-螺鈿の葬列- 11
工房に戻ると、散華は縁側に座ってキセルをふかしていた。
目の前には、たき火が轟々と燃えており、散華は難しい顔をして、それをジッと見つめている。
水谷は、近寄りがたい雰囲気を感じていたが、意を決して遠くから大声で呼び掛けた。
「散華さ~ん!」
散華は、目線を水谷の方に向けると、軽く手を上げた。
相変わらず険しい表情で、近寄りがたい。
「・・・どうか、したんですか?」
「まぁ、な」
たき火をのぞき込むと、薪に交じって器らしい物が幾つか燃えていた。
それに気が付いた水谷は、慌てて散華の作務衣の裾を引っ張る。
「さ、散華さんっ!もしかして、作品を燃やしているんですか!?」
「作品じゃない、ゴミだ」
「え~・・・」
「気にするな、よくある事だ」
散華は、キセルの灰を落として箱にしまうと、桶の水を炎にぶちまけた。
黒い煙が、灰色の水蒸気を上げておさまっていく。
「散華さん・・・」
「ん?」
「ボクが寝てしまって、『無害化』の最中に『シキ』が離れてしまうからですか?」
「―――」
「もしキリが悪かったら、ボク、寝ないように気を付けますっ!」
「違う。お前は悪くない」
「でも、自分のペースで出来ないって、気分悪くないですか?」
散華は溜息をつくと、水谷の背中を軽く叩いた。
呆れたような苦笑いには、先程の陰のある雰囲気はない。
「お前は、よくやってる」
「でも・・・」
「俺の精神の問題だ。他人の『鬼』の『無害化』は、いかに相手の『鬼』に寄り添うかに掛かってる」
「――――」
「俺は普段、自分の『鬼』の『瘴気』だけで作品を作ってるせいか・・・『シキ』を前に出そうとしてるのに、俺の『鬼』が前に出て来る・・・言ってる意味、分かるか?」
「はい・・・なんとなく」
「さっき燃やしたのは、そういう奴だ。あれは『シキ』の『瘴気』も使ってるが、『シキ』の作品になりきれなかった」
散華は縁側にドカリと座ると、膝に肘を乗せて頬杖をついた。
そして、焼け焦げた作品を凝視しながら、眉間にシワを寄せ、低い唸り声を上げ始める。
鬼気迫った様子に、横にいた『シキ』が、震えて水谷の後ろに隠れた。
「最初に会った時に言っただろ・・・こういうのは、東雲が向いてるってな」
散華は、頭の後ろをかき始めた。
どうやら、その事を少なからず引け目に感じているらしいと、水谷は気付く。
「・・・あ、そういえば」
「どうした?」
「その東雲さんが、今日帰ってくるそうです」
「へぇ、やっとか」
「カエデさんは、『隠世』で会う方が『現世』より早いだろうって言ってました」
「それは良かった。二人掛かりで探した方が、今までより早く合流できる」
「あの、東雲さんって何を作っていらっしゃる方なんですか?」
「何も」
「え・・・何も?」
「『鬼喰らい』は、必ずしも芸術家じゃない。今夜、東雲に会えば分かるさ」
散華は、何か思い出したらしく、含み笑いをし始めた。
水谷が怪訝そうな顔で見つめると、こらえるように笑いだす。
「カエデは、東雲の事をなんて言ってた?」
「えっと・・・すごく可愛い人だって・・・」
「ドン引くぞ。覚悟しといた方がいい」
イタズラっぽい顔で、散華は工房の中へと入って行った。
今日の夜は、何だか波乱の様相になる気がする。
水谷は、いつもと違う不安にかられるのであった。




