099 博士はニマァっと笑みを浮かべる
ラヴィのスキル【図画工作】。
それは、あらゆる物を作りだすスキル。
何も無い所に何かを出現させるのではなく、材料を使って何かを作るもの。
ラリーゼとスタシアナの戦闘中では、けっして役に立つとは思えないこのスキルは、ラヴィの中で大きく進化を遂げた。
きっかけはサガーチャさんから受け取った瓶に入っていた液体か、それともわたし、豊穣愛那のピンチがそうさせたのか。
どちらかがきっかけで……と言うわけではない。
二つともきっかけの一つだった。
そしてもう一つ、【打ち出の小槌】の存在がそうさせた。
わたしがスタシアナに殺されかけたその時、ラヴィはわたしを護りたい一心でスキルを覚醒させ、図画工作は【図画工作】へと進化した。
ラヴィの脳内に打ち出の小槌の真の姿が映し出され、魔力でそれを解放する術を手に入れた。
打ち出の小槌の真の姿、それは【トールハンマー】と呼ばれる伝説級のマジックアイテム。
図画工作の力は何かを作るだけでなく、トールハンマーの様に力を封印されたマジックアイテムを含めて、全てのマジックアイテムや道具の性能と使用方法を知る事の出来るとんでもないスキルだった。
◇
「そっか。打ち出の小槌って、本当は【トールハンマー】って言うマジックアイテムだったんだ?」
「そう。昔の持ち主に力の他に姿と効力も一緒に封印されて、名前も変えられた」
「いやあ、マナくんが死ななくて良かったね」
「うん」
「って言うか、ラヴィ大丈夫? 凄い汗だし、やっぱりさっきから顔色も悪いし体調悪そうだよ。お姉と一緒に休んでなよ。後はわたしとモーナで何とかするからさ」
「……分かった。足手纏いは嫌。休む」
「うん、そうしな」
ラヴィは返事をして、お姉の側に移動して横になった。
ラリーゼとスタシアナを倒したは良いけど、お姉は戦闘終了後に倒れていた。
ラヴィとモーナから話を聞くと、お姉が最後に変身した姿【コートシップドラゴン】の部分変化が、かなりの負担になるらしい。
このコートシップドラゴンと言うのは、奴隷商人の1人シップの種族の事で、シップが変身したドラゴンの姿だとか。
捕虜としてシップを捕まえた後に、一度脱走しようとしたシップがドラゴンに変身して、捕まえる時にお姉も協力した様だ。
そのおかげで変身出来るようになった。
そして、お姉のスキル【動物変化】は、変身する生き物によって体への負担が大きく変わる事が分かったらしい。
凍竜と違い、コートシップドラゴンへの変身は体への負担がかなりデカい。
その為、試しに変身した時に、これには変身するなと言う話になったようだ。
そんなわけで、お姉は只今戦闘不能中。
燃え続ける城から離れた所で眠らせていた。
そしてモーナ。
モーナは寝不足で、確かによく見ると隈が酷かった。
三日三晩走り続けて寝ていない。
さっきまで港町トライアングルにいて、寝ずにここまで走って来たそうだ。
それさえなければジライデッドに不覚なんて取らなかったと言って、随分と機嫌を損ねていた。
ご飯はここに向かってる最中に走り食いしたと言っていて、とにかく今は眠いとの事なので、少しだけお姉の隣で眠らせてあげている。
お姉とモーナの側には護衛としてグランデ王子様にいてもらっている。
何かあった時に護れるようにとグランデ王子様からの申し出で、王子様にそんな事とも思ったけど、サガーチャさんが当たり前とでも言う様な視線をグランデ王子様に向けていたのでそれに甘える事にした。
「ラヴィーナくんには随分と無茶をさせてしまったね。伝説のマジックアイテム【トールハンマー】は予想外だけど、その前にも死ぬ寸前だったマナくんを助ける程の魔法を使わせてしまったからね。あれ程の魔法だ。体への負担は凄かったろうね。暫らく休ませてあげよう」
「はい。って、サガーチャさん何か作って……って、もしかしてそれって……」
「おや。気がついたかい? その通り、これは――」
サガーチャさんが作業を中断して、それを持ち上げてわたしに見せようとした時に、少し離れた場所から「おーい! 無事かー!?」と声が聞こえてきた。
振り向くと、ドワーフの兵に肩車されたワンド王子が、手を振ってこっちに向かって来ていた。
サガーチャさんは苦笑して作業に戻り、ワンド王子はわたしの目の前に来ると地面に降りて、周囲を見回して真剣な面持ちになった。
「みんな無事……ってわけではないみたいだな。いや、今はそれは良い。王女に知らせがある。そのまま聞いてくれ」
「私に? ああ、もしかして城の事かな?」
「そうだ。って、随分と余裕そうだな? 自分の城が燃えてるんだぞ? 家族の事は心配じゃないのか?」
「心配? 皆無事なんだろう?」
「――え!?」
わたしは驚いてワンド王子に視線を向けた。
すると、ワンド王子も少し驚いた表情を見せて、失笑した。
「よく分かったな。そうだ。城門をくぐった時に火薬の臭いを感じて兵に知らせたんだ。それで調べてみたら、城内のあちこちに爆弾系統のマジックアイテムと導火線代わりの火属性の魔法陣が仕掛けられていた。情けないが僕は戦力にならないからな。だからその代わりに、そっちを何とかしようと思ったんだ。結局は数が多すぎたのと時限式で時間が足りないのもあって、この国の兵で動ける者に指示を出して全員避難させる事しか出来なかったけどな」
「そうだったんだ。ワンド王子お手柄じゃんか」
「お手柄はこの国の兵だ。僕はただ教えただけで、結局は城に被害が出てしまった」
何だか感極まる。
あの俺様気質でラヴィと言い争っていたワンド王子が、暫らく見ないうちに随分と逞しくなっていたから。
わたしは何だか感動して、ワンド王子を抱きしめて頭を撫でた。
「お、おいマナ! やめろ! 恥かしいだろ!」
とは言っているけど、ワンド王子の尻尾は嬉しそうに振られているので、気にせずそのまま頭を撫でる。
それにしても、ワンド王子は結構抱き心地良かった。
流石は犬の獣人。
モフモフだ。
「しかし、王女は何故、僕が兵達に救助活動をさせていた事が分かったんだ?」
「ドワーフと言うのは魔法が使えない代わりに、魔力が目で見えるだろう? 私はマジックアイテムでそれが他の者より強化された状態なんだ。本来では見えない流れも見えるのさ。だから、城内のあちこちの魔力の動きが多少見えていたんだよ」
「なるほど。流石は【博士】と言う事か」
「まあね。っと、何とか間に合いそうだ。さっき無理を言ってナミキくんに手伝って貰った甲斐があったね」
「お姉に……」
サガーチャさんの言葉で理解した。
さっきお姉が手を出してこなかった時があった。
あれはつまり、サガーチャさんの手伝いをしていた。
そう言う事なのだろう。
確かにこれは、それだけの価値がある。
サガーチャさんが立ちあがり、わたしにさっき見せたそれを、わたしの目の前にだした。
「待たせたね」
「いえ、ありがとうございます。サガーチャさん」
お礼を言ってそれを受け取ると、サガーチャさんが微笑んだ。
「礼はいらないよ。あとそうだ。もう一つ先に、種明かしをしておこう。そうしないと、間に合うものも間に合わなくなってしまう」
「種明かし?」
「ああ……おや? 丁度良い。マナくん、君が腕につけているステータスチェックリング。それの赤い魔石をよく見てほしい」
「へ? どう言う……」
サガーチャさんに言われ、ワンド王子を体から離して、意味が分からないまま確認する。
そして、ステチリングにある赤い魔石を見て――――
「――ああああああああっっ!!」
わたしは大声を上げて驚いた。
そして、わたしは自分のマヌケさに頭を抱えた。
赤い魔石。
そこには数字が浮かび上がっていた。
そしてその数字が示すもの……それは。
“23:34”
現在の時刻だったのだ。
「やっぱりマナくんは知らなかったみたいだね。それはナミキくんが持っていたステータスチェックリングが古い物だったから、私がプレゼントしたものだよ」
「そんなのよく分かりましたね。っじゃない! なんで気がつかないかなわたし! って事は、まだ予定の12時になってないって事じゃん! あああああ! わたしの馬鹿! アホ! マヌケ!」
「落ち着けマナ」
「はあ、はあ。そうだね。ごめん。あれ? じゃあ、何であの時12時の鐘が? って言うか、時計塔の時計って……?」
わたしが興奮しすぎで息を切らせながら頭を混乱させて呟くと、サガーチャさんがニマァッと笑みを浮かべて楽しそうに話しだす。
「ラリーゼとスタシアナ、それから裏で彼女達を操っている者を騙す為に、私が時計の針をずらしたんだよ。それに鐘の音は時計の針とは別でセットしていてね。だからついでに11時に鐘が鳴る様にもセットしておいたのさ」
開いた口が塞がらない。
わたしは驚き、サガーチャさんはそんなわたしを見ておかしそうに笑う。
「まあ、まさかマナくん達まで騙してしまうとは思わなかったけど、逆にそれのおかげで黒幕の彼をまだ騙せているみたいだね。やはり、敵を騙すにはまず味方から。と言うのは本当の様だ。と、それはともかく、その黒幕の彼の正体も、スミレくんのおかげで存在を知れたんだけどね。スミレくんを奴隷商人に誘ったボスと言う存在。どうもそれが普段表に出ない彼……つまりボスの様な気がしたんだ。って、これはマナくんは知らない情報かな? まあ、とにかく、そう言う事さ」
「……はは」
渇いた笑いがでた。
失笑だ。
もう何て言うか、やってくれたなって感じである。
「マナ?」
ワンド王子が心配そうにわたしの顔を覗き込む。
わたしはワンド王子と目を合わせて微笑んだ。
「本当にありがとうございます、サガーチャさん。それにワンド王子もありがとう」
さて、こんな所で立ち話なんてしていられない。
ぐっすり眠っているモーナの許へ行き、モーナの頬を両手で摘まむ。
「モーナ起きろ。行くよ」
「……なんだ~? もう朝か~?」
「寝ぼけてないで起きろ」
モーナのおでこにデコピンを食らわす。
おでこが小気味の良い音を鳴らして、モーナが「んにゃっ」と声を上げて、涙目で起き上がった。
「何をするー!」
「モーナ、チーを助けたい。力を貸して」
「……いいぞ」
わたしとモーナは頷き合い、そこにワンド王子が駆け寄ってきた。
「王女から事情は聞いた。場所は僕に任せてくれ。チーリンって子供の母親の臭いなら知ってるからな。戦いには役立てないけど、道案内くらいは出来るぞ」
「ワンド王子……ありがとう」
「ああ――って、モーナス!?」
突然、ワンド王子がモーナに脇腹の所で抱えられる。
ワンド王子が動揺し、わたしもモーナをマジマジと見た。
「マナは背中に乗れ」
「へ? 何言って――」
「マナの魔法で私が走る。その方が速いからな!」
「モーナ……うん、分かった」
頷いて、モーナの背中に乗る。
乗ると言っても、背中に抱き付いて、腕をモーナの首に回して締めない程度にギュッと力を込める感じだ。
モーナの背中に乗ると、モーナは重力の魔法で地面に置いていたカリブルヌスの剣を浮かばせてわたしに持たせた。
そして、わたしはモーナに加速魔法【クアドルプルスピード】を使用する。
「行くぞ! しっかり捕まってろよ!」
「うん!」
「おいモーナ! 僕の扱いが雑すぎじゃ――――うあああああああああああ!!」
ワンド王子の叫び声が響き渡り、わたしはステチリングの赤い魔石を確認する。
赤い魔石に浮かぶ時計の時刻は“23:41”で、残り時間は19分。
これが最後のチャンス。
「絶対助けるぞ、マナ」
「うん。分かってる。絶対に助けよう」
サガーチャさんから受け取ったそれ……【混魔解毒薬】を持つ手に力を込める。
「12時の鐘が鳴る前に!」




