009 虚ろ目幼女は発育中
わたし達は買い物が終わってから港町を出た。
それから、目的地の亥鯉の川を目指して、海辺を南に歩いていく。
相変わらず気温が高く真夏を思わせる様な暑さだったけど、港町で購入した日傘のおかげで、多少は暑さを凌げていた。
たまに気持ちの良い風が吹き、わたしは肌で爽涼の様な涼しさを感じとる。
キラキラと輝く海を見て、わたしは綺麗だと感じながら歩いていた。
そんな中、わたしの背後から情けない声が聞こえてくる。
「マ~ナ~。マ~ナ~。待ちなさないよ~」
わたしは後ろに振り返り、情けない声を上げる猫耳少女に視線を向ける。
「何でアンタが一番バテてんのよ」
「だって~。暑いのは苦手なんだよ~」
わたしはランドセルから水筒を取り出して、モーナに水を飲ませる。
すると、私より前を活き活きと歩いていたお姉が、わたし達の様子に気がついた。
「どうしたんですか~?」
「モーナが暑さでヤバいから、ちょっと休憩しよー」
「分かりましたー」
わたしの提案にお姉は返事をして、わたし達の許まで歩いて来た。
お姉は体力が人並み以下だけど、好奇心が勝ると人並みを超える。
だからこそ、現在大はしゃぎで、わたし達三人の中では一番元気だった。
と言っても、長くはもたないので、その内突然倒れるだろうけれど。
そんなわけで、そろそろ休憩するには、タイミング的にも良かった。
わたしは何処か休憩に適した所は無いかと、周囲を見回して探してみる。
木陰があれば丁度良いんだけど……え?
何あれ?
あんなの、さっきまであったっけ?
見た事も無い三階建住宅位の大きさの巨大な巻貝を見つけて、わたしはごくりと息を呑みこんだ。
驚いてわたしが巻貝を凝視していると、お姉もそれに気がついて驚く。
「わあ! 凄いです! 大きな巻貝ですね」
「う、うん」
「巻貝……?」
モーナがわたしとお姉の視線の先に目を向ける。
そして、モーナは巻貝を見た途端に、尻尾の毛を膨らませて巻貝を睨んだ。
これって、確か猫が威嚇する時の……。
わたしがモーナの反応を見て、そう思った瞬間だった。
巻貝から、大きなハサミを持つヤドカリの様な生物が姿を現した。
「食料確保だ!」
「え!? あのヤドカリっぽいの食べれるの!?」
わたしが驚いてモーナに訊ねると、モーナではなくお姉が答える。
「美味しいみたいですよ!」
「何でお姉にそれが……っ!」
お姉がわたしの目の前に、ステチリングに浮かび上がる情報を見せる。
ヤドカリキング
種族 : ヤドカリ
味 : 美味
特徴 : 巨大ハサミ
加護 : 水の加護
能力 : 未修得
へ~。
こんなのも見れちゃうんだ。
加護?
加護って何だろう?
「お姉ちゃん頑張っちゃいますよ~」
お姉が意気込みを入れて、モーナの横で変な構えをとる。
お姉とモーナがヤドカリキングと睨み合う。
「ねえ、モーナ。水の加護って何?」
「水の加護は水の加護だ! 自然の力よ!」
成程。
わたしは納得すると、とりあえずお姉に怪我があったら困るので、カリブルヌスの剣でヤドカリキングに向かって薙ぎ払う。
ヤドカリキングはわたしが薙ぎ払った事で生まれた真空の刃で、見事に横一文字に真っ二つになって絶命した。
「愛那凄いです!」
「当然よ!」
「何でアンタが得意気なのよ」
そんなわけで、わたし達はヤドカリキングの巻貝を屋根にして、早速ヤドカリキングを美味しく頂く事にした。
勿論料理はわたしが担当する。
わたしはランドセルから料理の本を取り出して、何か良いレシピは無いかとページを捲る。
本のページを捲っていると今更な疑問が頭の中に浮かび上がり、モーナに訊ねてみる。
「そう言えば、何でこの世界って日本語なの?」
「あっ、そう言えばそうですよね。気がつきませんでした」
わたしとお姉がモーナに視線を向けると、モーナが首を傾げて答える。
「ニホンゴって何だ?」
「え? 今現在わたし達が使ってる言葉だよ。この本に書かれてるのも日本語」
わたしは答えながら、モーナに料理の本を見せる。
モーナは首を傾げたまま、料理の本を見た。
「これはニホンゴじゃなくて現代語だ!」
「現代語……。よく分からないけど、深く考えても分からないし、言葉が通じるならそれで良いか」
「そうですね。英語じゃなくて助かりました」
「お姉は英語駄目だもんね~」
「エイゴ?」
モーナが相変わらず首を傾げて、わたしとお姉を交互に見る。
「そう言えば、この世界って国によって言葉が違ったりするの?」
「違わないわ。昔は、そういう事もあったけど、今は皆共通の言葉よ」
「へ~。それは助かる」
モーナの言葉に安心して、わたしは再び料理の本に目を通す。
すると、簡単で美味しそうな、カニや魚を材料にした海鮮スープのレシピを見つけた。
お鍋の代わりは、巻貝を上手に斬れば何とかなりそうだし、うん。
これにしよう。
「モーナ。さっき港町で買った食材を使いたいんだけど、まな板の代わりになりそうな物って無い?」
わたしが訊ねると、モーナがドヤ顔でわたしの胸を見て答える。
「まな板? まな板ならマナが既に持ってるじゃない。マナだけにね!」
わたしはモーナにニコニコと笑顔を向けて、ランドセルから取り出した包丁を握って、モーナの肩を掴む。
「ホントだ~。こんな所に丁度良いまな板が」
「待て! 冗談だ! 港町で親父ギャグを聞いて影響を受けただけだ!」
「そうだね~。アンタ随分と笑ってたもんね。でもねモーナ。世の中には、言って良い冗談と悪い冗談があるのよ。とりあえず横になりなさい」
「嫌だ! それは悪い冗談だ!」
「あっ、愛那。見て下さい。あそこに鳥がいますよ。捕まえて焼き鳥にしましょう!」
「ナミキは私を助けようとしなさいよ!」
「大丈夫ですよ。愛那は良い子です」
「そうそう。わたしは良い子だからアンタをまな板にしても、ちゃんと斬らない様に努力するから大丈夫よ」
「全然大丈夫じゃないわ! ぎゃーっ! 離せーっ!」
海辺の砂浜にモーナの悲鳴が響き渡る。
それから、わたしはヤドカリキングの身をメインにして、海鮮スープを作ったのだけど、思いの外とても美味しく出来上がった。
ヤドカリキングはエビと言うよりは、どちらかと言うとカニの様な味がして、お姉はもの凄く喜んで食べていた。
ちなみに、お姉が見つけた鳥なのだけど、ステチリングで確認したら味の項目で猛毒と表示されて捕まえるのを止めた。
猛毒な鳥って怖すぎなんだけど……。
食事を終えると、わたし達は日傘をさして再び歩き出す。
そして、お姉の提案で巻貝を使って、夏には欠かせない物を作りだした。
「便利な道具ね!」
モーナはそれを使ってご機嫌だ。
「まあ、無いよりはマシって程度だけどね」
「えへへ。モーナちゃんが、うちわを気に入ってくれて良かったです」
お姉が提案した物。
それはうちわだった。
すっかりその存在をわたしは忘れていたけど、暑い時期がくると、よく見かける便利な道具だ。
わたしはうちわで顔を扇いで海を見ながら、ボーっと考え事をして歩く。
そう言えば、お姉の名前の瀾って、波の意味があるんだっけ。
瀾の訓読みと姫の音読みを混ぜて、瀾姫だなんて、変な名前だよね。
って、それを言い出したら私の名前もって、そんな事はどうでも良いか。
「あれ? 誰かが倒れてますよ?」
わたしがボーっとくだらない事を考えていると、お姉が立ち止まって指をさす。
お姉が指をさした方に目を向ける。
少し離れた先の砂浜に、女の子が倒れていた。
「私、見て来ますね!」
お姉が日傘を閉じて走り出す。
わたしもモーナと顔を見合わせて頷き合うと、お姉の後を追った。
そうして、倒れた女の子に近づくと、お姉が女の子を抱き寄せる。
わたしは持っている日傘を女の子にかざして日陰を作り、うちわで扇いであげた。
女の子はわたしより4つ位年下に見える子で、髪は白に近い薄い水色で、とても肌の白い子だった。
着ている服は白い着物で、草履を履いていた。
まるで日本の昔話に出て来そうな格好をした女の子は、お姉に抱き寄せられると、長いまつ毛のついたまぶたを開けて、虚ろ気に水色で綺麗な瞳でお姉やわたしの顔を見て口を開く。
「み……ず…………」
「モーナ。これ、代わりにお願い」
「分かったわ」
わたしはモーナに日傘とうちわを渡して、急いでランドセルから水筒を取り出して、女の子に水を飲ませてあげた。
女の子はわたしが飲ませた水を飲み干すと、ゆっくりと立ち上がる。
「ありがとう」
女の子はお辞儀をして、虚ろ気な目をしたまま、口角を少しだけ上げた。
「大丈夫ですか? 暫らく横になっていた方が良いですよ。まだ元気がないみたいですし」
お姉が心配そうに女の子に話すと、女の子はお姉を見て口角を少しだけ上げる。
「大丈夫。私は元々こういう顔。心配いらない」
「そうなんですか? 元気がないだなんて、失礼な事を言ってごめんなさい」
「よく言われる。いつもの事だから気にしなくて良い」
口角以外の表情を変えずに淡々と話す女の子を見て、お姉とは真逆のタイプの子だなと感じながら、わたしは女の子に訊ねる。
「どうしてこんな所で倒れてたの? お母さんかお父さんはいないの?」
「ここにはいない。私は……」
女の子が言葉を詰まらせて俯く。
「どうしたの?」
わたしはしゃがんで、女の子と目線を合わせて訊ねる。
すると、女の子はわたしと目を合わせて、首を横に振った。
「ううん。何でもない」
困ったな。
流石にこんな小さな子を、こんな所に置いて行くわけにもいかないし……。
「ふーん。おまえ、ラヴィーナって言うのか」
「え?」
突然モーナが喋りだすので、わたしは驚いてモーナに視線を向ける。
すると、いつの間にかモーナは女の子にステチリングを使っていた様で、女の子の情報を見ていた。
「モーナ……」
わたしが呆れながら呟くと、モーナはわたしに視線を向けて首を傾げた。
「どうした? マナも見るか?」
「アンタねえ」
そう言って、わたしが立ち上がると、女の子がわたしの手を掴んで私の顔を見上げる。
「見て良い」
「え? うん。ありがとう」
この場合、むしろ見てほしいって事なのかな?
そう考えたわたしは、ステチリングで女の子の情報を確認する。
ラヴィーナ
種族 : 妖族『雪女』
職業 : 幼女
身長 : 110
BWH: 発育中
装備 : 鶴羽の振袖・草履
属性 : 水属性『水魔法』上位『氷魔法』
能力 : 『図画工作』未覚醒
わたしは女の子、ラヴィーナの情報の、装備の項目を見て驚き硬直する。
お姉は気が付いていないのか、呑気にラヴィーナに質問する。
「ラヴィーナちゃん。年はお幾つですか?」
「五歳」
「わあ。上位の魔法って、凄く難しいんですよね。五歳なのに上位の魔法が使えるなんて凄いです~」
「私も使えるわ!」
「モーナちゃんも凄いです」
「それ程でもあるわ!」
モーナが胸を得意気に張ってドヤ顔になる。
ラヴィーナはモーナと違って、相変わらず虚ろ目な表情だけど、ほんの少しだけ頬を染めた。
「って、お姉もモーナも気づいてないの?」
「え? 何がですか?」
「私は気が付いているわ!」
首を傾げるお姉とは違い、モーナは胸を得意気に張って答える。
「スリーサイズが発育中になっているって事でしょ! これは、あまりにも幼児体型だと出る表示よ! 五歳じゃ仕方がないわね!」
「違うわよ! そんなのどうでも良いに決まってるでしょ!」
わたしはモーナの斜め上な答えについ大声を上げてしまい、モーナが目を点にして驚いたのを見て、わたしはハッと正気に戻る。
駄目だ。
暑さのせいもあって、結構イライラしてるな私。
冷静になろう。
「怒鳴ったりして、ごめんねモーナ」
「き、気にしなくて良いわ」
「ありがと」
わたしはモーナにお礼を言うと、もう一度しゃがんで、ラヴィーナと目線を合わせる。
「えっと、ラヴィーナ」
「ラヴィで良い」
「え? うん。じゃあ、ラヴィ。ラヴィが着ている服は、鶴羽の振袖だよね?」
「そう。鶴羽の振袖」
ラヴィが着ている鶴羽の振袖は、かぐや姫が求める三つの宝の一つだ。
わたしがさっきラヴィの情報を見て驚いたのは、まさかこんなかたちで、こんなに早く宝の一つにお目にかかれるとは思わなかったからだ。
わたしとラヴィがそこまで話すと、お姉とモーナもやっと気がついたらしく、ラヴィに顔を近づけて鶴羽の振袖を凝視した。
「これが鶴羽の振袖だったんですか!?」
「早くも目的の宝ゲットだわ!」
「いやいや。ゲットはまだしてないでしょ」




