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灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
螺鈿の葬列
99/153

-螺鈿の葬列- 13

 翌日、案の定、水谷は寝床から起き上がることが出来なかった。


 呼吸が浅く、動悸(どうき)がヒドい。


 ぼんやりとして、締め付けるような頭痛がした。



「・・・うぅ・・・・・・」



 水谷がうめいていると、散華が作業場から寝室へと入って来た。


 手には香炉を持っており、水谷の枕元に置くと、手慣れた手付きで香をたく。


 いつもの沈香の香りに似ているが、もう少し甘ったるい独特の香りであった。


 水谷が不思議そうな表情で香炉を見つめると、散華はわずかに口元を吊り上げる。



白檀(びゃくだん)をたいてみた」



「びゃく・・・だん?」



扇子(せんす)の香りと言った方が分かるか?」



「あぁ・・・扇子を広げると、良い香り、しますよね・・・」



「『シキ』は、この香りに近い」



 水谷は、香炉から散華に視線を移した。


 相変わらず不機嫌そうな顔であったが、昨日よりは穏やかな雰囲気に、水谷は密かに安堵(あんど)する。



「自分の『鬼』の匂いに近い香りの中だと、気持ちが落ち着く。そうすると、間接的に『シキ』も元気になるはずだ」



 言われて、水谷は深く呼吸した。


 上品な甘い芳香(ほうこう)が体の中に満ちていくと、体が少し軽くなる。


 側で丸くなってる『シキ』も、痙攣(けいれん)している体が徐々(じょじょ)に落ち着き始めた。



「あ・・・でも、散華さんが・・・辛くないですか?」



沈香(じんこう)も白檀も線香に使われてる。系統的に似た香りだから平気だ」



 そう言いながら、散華は部屋の(すみ)で、硯箱(すずりばこ)の中身を広げ始めた。


 制作を始めるつもりなのか、徐々に瞳に気迫がこもる。



東雲(しののめ)さん・・・大丈夫でしょうか?」



「心配ない、もう近くまで来てる」



 ()()なく言うと、散華は硯で(すみ)をすり始めた。


 何を始めるのかと思い、水谷が体を起こそうとすると、散華は口を真一文字にして(にら)み付ける。



「寝てろ。心臓に負担がかかる」



「何を描くんですか?」



「落書き。ヒマつぶしだ」



 水谷は、そのまま出来上がるまで見てみたかったが、散華の言う通り、体がダルくなってきたので、再び横になった。


『シキ』を取り()かせていない為、『無害化』では無さそうである。




 だから、落書きなのかな・・・。




 ただ、落書きとはいえ、話し掛けると邪魔になると思い、水谷は庭をぼんやりと眺める事にした。


 桜の古木から色付いた葉が、たまに思い出したようにヒラリと落ちて行く。




 そろそろ、次が落ちるはず。




 しかし、そう思ってジッと見ていると、思ったように落ちない。


 桜が、ヒマそうにしている自分の遊び相手になっているような気がして、水谷は口元をほころばせた。





 掛け時計が、規則的な音を(かな)


 桜の葉が不協和音の如く、絶妙なタイミングで落ちて行く―――





 そんな事が繰り返されるうちに、散華は道具を片付け、絵を持って縁側から外に出て行った。


 すぐに戻って来るかと思いきや、なかなか帰って来ない。


 水谷は、何かあったのかと不安を覚えたが、耳をすますと、小さな話声が遠くから聞こえて来た。


 次いで、玄関を開ける音が響き、散華の重みのある足音と、静々と、誰かが歩いている気配が近付いて来る。


 水谷は、廊下の方へ体をよじると、肘をついて上体を起こそうとした。




「そのままで結構でございます」




 そう言うと、東雲が寝ている水谷の横に、スッと座った。


 『隠世』で見た姿と、あまり変わらない。


 ただ、着物は壺装束(つぼしょうぞく)でなく、ごくごく一般的なものであった。


 手には巾着を持っており、見ると蒔絵(まきえ)の根付らしいものが取り付けてある。



「失礼いたします」



 東雲は、水谷の腕を取り、腕時計を見ながら脈を測った。


 そして、(ひたい)の手ぬぐいを取って(おけ)(ひた)すと、固く水を絞って首元にあてがう。



「食欲はございますか?」



「ううん・・・」



「吐き気はございますか?水分は()れておりますか?」



「大丈夫・・・」



「では、少々お台所を拝借いたします」



 そう言うと、東雲は巾着を下げたまま、台所に行ってしまった。


 しばらくして戻ってくると、お盆に(わん)を乗せて運んで来る。



「これをお飲み下さい」



 水谷は上体を起こし、椀を受け取った。


 椀には、茶色い液体が入っている。


 怪訝(けげん)な顔で見つめると、東雲はクスクスと笑った。



「薬ではございません。ただ黒糖と微量の塩を、白湯(さゆ)で割ったものでございます」



 口を付けると、ほんのり甘じょっぱい。


 水谷は、頭が少しスッキリし、頭痛が(やわ)らいだ気がした。



「もしかして、医者なの?」



「いえ、昔、看護婦をしておりました」



「どおりで、手慣れてると思った~」



 東雲は、ニコニコと微笑んだ。


 小柄で幼い顔立ちが可愛らしく、水谷と同い年―――十四、五歳くらいに見える。


 しかし、元看護婦という事は、確実に年上だろうと、水谷は推測した。



「ところで・・・師匠は、大丈夫なの?」



「大丈夫、と申しますと?」



「昨日の夜、『隠世(かくりよ)』で見た『きらら』は無事だったの?・・・師匠も、ボクみたいに具合が悪くなってるんじゃ・・・」



「『きらら』と(もり)を放った者は見つけられませんでした。師匠には、今日はお会いしておりません」



「・・・そっか」



「御心配かとは存じますが、今は、ご自分の体を一番にお考え下さい」



「そうだね・・・逆に師匠に心配かけるだろうし」



 水谷が椀に残っていた液体をジッと見つめると、散華は小さく溜息をついた。


 頭の後ろをボリボリかくと、気だるそうに立ち上がる。



「東雲、俺は野暮用がある。圭吾(けいご)の面倒を見ててくれ」



 水谷は、思わず散華の作務衣(さむえ)(つか)んだ。


 そんな水谷を、散華は、いぶかし気な顔で見つめる。



「どうした?」



 自分でも、どうしてそうしたのかよく分からず、水谷は、そっと手を離した。


 うつむいて黙り込む水谷の肩を、散華は軽く叩く。



「皇室の連中に呼ばれてるんだ。俺だって、好きで都心に出るワケじゃない」



 げんなりした顔で、散華は不機嫌そうに溜息をついた。


 その様子に、水谷は思わず口元をほころばせる。



「人が憂鬱(ゆううつ)になってるのにホッとするな」



「あ・・・すみません」



「昨日の事を調べに行くとか(かん)ぐってるんだろうが、俺は探偵じゃない」



 そう言うと、散華は自室の方へと立ち去った。


 水谷が浮かない顔をしていると、東雲はクスクスと笑い出す。



「仲良くやっていらっしゃるのですね」



「そうかな~・・・散華さん、いつも不機嫌で滅多に笑わないよ」



 東雲は、目を丸くして水谷を見つめた。


 そして、急に楽しそうに笑い始める。



兄様(あにさま)が、笑顔を見せられるのでございますか」



「・・・まぁ、大半が苦笑いだけど」



「師匠から、面白い事になっているとは聞いておりましたが、本当でございました」



「東雲さんまで・・・」



「ワタクシの事は、(ねえ)さんとお呼び下さい。姉弟子でございますから」



 東雲は、期待のまなざしで水谷を見つめた。


 あまりに目をキラキラとさせている為、水谷は思わずうなずく。



「嗚呼・・・まさか、ワタクシに弟が出来るとは・・・妹属性から卒業でございます」



 東雲も、このちぐはぐな師弟関係を、気に入っているらしい様子であった。


 だが、カエデとは違う種類の喜びを感じているようだと、水谷は思う。



「しの・・・姐さんも、カエデさんの事を師匠って呼んでいるんだね」



「もちろんでございます。今の貴方のように、指導していただきましたから」



「じゃあ、散華さんだけなんだね・・・カエデさんを師匠って呼ばないの」



「兄様は、自分が優先でないと、気が済まない方でございますから」



 東雲の言い方に、水谷は違和感を覚えた。


 なんとなく、散華を悪く言っているように感じ、眉間にシワを寄せる。



「ボクからすれば、師匠が有無を言わせず物事を決めて、散華さんを振り回しているように見えるけど・・・」



「師匠は面白そうだと思うと、見境がない時がございますから。でも、大抵、兄様に止められたり、断られております」



「でも・・・本当に自分中心にしか考えられないような人が、自分を出し過ぎて『無害化』に失敗している事を悩むかな~・・・」



 東雲は両手を口に当て、何かとんでもないモノを見たかのような顔をした。


 あまりの驚きように、水谷は苦笑いを浮かべる。



「そんな大袈裟に驚いたら、散華さんに失礼だよ・・・」



「兄様が、そのような心境とは・・・空前絶後の大事件でございます」



「えぇ~・・・」



「『鬼』に対して嗅覚のある兄様にとって、確かに圭吾さんのような方は希少でございますが・・・」



「・・・どうして?」



「兄様の嗅覚は、『鬼』の『(えにし)』を嗅ぎ分けるのでございます」



「『縁』・・・?」



「『鬼』同士の繋がりでございます。一度会った相手とは、必ず『縁』が生まれます。兄様は、その繋がりが『鬼』の香りで分かるのです」



 東雲は口元に手を添えると、声をひそめた。


 水谷も耳をそばだて、顔を近付ける。



「ワタクシと師匠からは、『裏御前』様との『縁』が強く匂うらしく、会うと牛頭(ごず)大王(だいおう)も委縮するぐらいに不機嫌なのでございます」



「牛頭大王って・・・そこまで不機嫌そうには見えないけど」



「いつもの態度では貴方に嫌われると思って、猫を(かぶ)っているのでございます」



「・・・え~?」



「圭吾さんのような方に出会える見込みなど、今後ありません。兄様にしては珍しく、かなり慎重に態度を選んでいるのです」



「そうかな~・・・村はずれのお寺の住職さんと話している時の方が、よっぽど機嫌が良いけど」



「あの方は『鬼』が見えませんし、身の回りの世話を焼いてくれていたので、気をつかっているのです。気を許しているというワケではありません」



 東雲は居住まいを正すと、神妙な面持(おもも)ちとなった。


 先程までの小悪魔的な笑みが消え去り、水谷は緊張する。



「兄様が気を許せる相手など、恐らく片手ほどもいらっしゃいません」



「・・・それは言い過ぎじゃ」



「分業で作る蒔絵を独りで作ってる兄様が、職人同士で交流してると思いますか?」



 それは確かになさそうだと、水谷は唸った。


 ここ半年一緒に住んでいて、訪問者は寺の住職だけである。


 病弱だった水谷ですら驚く程に、散華は外出もしない。



「師匠が連れてくる方は、大体が『裏御前』様の関係者でございます。貴方のように、たまたま知り合った者を連れてくるなど、今までにありません」



「師匠にとって、ボクは野良猫を(ひろ)うみたいな感覚だったんだね・・・」



「兄様からすれば、『鬼』が認知出来て、なおかつ死んだ獣の匂いがしない貴方が訪ねてきたのは、青天の霹靂(へきれき)だった事でございましょう」



「死んだ獣・・・?」



「『裏御前』様との『縁』の匂いでございます」



 にわかに、廊下の板が(きし)む音を上げた。


 水谷がハッとして見上げると、散華が羽織姿で仁王立ちしている。


 心なしか、眼光が鋭かった。



「内緒話が丸聞こえだぞ・・・隠す気ないだろ」



「まぁ、ワタクシとしたことが」



白々(しらじら)しい・・・ちゃんと根付作ってやっただろ」



「分かっております、兄様。『裏御前』様の事が無ければ、ちゃんと師匠にもワタクシにも御好意を抱いていらっしゃる事ぐらい」



 散華は、口を真一文字にすると、無言で玄関に向かって行った。


 引き戸を閉める音が、明らかに苛立(いらだた)たしげで、水谷は身をすくめる。


 しかし、そんな水谷に対し、東雲は吹き出すように笑い出した。



「姐さん・・・」



「本当の所をハッキリ言われて、気恥ずかしいのでございましょう」



 そう言うと、東雲は涼やかに笑った。


 あのカエデの弟子だけはあると、水谷は苦笑いを浮かべる。


 こんなに遠慮(えんりょ)のない二人に絡まれてては、気苦労が絶えないに違いないと、水谷は散華に同情した。




「いってらっしゃいませ、兄様」




 東雲が品よく手を振ると、水谷は庭の方へと視線を向けた。


 みると、散華が坂の方へと歩いて行くところであった。


 一瞬、散華がコチラの方を見た気がしたが、手を振る事もなく坂を降りて行く。




「あ~ぁ・・・」




 あまりの不機嫌さに、水谷は間延びした溜息をついた。


 ただ、機嫌の悪さよりも、都心に出て途中で倒れないかが心配である。


 そんな水谷の心の機微(きび)に気が付いたのか、東雲は穏やかに笑い掛けた。



「御心配なさらずとも、ワタクシの『鬼』が兄様に同行致しますから、大丈夫でございます」



 すると、東雲の陰から、何やら黒い影が顔を出す。


 それは跳躍(ちょうやく)すると、東雲の(ひざ)の上に乗った。



 ウサギであった。



 全身が紺色で、手足の先だけが桜色である。


 つぶらな瞳が、昨夜見た夜桜のようにキラキラと(うる)んでいた。



「わぁぁ・・・可愛い~」



「普段は『遁甲(とんこう)』しております。師匠に見せると、大変な事になりますので」



「大変な事?」



「持ち帰ってしまって、しばらく返していただけないのです」



「リアルに想像できるな~・・・」



 ウサギは、縁側から庭に下り立ち、見た目の可愛さからは想像できないほどの速さで駆けて行った。


 『鬼喰らい』の『鬼』は、『無害化』しようとする『鬼』の分身を『鬼喰らい』の元に連れて来る能力がある。


 もし、散華が途中で体調を崩しても、『鬼』を連れ帰って『無害化』で助けられるということであった。


 水谷は安堵して、誰もいない坂道をぼんやりと見つめる。



「圭吾さん」



 東雲に視線を戻すと、どこか苦心した面持ちでコチラを見ていた。


 その悲哀を含んだ眼差しに、水谷は胸がうずく。



「とても申し上げにくい事なのでございますが」



「・・・何?」



「体調が整いましたら、ご自宅に帰っていただけませんでしょうか?」



「え・・・?」



「ココに居れば・・・いえ、『隠世』でも私共といれば、いずれ『裏御前』様に知られる事となります。『シキ』までが、血なまぐさい『縁』に染まっては、兄様も貴方も気の毒でなりません」



「―――・・・姐さん、でも」



「兄様にとっても貴方にとっても、それが最善なのでございます」



 東雲は、真剣な眼差しで水谷を見つめた。


 その視線の鋭利さに耐え切れず、水谷は思わず顔をそらす。


 そんな水谷を(なぐさ)めるように、庭先の桜は、寂しげに葉を揺らしていたのだった。


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