106 ダンゴムシとの遭遇
この世界の動物などの人以外の生物は【獣】もしくは【野獣】と呼ばれている。
そして、獣は【暴獣】と【静獣】と呼ばれる二種類に別れている。
暴獣は自ら人を襲う凶暴な獣で、人肉を食べる獣までいる。
この世界に来て初めて見たウインドリザードも、この暴獣に含まれている。
静獣は極めて温厚な獣だ。
犬だったり猫だったり、基本は人に被害を与えない獣の事を言う。
そして今、わたし達は坑道でその暴獣に襲われていた。
岩蛇
年齢 : 3
種族 : 蛇『暴獣・岩変異型爬虫類種』
職業 : 無
身長 : 38
装備 : 無
味 : 激不味
特徴 : 石の牙・岩の鱗
加護 : 土の加護
属性 : 無
能力 : 未修得
「へぅ。モーナちゃん、この情報おかしいです! 身長38センチになってます!」
「おかしくないわ! ステチリングが出す身長は縦の長さだけで、横の長さは計らないわ!」
「ええええ!? そうなんですかー!?」
「瀾姫、そっちいった」
「へう!」
お姉の言う通り、ステチリングに表示された岩蛇は全然38センチなんて長さじゃなかった。
その体の長さは軽く5メートルは越えている。
事前に聞いていた10メートルには満たない長さではあったけど、それでも十分大きかった。
お姉がアイギスの盾で岩蛇の牙を防いで身を守る。
だけど、相手は蛇だ。
それだけじゃ終わらない。
その長い胴体でお姉に巻き付こうとしていた。
今直ぐお姉を助けたいけど、わたしにはその余裕が無かった。
岩蛇は一匹だけじゃない。
八匹の岩蛇に襲われて、わたしはメソメを護りながら、二匹の岩蛇に囲まれていたのだ。
モーナは1人で岩蛇五匹を相手にしていて、ラヴィも一匹を相手に戦っていた。
わたしは急いで岩蛇に向かってカリブルヌスの剣を振るう。
斬撃が岩蛇に向かって飛んでいき、一匹には避けられたけど、もう一匹は斬撃で首が胴体から離れて絶命した。
そして、残り一匹になった事で、メソメがお姉の方に向かって駆け出した。
「ナミキさん!」
メソメがお姉を呼んで魔法を使った。
メソメの目の前に青色の魔法陣が浮かび上がって、そこから粘着性のある水の網が飛び出した。
お姉を襲っていた岩蛇は水の網にかかり動きが鈍くなる。
「動物部分変化! フローズンドラゴンです! ギャオオオオッッ!」
お姉が凍竜の角と羽と尻尾を生やして、水の網にかかった岩蛇に向けて氷のブレスを吐き出した。
岩蛇は水の網と一緒にその場で凍り、いつの間にか五匹の岩蛇を倒したモーナがそれを砕き、岩蛇は絶命した。
わたしとラヴィも残った二匹にそれぞれで止めをさして、何とか岩蛇を撃退出来た。
「メソメちゃん、ありがとうございました」
「うん、間に合ってよかった」
「危なかったな」
「メソメお手柄」
「えへへ」
ラヴィに褒められて、メソメが頬を少し染めて照れる。
「メソメ、お姉を助けてくれてありがとう。そう言えば何だけどさ、メソメの魔法の水の網って凄いね」
「え? そ、そうかな?」
「うん。結構強力だよ」
「えへへ。ありがとう」
あの時、わたしが受け取った7個の魔石。
その中の青色の魔石をわたしに渡してくれたのはメソメだ。
「でも、ポフーちゃん程じゃないよ。ポフーちゃんは魔法を二つも入れてたもん」
あの時に貰った魔石の中には、唯一一つだけ2回分の魔法が入っている魔石があった。
赤色の魔石の炎のプロペラ。
あれは、ポフーが渡してくれた魔石だった。
モーナに詳しく聞いたけど、魔力の量が高くないと、2回分以上の魔法は入れる事が出来ないらしい。
それに、魔力のコントロールも必要なんだとか。
それにあの炎のプロペラの威力。
普通に優秀な魔法の使い手なんだとか。
ポフーはドワーフの国では魔法が封じられているから何も出来なかったけど、もし魔法が使えていたら頼もしい戦力になっていたかもしれない。
とは言え、今更な話だし、ポフーは7歳の子供だ。
あんな危険な戦いにまき込むなんて出来ないので、結局は何も変わらなかっただろう。
まあ、それは今は置いておくとしよう。
「そうだとしても、メソメの魔法のおかげで助かったのは本当だし、ポフーと比べる事ないよ。ありがとう、メソメ」
「うん」
メソメは嬉しそうに笑った。
「私の方が強いけどな!」
こいつは本当に……いや。
無視だ無視。
わたしは今日はモーナと喋らないって決めたんだ。
ドヤ顔で胸を張るモーナに、メソメは「本当に強いね」なんて言うもんだから、モーナは調子に乗って「当たり前よ!」と更に胸を張っていた。
それからも何度か岩蛇やミミズに襲われて、わたし達は採掘場までやって来た。
ただ、正直疲れた。
思った以上に過酷だった。
話には聞いていたけど、最近人の出入が滅多にないから、やっぱり獣が湧いているのだ。
ドワーフの国に向かう途中の坑道には全然いないのに、まさかこれ程とはって感じだ。
わたしは一息ついてから、採掘場を見回した。
採掘場は真っ暗では無かった。
中間地点や坑道と違っていて、ここは外に出れる大きな横穴があって、横穴から光が差して採掘場は照らされて明るかった。
試しに外に出ると、目に岩山の景色が飛び込んできた。
ここは頂上付近でもなかったけど、それなりに高い所だった。
下を見れば地面は遠く、標高が高いからか風が若干冷たい。
「ラヴィーナちゃん、あっちの奥にもお部屋があるよ。行こうよ」
「わかった」
「私も行くわ!」
メソメがラヴィとモーナを連れて奥に入って行く。
3人とも元気だなと思いながら、わたしはお姉に視線を向けた。
「も、もう動げまぜん」
うーん、本当に駄目そうだ。
流石はお姉。
やっぱり言う程体力がない。
寧ろ、よくこんな高い場所まで頑張ったと褒めてあげよう。
わたしは水筒をランドセルから取り出して、お姉に水を渡してあげた。
「頑張ったね、お姉。ゆっくり休んでていいよ」
「ありがとうございます。いただきます」
お姉はわたしから受け取った水を飲んで「生き返ります~」なんて言いながら、ニヘラとだらしない笑みを浮かべた。
わたしはそれを見てから、再び周囲に視線を向けて、ランドセルから準備してきたものを取り出す。
スコップ、金槌、鏨、軍手っぽい手袋……よし。
ランドセルはお姉に預けて、早速それ等を装備して出陣する。
ここの鉱山の壁は、岩に近い硬い土で出来ている。
だから、鏨をあてて、金槌で鏨を叩かないといけない。
そして魔石を採掘するコツは魔力の流れを読む事らしいけど、わたしにそんなのは分からない。
だから、適当に良さそうな壁に向かって鏨を突き刺して、金槌で鏨を叩いた。
ここには外に出れる横穴があるからか、音は思っていたよりは響かなかった。
しかし大変だ。
他に何か効率の良い方法はないだろうか?
スキル【必斬】を使えば、なんて事も思ったけど、それでもし目的の魔石を斬ってしまったら大惨事なのでやめておく。
と言うか、あの日に何も考えずスキルを使った結果あの“扉”を真っ二つにした記憶が甦って、今はスキルを使う気になんてなれなかった。
「愛那、私も手伝います」
お姉が立ち上がってわたしの側にやって来た。
「じゃあ、同じ所やっても意味ないし、お姉はあっちをお願い」
そう言って、わたしは適当にそれっぽい所に指をさす。
お姉は元気に返事をして、小走りで行って作業に取り掛かった。
暫らくして、モーナだけが戻って来た。
何やら楽しそうにニコニコと笑いながら、わたしの許へやって来る。
わたしはモーナを一瞥してから、直ぐに目の前の採掘に戻る。
「マナ~、マナ~。向こうにいっぱい魔石があったぞ!」
「――えっ!」
思わず声を上げて振り向いた、けど。
「作業台の上に積んであったんだ」
直ぐに目の前の採掘に戻る。
喜び損をした気分だ。
「こらー! 無視するなー!」
「煩い」
作業台の上と言う事は、誰かが掘ってそこに置いて放置したもの。
つまり、そんな大したものは無い。
と、そこで、金槌を振るう手と鏨を持つ手にカチンと言う感触が伝わった。
「あ、魔石だ」
わたしは直ぐに……ではなく、慎重に魔石を掘り出した。
大きさはそんなに大きくなくて、ピンボールくらいの大きさだった。
メソメ達から貰ったあの魔石と同じものかなとも思ったけど、この魔石には模様が合って少し違っていた。
色は透明で透き通っていて、だけど、中心から外に向かって波紋の様な模様があった。
その模様の色は虹色でとても綺麗だ。
「うわ! 凄いなマナ! それ珍しい魔石だぞ!」
「そうなんだ? どんな……」
どんな効果があるの? と、聞こうとしてやめる。
つい忘れてしまったけど、今は口を聞かない事にしているのだ。
危うく仲良く話すところだった。
「私もそれほしいな……よし! 同じところを掘れば出てくるだろ! マナ離れてろ! 私の爪で一気に斬り裁いて掘りまくってやるわ」
「やめろ! 魔石まで斬れちゃうかもじゃんか!」
「大丈夫よ! 斬れたらその時はその時だ!」
「大丈夫じゃない!」
その時はその時って、そんなわけない。
出かける前にサガーチャさんには確認してるんだ。
見つけたら出来るだけ傷つけずそのままの状態で掘り出さないと駄目だって。
傷つけたり欠けたりすると、魔力が漏れてしまうって。
モーナだってそれくらい分かってる筈だ。
わたしはモーナに今手に入れたばかりの魔石を投げつけた。
それから怒鳴りそうになるのを抑えて、静かに、そして冷静に口を開く。
「それあげるから向こう行ってて。ここは私が掘るから」
「良いのか!? 流石はマナ! ありがとな!」
わたしはもう返事はしなかった。
苛々した気持ちを抑えるのでいっぱいだった。
モーナがこういう鈍感な子だって分かってた。
だけど、それでもわたしにとってこれは凄く大切な事で、それなのにいつも通りなモーナの態度に苛々が治まらなかった。
悶々とした気持ちのまま採掘に戻る。
モーナは嬉しそうにお姉に魔石を見せて、お姉と楽しそうに話していた。
変わらないお姉の姿を見て、わたしは自分に余裕が無くなってるんだと思った。
投げ捨てる様に渡したのにモーナは喜んでくれた。
モーナは嫌がらせしたいわけじゃないのに、何ムキになってるんだろうわたし。
でも、モーナもモーナだよ。
わたしが元の世界に帰りたがってるの知ってるくせに……酷いよ。
「……那ちゃん、愛那ちゃん、愛那ちゃん、愛――」
「――っあ。ごめんお姉、何?」
考え事をしすぎて周りの声が聞こえなくなっていたらしい。
気が付くと、わたしはお姉に話しかけられていた。
お姉に気が付いて採掘を中断して振り向くと、お姉が心配そうに顔を覗き込んできた。
「大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。全然まだ体力は残ってるよ」
「……そうですか。わかりました。私は今から、モーナちゃんと一緒にラヴィーナちゃんとメソメちゃんの様子を見に行って来ますね。愛那も一緒に来ますか?」
「えっと……ううん。わたしはいいや。ここで作業を続けるよ」
「無理しないで下さいね」
「うん。適当に疲れたら休むし、気にしないで」
「……はい」
なんとなく、お姉が何を心配してくれたのかは分かった。
でも、わたしは体力だと誤魔化して、お姉もそれに合わせてくれた。
お姉がモーナと一緒に奥に入って行き、わたしは黙々と採掘を続けた。
「――へ?」
ポコン。と、鏨が壁を貫通する。
まさか坑道に出てしまった? とも思ったけど、そうではないらしい。
その先は真っ暗で何も見えないけど、位置的にも坑道じゃない事は確かだ。
しかし妙だった。
真っ暗の中に、青白く何かが光ったように見えた。
それも、かなりの大きさ。
「大きい魔石?」
先にあるのは空洞。
そして、青白く輝いた大きな何かは少し離れた場所にある。
「これなら」
わたしは直ぐに短剣を取り出して、スキル【必斬】を使って壁を切り崩した。
そして目に映ったのは、外の光に照らされて青白く輝くもの。
それは、わたしの身長を遥かに超えて、でかでかと輝く。
わたしはついに目的の物を見つけ出したと喜び自然と顔が綻び笑顔になる。
そして……。
「…………だ」
わたしの目の前に映ったのは膨大な魔力を秘めた魔石……では無く。
「ダンゴム……シッ!? きゃあああああああああああああああ!!」
そう。
そこには、わたしの背よりも高い巨大なダンゴムシがいた。
丸い背中が光に照らされて、青白く輝くダンゴムシが。
わたしとダンゴムシの目と目が合う。
いや、正確には目なんてあるのか分からない。
と言うか最早そんな事はどうでもいい。
わたしが叫ぶと、ダンゴムシがわたしに向かって走りだした。
「いやああああああああああっっっっ!!」




