうと言おうと思ったら、とんでもない事を話していた。
「どうせつけるなら、可愛い名前が良いと思う」
「ダンゴムシの名前なんてどうでもよくないか?」
「駄目。ちゃんとつけないと可哀想」
「そうですよ、モーナちゃん。そのどうでもいいって言う適当な発想が駄目だって、さっき教えたじゃないですか。ちゃんと考えて下さい」
「うっ。それを言われると何も言い返せないわ」
「ダンゴムシだからダンゴちゃん?」
「美味しそうな名前です」
「瀾姫がダンゴムシを食べそうだから駄目」
「食べませんよ!?」
「ん~。じゃあ、オリハルコンダンゴムシはオリハルコンロリポリって呼ぶ人もいるし、ロリポリからとってリリーちゃんは?」
「わあ。いいですね。可愛いです」
「うん。可愛い」
「駄目だ! その名前はやめておけ!」
モーナが突然大声で否定した。
その顔は不機嫌だと直ぐに分かる表情で、お姉もラヴィもメソメも少し驚いていた。
わたしも一緒だ。
リリーと聞いて怒る表情に驚いて、モーナの顔をまじまじと見た。
妙な沈黙が訪れる。
なんだか気まずい雰囲気に、リリーと言ったメソメも目尻に涙を浮かべて少し泣きそうになっていた。
そんな雰囲気を吹き飛ばしたのはお姉だった。
お姉は両手を合わせて鳴らせ、明るい笑顔を皆に向けた。
「だったら、ロリポリからとってロポちゃんはどうでしょう?」
「……それならいいわ」
「うん。その名前も可愛い」
「決定。でも……」
ラヴィがモーナの側に歩いて行き、モーナの腕を引っ張った。
「モーナスは帰ったら説教。さっきのは良くない」
「なにー!?」
「そーですね。帰ったらまた説教タイムです。今日はとことんやっちゃいましょう」
「わたしは何もしてないぞ!」
「それが駄目」
「何かしないと駄目だったのか!?」
「違う。その考えが駄目」
「意味が分からないわ!」
何やってんだか。
「早く帰ろ」
わたしは一言だけそう言って、先に歩き始める。
背後から「マナちゃん待って」とメソメが追いかけて来て、その後ろをダンゴムシがついて来た。
帰り道は、わたしとメソメが一緒に歩いて、その後ろをダンゴムシで、最後尾にお姉とラヴィがモーナを挟んで歩いた。
正直背後に巨大なダンゴムシがいるのは恐怖でしかなかったけど、とりあえず襲ってはこないし、後ろを振り向かなければ姿は見えないので気にしない様に気にし続けた。
とは言え、帰り道も安全じゃない。
途中で岩蛇やら鋭歯鼠に襲われたりもした。
行きは出なかった鋭歯鼠の狙いはダンゴムシの様で、執拗にダンゴムシを狙ってきた。
と言うか、現在鋭歯鼠と交戦中だ。
ダンゴムシは怯えて震えている。
「なんなのこいつ等。来た時は全然出なかったのに!」
「鋭歯鼠はロポを食料として狙ってる」
「ロポちゃんはやらせません!」
鋭歯鼠の数は数えきれない程にいる。
群れで行動するらしく、坑道の地面一面に鋭歯鼠がいる。
ちなみにデータはこんな感じだ。
鋭歯鼠
年齢 : 2
種族 : 鼠『暴獣・鋭歯種』
職業 : 無
身長 : 8
装備 : 無
味 : 不味い
特徴 : 鋭い歯・素早い
加護 : 土の加護
属性 : 無
能力 : 未修得
鋭歯鼠は小さい。
そしてすばしっこいから攻撃も当たり辛い。
ある意味岩蛇より厄介な獣だった。
ダンゴムシを食べられるのは別に良い。
でも、目の前でされるのは目覚めに悪いから!
わたしはカリブルヌスの剣では無く、懐から魔石を取り出す。
この魔石は青色の魔石。
さっきの場所で大量に置いてあった魔石の中にあった魔石の一つで、魔法を入れる事が出来るものだ。
そして、この魔石にはメソメの魔法が入っている。
「メソメ! 一緒にお願い!」
シュシュを使って魔石を使う。
魔石から水の網が飛び出して、大量にいる鋭歯鼠を何匹も捕らえた。
それを見て、メソメも急いで魔法を使う。
鋭歯鼠は次々と水の網にかかり、更にお姉の氷のブレスとラヴィの氷の魔法で凍っていく。
そして、それ等から逃れてダンゴムシに襲い掛かる鋭歯鼠を、モーナが爪で斬り裂いて絶命させる。
かなりの量の鋭歯鼠に襲われたけど、なんとか撃退に成功した。
ダンゴムシも助けてもらえて喜んでいるのか、触角を左右に揺らしてわたしにすり寄った。
わたしが悲鳴を上げて猛ダッシュで逃げたのは言うまでもない。
こうして、莫大な魔力を秘めた魔石の採掘は失敗に終わって、わたし達はオリハルコンダンゴムシとか言うダンゴムシを仲間にしてしまった。
何で連れて来る事になったのか知らないけど、名前まで付けて……はあ。
本当に勘弁してよ。




