100 12時の鐘が鳴る前に
「そうだ、モーナ。今の内に教えてほしい事があるんだけど?」
「ん? なんだ?」
現在、チーの後を追ってドワーフの城下町をモーナが爆走中。
脇の下にはワンド王子を抱え、背にはわたしを背負い、モーナはもの凄い速度で走っていた。
ワンド王子がチーの母親の臭いを嗅いで、指を差して方角を示す。
わたしの加速魔法で走るスピードが尋常でなく、ジェットコースターを凌駕する程の速さ。
かれこれ5分くらい走り続けていて、このまま行けば、もう直ぐで城下町の出入口に辿り着きそうな勢いだった。
と言うか、それだけ速いのにまだ追いつけない。
なので、わたしは皆から受け取った例のアレを使う方法を聞き出そうと考えた。
わたしはメイド服のポケットから魔石を一つとりだして、モーナの視界の邪魔にならない程度に前に出す。
「これなんだけど、どうやって使えば良いの?」
「ああ、これか」
どうやら知っているらしい。
流石だ。
と、思っていたら、モーナが走る速度を弱めて、そして止まった。
チーに追いついたのかと前を見ると、そう言うわけでも無かった。
道のど真ん中に人が数人いて、モーナが顔を顰めていた。
でも、モーナの視線はその人達ではなく、わたしが見せた魔石を見ている。
「あのさ、モーナ。急に聞いたわたしも悪かったから、走りながら教えてくれない? 12時まで時間がないの」
「でも、こいつの使い方知りたいんだろ?」
「だから走りながらで良いんだってば」
「ふーん、そうか。丁度良かったのにな」
「丁度良い?」
「マナ、モーナス、こいつ等人じゃないぞ!」
「へ?」
わたしがワンド王子の叫びにマヌケな返しをした時、突然目の前にいた人がわたし達に襲い掛かってきた。
いいや人じゃない。
人だと思っていたもの……それは、人の形をした水の塊だった。
モーナが丁度良いと言った意味が理解出来た。
それと同時に、何故足を止めたかも解かった。
この人の形をした水の塊は間違いなく敵だ。
そうでなければ、今この時、わたし達を襲おうなんてしてこない。
人の形をした水の塊は全部で4。
今は夜で暗がりで、正直遠目には分からなかったけど、迫ってくればハッキリと分かる。
全身が毒々しい紫色で、最早なんで見間違えたのかと思う程それは異常だった。
人の形をした水の塊の攻撃をモーナが避ける。
そして、カウンターで人の形をした水の塊を殴ろうとして、途中でやめて後ろにジャンプする。
「マナ、前言撤回だ。やっぱりさっきの魔石使え! こいつ等ただの水人形じゃない!」
「え? どう言う事?」
「その魔石は赤いから火属性の魔石だ! それに魔力を流すと、その中に入ってる魔法が使えるタイプの魔石だ! こいつ等は毒を含んだ水人形で、毒の属性は炎に弱い事が多いんだ!」
「え? マ? って言うか、これってそう言うのだったんだ。でも、魔法って何の魔法が出るの?」
「魔石の中心を見ろ!」
モーナが叫び、襲い掛かってくる人の形をした水の塊の攻撃を避ける。
わたしは急いで魔石の中心を見て、模様がある事に気づいた。
そしてその模様は、プロペラの様な形をしていた。
「なんかプロペラっぽい形してる」
「プロペラ? ああ、風車か! 運が良いな!」
「ああああああ! あたるあたる!」
ワンド王子が叫び、モーナが慌てて真上にジャンプして、直ぐそこまで迫っていた攻撃を避ける。
かなり高く、建物を見下ろせる距離までジャンプしていた。
「マナ、魔石を下に向けて魔力を込めろ! 魔石を中心に魔法を発動させるイメージで使える! ナミキも出来るし、マナなら使えるわ!」
「分かった!」
魔石を下に向けて、魔力を集中。
何が出るか分からないけど、モーナを信じる。
「いっけええええ!」
魔石を中心に魔法陣が浮かび上がり、そこから高速で回転する炎のプロペラが飛び出した。
炎のプロペラは高速で落下して、地上にいた人の形をした水の塊を焼き払った。
「うわ、凄」
「さっきの魔石また見て良いか?」
「へ? ああ、うん」
地上に着地してモーナに魔石を見せると、モーナは二度ほど頷いて再び走り出した。
「後一回だけさっきのが使えるな。さっきの毒人形は多分あの男の魔法だ。あの男と戦うなら、必要になるかもしれないわ」
「そっか、分かった。ありがとう」
モーナにお礼を言って魔石をしまう。
それから、他の魔石を取り出して確認する。
改めて見ると、結構色んな色の魔石があってカラフルだ。
さっきの魔石を合わせると、赤色は3個で青色が1個。
緑色も1個で、茶色が2個か……。
中心は…………ん?
何これ?
この茶色の魔石の模様、四角の周りにひし形の物が……って言うか、これって光ってるって事?
わかんないなあ。
「いた! モーナ、あそこだ!」
城下町の出入口に辿り着く頃、ワンド王子が叫び、指をさす。
わたしは直ぐに魔石をしまって、ワンド王子が指を差した方角へと視線を向けた。
その方角に見えるのはチーとジライデッド、そして、ジライデッドに肩で担がれたチーの母親。
何かがあったのか、チーは体中がボロボロで地面に膝をつき、涙を流していた。
ジライデッドはそんなチーを嘲笑うかの様に笑みを浮かべている。
「おろすぞ」
「分かった!」
「わたしはチーの所に行く、モーナ頼んだ! 12時まで残り10分!」
「余裕だ!」
モーナがワンド王子を降ろして爪を伸ばし、そのままジライデッドに向かって駆ける。
わたしはモーナから飛び降りて、チーの許まで急いで走った。
チーはジライデッドと向かい合っていて、2人ともわたし達の存在にまだ気づいていない。
「分かっただろう? チーちゃん。君では何も出来ない。ジエラさんを、お母さんを助けるなんて出来ないんだよ」
「だったら私が助けるわ!」
「――っ!」
モーナがジライデッドの喉元に爪を振るう。
しかし、避けられる。
ジライデッドは瞬時にバックステップをして、モーナの爪が空を斬った。
わたしはチーに駆け寄り、チーの目の前に出てカリブルヌスの剣を構える。
チーはわたしを見て驚いて、小さく「マナお姉ちゃん」と呟いた。
「出来の悪い娘たちだ。こんな子供たちに後れを取ったのか」
「おまえも人の事言えないぞ」
「何が――――っ!」
モーナがドヤ顔になる。
但し、今回は胸を張らない。
別に無い胸を張るのが恥ずかしくなったわけじゃない。
モーナはお姫様抱っこをしていたのだ。
そう。
「ママ!」
チーの母親を。
ジライデッドへの攻撃はあくまでフリだ。
モーナの目的は最初からチーの母親だったのだ。
モーナはチーの母親をお姫様抱っこしたまま、わたしとチーの許までやって来て、チーの母親を丁寧に地面に寝かせた。
チーは大粒の涙を流して、母親に抱き付いた。
「チー、これをお母さんに飲ませてあげて」
「え?」
チーが顔を上げてわたしを見る。
わたしは一旦チーの側に移動して、サガーチャさんから受け取ったマジックアイテムをチーに差し出した。
「マナお姉ちゃん……これって」
「うん。マジックアイテム【混魔解毒薬】だよ」
「でも……もう時間が」
「大丈夫。わたしを信じて? チー」
「マナお姉ちゃん……うん」
チーが【混魔解毒薬】を受け取り、母親の口元にそっと近づけた。
「困るなあ!」
ジライデッドが邪魔しようと、俊足で迫る。
だけど、前回の様にはさせない。
モーナが重力の魔法でジライデッドを押し潰す。
更に、わたしはカリブルヌスの剣を再び構え、そして薙ぎ払う。
瞬間――モーナの重力の魔法さえも斬り裂く斬撃が、ジライデッドに向かって飛翔した。
そして、ジライデッドに命中――しなかった。
ジライデッドの腕をかするに終わり、ジライデッドはわたし達から距離をとった。
あの状態で避けられた!?
「ああ。忌々しいガキどもだなあ」
ジライデッドが静かに怒り、わたしとモーナを睨んだ。
「ママ?」
不意にチーの驚いた様な声が聞こえて振り向く。
チーの母親が、赤、黄、緑、の順に淡く光っていた。
ほんの数秒で淡い光は静に消えていき、チーの母親は目で見て分かる程に顔色が良くなった。
そして、ゆっくりとチーの母親が目を覚ます。
チーの母親は目を覚ますと、微笑んでチーの頭を優しく頭を撫でた。
「ママー!」
「チーちゃん……? どう……したの?」
チーの母親の声は弱々しかった。
だけど、それでもその声は優しくて、もう大丈夫なのだと安心できる声だった。
「良かったね、チー」
本当に、本当に良かった。
今まで見た事ない、初めて見る笑顔でチーが泣きながら喜んでいる。
チーを不思議そうに見て、でも、とても優しく微笑んでいるチーの母親。
そんな2人の姿が嬉しくて、わたしの頬にも一つだけ涙がつたった。




