101 VSジライデッド=ルーンバイム
チーの母親が目を覚ますと、ワンド王子がチーとチーの母親の2人に近づいた。
「お前がチーリンだな。手を貸せ。お前の母親を安全な所に運ぶぞ。それと母親を少し眠らせてやれ」
「……ママ?」
ワンド王子に言われてチーが母親の顔を覗き見る。
チーの母親は少しだけ虚ろ目で、少し眠たそう……と言うよりは、何処か気だるげだった。
今まで人為的な病気にかかっていたのだから、眠っていたと言うよりは気絶に近かったのかもしれない。
体が衰弱しているし、あまり無理をさせるわけにもいかないとチーは感じたのだろう。
「ママ、眠ってて」
チーは母親にそう言って、柔らかく微笑んだ。
それを見て、チーの母親は頷いて瞼を閉じる。
チーの母親が眠ると、ワンド王子がチーの母親の肩を持ち上げて、チーももう片方の肩を持ち上げた。
「台無しだ台無しだ! どうしてくれる!? ええっ!?」
不意に声がして振り向くと、ジライデッドが両手で頭の髪の毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜて発狂していた。
わたしを、モーナを、チーを、ワンド王子を、全員を睨み、ジライデッドが声を荒げる。
「後少し、後少しだったんだぞ! チーが赤ん坊の頃に実験台として誘拐し、その時にスキルと種族を知り、今まで大事に計画を温めて実行してきたんだぞ!」
「は?」
耳を疑った。
チーが赤ん坊の頃から。
間違いなくジライデッドはそう言った。
「計画は順調だったんだ! 誘拐が失敗に終わった。しかし順調だった! チーの家族がドワーフの町に引っ越してからもだ! 父親を騙して魔石の仕事をさせ、事故を装って殺した時も! 信頼を勝ち取りジエラと結婚し、私は私自身が死んだと偽って、娘を使ってチーをおいこみ研究資金を稼いできた!」
チーの足が止まった。
ジライデッドに振り向き、大粒の涙を流してジライデッドを見ていた。
「なのになんだこれは! この茶番は! ふざけるな! 何故12時で死なない! スタシアナは何をやっている! あの子のスキル【混入】で、ジエラが12時に死ぬよう仕掛けた筈だ! 何年、何年かかったと思っている! 私の計画は完璧だったんだぞ!」
「全部……全部アンタのせいだったんだ」
わたしは静かにそう口にした。
今まで感じた事の無い怒りが込み上げた。
全てこの男のせいだったのだ。
チーの父親を殺したのは。
チーがずっと母親の為に頑張らなきゃいけなかったのは。
チーが1人で苦しんできたのは。
全部、全部こいつのせいだったんだ。
チーは、チーの家族はこいつの自分勝手な都合に振り回されて苦しめられてきたんだ。
「わたしは絶対にアンタを許さない」
「つけあがるなよ!」
ジライデッドの周囲の地面に紫色の魔法陣が幾つも浮かび上がる。
そして、そこから先程見た人の形をした水の塊……毒人形が現れた。
「おい、おまえ。そんなにあの女を殺したかったら、何でわざわざ12時とか面倒臭い事したんだ? さっさと殺せば良いだろ。死因を病気にしたいなら、別に今夜じゃなくても良かっただろ? 私だったらさっさと殺すぞ。それこそ昨日今日なんて言わずに、もっと早くに殺すわ。殺す時間の設定はいつでも良かったんだろ?」
「モーナ? アンタ何言って――」
「ハハハ。なんだ、話の分かる子もいるじゃないか。それなら答えてあげよう。そっちの方が面白いだろう? だからさ」
「――は?」
モーナの問いがあまりにも酷くて、わたしはモーナを咎めようとした。
だけど、そんな事どうでもよくなった。
ジライデッドは言ったのだ。
そっちの方が面白いと。
ニヤリと下卑た笑みを浮かべて、愉快そうに悪びれもなく。
「それにこの研究は長い年月が必要だった。直ぐにスタシアナのスキルの呪いで殺す事も出来たが、それは既に父親の方で研究が終わっているからな。だから時間をかけて、どんな症状が起こるのか見ていたんだ。長い年月……そう、長い長い年月だ。何も無しでは息がつまる。少しくらいお遊びが必要だろう? 娯楽は必要だからね。だからチーには感謝してるんだ。チーは随分と私を楽しませてくれた。結局、君達のせいで最後の最後で気分は最悪だけどね。また最初からやり直しだ」
「そうか。それは悪い事したな」
「モーナ! あいつの……あんな奴の言う事が正しいって言うの!?」
「落ち着け。正しいとかどうでも良いだろ」
「どうでもよくない!」
「アイツにはアイツの事情があるんだろ」
「だからって――」
「だから、私は私の事情であいつをぶっ飛ばすわ」
「――はあ?」
モーナが低い姿勢で構えて爪を鋭く伸ばし、尻尾の毛を逆立てる。
その目は真っ直ぐとジライデッドを捉えていて、その顔は静かな怒りを表していた。
「モーナ?」
「こんなに腹の立つ奴は初めて見たわ。止められていたけど、本気でいくわ」
「止められ? モーナ、どう言う――」
瞬間――モーナの姿が目の前から消えて、ジライデッドのいる場所から甲高い音が響いた。
あまりにも一瞬の事で驚きながら振り向くと、モーナの爪とジライデッドが刃物を取り出してぶつかり合っていた。
「ナイフ? それがおまえの武器か」
「さあてね」
眉間にしわを寄せ殺気を放つモーナ。
不気味に笑い余裕の笑みを浮かべるジライデッド。
2人は爪と刃を何度もぶつけ合う。
わたしはジライデッドに向かってステチリングの光をかざした。
ジライデッド=ルーンバイム
年齢 : 49
種族 : 魔人『魔族・元ヒューマン』
職業 : 医師『魔力専内科』
身長 : 198
装備 : 魔道手術専用ナイフ
魔鉄繊維の衣・牛土竜の皮靴
マジキャンデリート
属性 : 水属性『水魔法』上位『毒魔法』
能力1: 『追撃の悪夢・斬』未覚醒
能力2: 『肉体進化』覚醒済
何これ?
ラリーゼの時と一緒だ。
やっぱり今までと少し表示が違う。
って、いや、それよりも!
すぐ目の前に毒人形が迫る。
わたしは赤い魔石を取り出して、毒人形に向けて魔石に込められた魔法を解放した。
炎のプロペラが飛び出して、高速回転しながら毒人形を焼き払う。
赤い魔石は色を失い、そこ等辺に落ちている石ころと同じ様な色になった。
わたしはそれを捨てずにポケットにしまい、カリブルヌスの剣を横に構える。
ジライデッドに狙いを定めて、カリブルヌスの剣を横一文字に払おうとしてやめた。
「やばっ」
気がつけば、目の前に紫色の液体がわたしに向かって飛んで来ていたのだ。
パッと見で分かるほどの毒々しい紫色のそれは、どう見たって毒の塊だ。
避ける事は出来そうだけど、それは出来そうにない。
何故なら、わたしの背後にはチーとワンド王子がまだいるからだ。
2人はチーの母親を運んでいる真っ最中。
例えこの毒の塊に気付いたとしても、チーの母親を置いて逃げるなんて出来るわけがない。
わたしは咄嗟に茶色の魔石を取り出して前にかざして魔力を込める。
「お願い!」
魔石から飛び出したのは、銀色に輝く長方形の盾。
盾はわたしを毒の塊から護り、じゅわっと音を立てて表面を溶かした。
そして、魔石は直ぐに色を失い、先程と同様でそこ等辺に落ちている石ころと同じ様な色になっってしまった。
「マナ! 気をつけろ!」
「――っ!」
モーナが叫んだと同時だった。
銀色の盾が一瞬で真っ二つにされて、そのまま消えてしまった。
何が起きたのかはさっぱりわからない。
「人形では役に立たないか。なら、私が直接手を下そう」
「させるか!」
見えない何かがわたしの頬をかすって切れる。
頬から血が流れて、わたしは何をされたか分からずモーナとジライデッドを見た。
いや、見えなかった。
「冗談でしょ? 動きが速すぎて見えないって、漫画やアニメじゃないっての」
呟き、そして、次の魔石を取り出す。
赤い魔石で中心には、目の形をした何かが見える。
目からビームでも出るのか何なのか分からないけど、運良くわたしの望み通りの効果が出れば、この状況を改善出来る。
魔石に魔力を集中。
赤い魔石が光り、その瞬間にわたしの目に変化が起きた。
視界が少し赤く染まり、モーナとジライデッドの動きを捉えた。
「見えた!」
本当にありがたい。
望み通りの結果が出た。
魔石は今も尚光っていて、恐らくだけど、魔石が光ってる間は動体視力が上がる効力だ。
どの位もつかは分からないけど、これでまともに戦える。
でも、これのおかげでようやく分かったけど、パッと見は分からなかったけどモーナが少し押されていた。
ジライデッドのスキルには【肉体進化】と言うものがあった。
しかも覚醒済だ。
恐らくこれが原因だろう。
ジライデッドの動きはモーナより若干速くて、更には何度もわたしやチー達にも斬撃の様なものを飛ばしていて、モーナがそれを爪で相殺してくれている。
ただでさえスピードがジライデッドの方が上なのに、それでモーナの動きに余裕が無くなっていた。
今はまだ一見互角に斬り合っている様にも見えるけど、それも時間の問題だ。
わたしの魔法は既にモーナにも使ってる。
それでも向こうの方が速い。
わたしが行っても、わたしの速度じゃ足を引っ張る。
でも、援護くらいはやってやる!
残りの魔石を取り出す。
赤、青、緑、茶、魔石が残り一個ずつ。
ジライデッドが後方へジャンプする。
その時、武器を振ってもいないのに、ジライデッドを中心に斬撃が飛び出してモーナを襲う。
わたしの脳裏にジライデッドのスキル【追撃の悪夢・斬】の文字が浮かび上がる。
モーナはそれを避けようとせずに、全て爪で受け止めた。
わたしも動く。
距離は近すぎず、そして遠すぎず、一定の距離を保ってジライデッドに狙いを定める。
青色の魔石に魔力を込めて、加速魔法クアドルプルスピードを乗せて放り投げる。
加速魔法で勢いの増した魔石は一瞬でジライデッドの頭上に届く。
そして魔石から魔法陣が浮かび上がり、そこから水の網が飛び出して、そのままジライデッドに覆いかぶさった。
それはわたしが思った以上の効果をもたらした。
魔石の中心に描かれていたのは、ただの網だった。
だけど、実際に出たのは、網は網でも粘着性のある水の網だった。
ジライデッドは見誤って手で払おうとして、その網に見事にかかったのだ。
そして、粘着性のある水の網はジライデッドの動きを鈍らせた。
ジライデッドに水の網が覆いかぶさるその前に、わたしは次の魔石、緑色の魔石を構えていた。
そして、水の網がジライデッドを覆った時、魔石を使用していた。
緑色の魔石からは風の刃が飛び出して、それがジライデッド目掛けて飛翔する。
同時、モーナがジライデッドに向かって駆ける。
わたしは赤色の魔石に魔力を込める。
カリブルヌスの剣が炎に包まれて、わたしはカリブルヌスの剣を横に構えた。
瞬間――モーナの爪がジライデッドの腹を斬り裂いて、風の刃が重ねる様にそこに飛び込む。
「……がぁっっ」
ジライデッドがよろめいて血を吐き出して、わたしを見た。
一瞬、身の毛もよだつ様な感覚に襲われ体が震えたが、既にわたしの斬撃はジライデッドに向かって放たれていた。
わたしのスキル【必斬】を乗せた斬撃が空を斬りながら飛翔して、ジライデッドに命中した。
「――嘘でしょう?」
わたしの斬撃はジライデッドに命中した。
だけど、ジライデッドは寸での所で回避しようとして、直撃を免れていた。
直撃を免れただけで、当たらなかったわけじゃない。
全て回避できたわけでなく、ジライデッドの左腕は二の腕から先が切り落とされて地面に落ちた。
それに、左側の横腹も斬撃を受け、大量に出血している状態だ。
ジライデッドからは殺気が消えなくて、まだ終わらないと思った。
だけど、どうやらそうでもないらしい。
ジライデッドは血反吐を吐いて、そのままうつ伏せに倒れた。
「勝った……? あ、そうだ」
わたしは直ぐにジライデッドに近づき、石ころの様になった魔石を拾って、最後の魔石となった茶色の魔石を使う。
茶色の魔石から飛び出したのは、鉄の縄。
クルクルとジライデッドを巻いていき、ジライデッドを簀巻きにする。
「凄いな。魔石幾つあるんだ?」
「これで全部。出し惜しみなしに使ってよかったよ。流石にきつい。って言うか、もう魔力殆ど残ってないよ。スッカスカ」
「マナは魔力少ないからな~」
「ははは、ホントね」
わたしは笑い、モーナもそれを見て笑う。
「そう言えば目が赤いぞ」
「え? マ? 充血してる?」
「充血じゃなくて、瞳が赤く光ってるんだ。なんともないなら良いけどな」
「動体視力を上げる魔法の影響かな……?」
「あ、結局鐘の音が鳴る前にこいつを倒したから、あいつの母親を助けるのは後でも良かったな」
「はあ? ……あのね、モーナ。例えそうだとしても、もしもがあるでしょうが。だいたい、12時までもう5分も無いんだけど?」
「余裕だろ。って、もしもってなんだ?」
「そんなの――」
その時、わたしの言葉を遮るように、「終わりにしよう」と静かな声が聞こえた。
瞬間――わたしはモーナに抱きしめられていた。
否。
モーナがわたしを庇って、何かに背中を斬られたのだ。
モーナの背中から大量の血が噴き出して、モーナはわたしに覆いかぶさるようにぐったりとして力が無くなる。
そしてそれと同時に、カリブルヌスの剣もズシリと重くなった。
「モーナ?」
「やめだやめだ! そうだ! 魔族に進化した私が、いつまでも人間のフリをしていたのが間違っていたんだ!」
「――っ!」
ジライデッドが目の前に立っていた。
鉄の縄を粉々に切り刻み、無くなったはずの左腕があり、モーナに斬り裂かれた腹の傷が無くなっているジライデッドが。
そして。
「ヴァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アッッッッ!!!」
ジライデッドが叫び、姿を変えていく。
頭の左右からは角が生え、肌は紫色に染まっていき、体は大きくなって服が破れ、背中からは悪魔の様な羽が生える。
気がつけば、ジライデッドは背丈が5メートルを越えていそうな悪魔の様な姿になっていた。
「……嘘でしょ?」




