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泥の人形

作者: 東西南北美宏

『本日は気持ちの良い晴天でしょう』

 テレビの中の、顔だけで選ばれたようなアナウンサーが天気を教えてくれる。いつも惰性で付けている朝のニュース番組なかの一コマだ。

 だから、彼女を見つけたのは本当に偶然である。

 天気を伝えようとしているそのアナウンサーの後ろを歩く彼女の姿がちらりと映った。

 それは都会に行ってかなりあか抜けてしまい、他の人には一目で彼女と分からないだろうけれど、間違いなく高校の同級生だった日野あかりその人に間違いなかった。

 あかりのその高校時代とかけ離れたアーバンスタイルからは、高校のとき彼女が一体どれだけいもっぽい容姿をしていたのかなど想像もつかないだろう。


 あの日、僕とあかりは二人で歩いていた。

 あかりはその日、少しだけメイクをしていた。メイクといっても簡単にチークと口紅を塗っていただけだと今なら分かるが、その時は、僕に会うためにおしゃれをしてくれていることに喜んでいたのを覚えている。

 あかりとは中学から同じ学校に進学した仲だった。僕は小学校では頭が良いと言われており、それで街の私立に進学した。しかし、しょせん井の中の蛙だったようで中学に入学すると、落ちこぼれてしまった。彼女もまた似たような境遇なのであった。

 そのような、進学校に入学して落ちこぼれてしまう例は少なくないようで、成績下位組はそこで固まってしまうのだった。

 そのグループの中で、僕は小学校のときの優秀さからくるプライドによって孤立してしまっていた。そしてあかりは、その引っ込み思案な心からか、一歩離れているのだった。落ちこぼれからもこぼれた僕たちが近くなるのは必然だった。

 あの日、僕たちは映画を観に少し遠出をしていた。僕が、親からもらったチケットをだしにしてあかりを誘ったのである。それはつまらないB級ホラーで、正直に言ってもう劇場から出てしまいたかった。

 それは彼女も同様だったようで、隣を見ると、うつろな目でぼんやりとスクリーンを眺めていた。

 しかし、彼女に「もう出ようか」なんて言う勇気も出ず、結局最後まで時間を無駄にして、ようやく外に出たころにはもう夕方の四時頃になっていた。

「映画、微妙だったね」

「うん」

 たったそれだけで言葉が途切れてしまうのは、映画の出来がひどかったからだということにしたい。

 無言で街を歩く僕たちは、これといった目的もなくただただ足を赴くままに進めていた。そのため、夜の一番深い通りまで進んでしまうまで気付かなかったのである。要は、僕はわざとそこに行ったのではないということを言っておかなければならない。そも、中学生がラブホテルに入ろうなんて考える訳もない。しかも付き合ってもいない女子とである。だから歓楽街の中心まで二人で来てしまったことを故意ではないのだということをとにかく重ねて言っておきたい。

彼女が僕の指に案外細い指を遠慮がちに絡ませてきたその時、ようやく僕はその街の夜の匂いに気づき、電車の中で携帯電話が鳴ってしまった時のような気持になった。

さて、歓楽街にいた隣の女性は、どうもここがどういう場所かすでに分かっていたようで、夜の匂いが、夕方四時にしてすでに濃くこもった場所で、やはり恥ずかしそうに下を向き、塗ったチークが隠れてしまうくらい、まさにリンゴみたいに顔を赤らめていた。

 そのリンゴは異常に僕の食欲を誘い、そして何も考えずに食べてしまいたかった、と、今なら思うのだが、しかし当時、中学生だった僕にとってその感情をうまく認識することはできなかった。

 僕はそれを恋心だと勘違いしてしまったのである。

 僕があかりに恋心を抱いていると認識してしまった僕は、彼女を守りたいと、守るべきであると考え、手を繋いだまま早足にその街を抜け出した。

 そのまま、駅まで彼女を送り、一緒に夕飯を食べることもなく別れたのだった。

 結局それ以降、僕はあかりにうまく接することが出来なくなってしまい、彼女とは恋人になることもなく、高校ではバラバラになってしまった。


風のうわさであかりが東京の企業で働きだしたということを聞いた。

 そんなこともすっかり気にせず、こんな年齢まで地元で過ごしていたら、あかりのことなんて忘れていた。

 偶然にもテレビで見かけたあかりは昔、あの歓楽街を歩いた女の子とは比べ物にならないくらい綺麗になっていた。でも、彼女と手を繋いであの夜の街を歩きたいとは思えなかった。あの恋心と間違えた欲情を今の彼女に抱くことはできなかった。これは指と指を、絡ませていないからなのかもしれない。


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