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灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
螺鈿の葬列
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-螺鈿の葬列- 5

 轟々(ごうごう)(うな)りながら、風が吹きすさんでいる。


 (よど)んだ空気が、まとわりつくように水谷の体をなでた。



 いつもの夢・・・



 淀んだ風の吹き荒れる常闇(とこやみ)の森に、水谷はいた。


 どこからともなく、禍々(まがまが)しい咆哮(ほうこう)が響いて来る。


 水谷はビクリと身をすくませ、大木の根元の空洞(くうどう)に向かって、必死に()って隠れた。


 ああいった獣の声の主は、見つかると、大抵ひどい仕打ちをしてくるからである。


 この前は、野武士のような格好をした者に出くわし、矢をうがたれて断崖から放り投げられた。


 崖下(がけした)の大木に引っ掛かり、なんとか一命をとりとめたが、あの時の恐怖は、(いま)だに水谷の心を(さいな)んでいる。




「・・・キ・・・ィ・・・」




 「怖い」と言ったつもりが、上手く声にならなかった。


 思い通りにならない体に、ますます恐怖が(つの)る。



 今・・・何時だろう



 早く起きたいが、早く起きれば、真夜中の陽も登らないうちに目が覚める。


 だからと言って、いつまでも起きないと、この悪夢が延々と続く。


 こんな事を毎日毎日繰り返して、よく今の今まで生き長らえたと、水谷は心の中で自嘲(じちょう)した。



 あの読みかけの本・・・最後どうなるんだろ


 この前、喫茶店で流れてた曲・・・好きだったなぁ


 庭のツツジ・・・明日辺りに咲くかなぁ



 些細な希望と幸福を手繰り寄せ、水谷は目の前の恐怖を抑え込もうと努めた。


 しかし、内側から()いてくる痛みに耐え切れず、頭を地面にすり付けて嗚咽(おえつ)する。



 もう、楽になるなら、殺されたってかまわない。



 誰か、終わらせてくれないだろうか。



 誰か



 誰か



 だれか



 ダレカ




 ざっ・・・



 そこに、砂利を踏む足音が、かすかに聞こえた。


 水谷が、うっすらと(まぶた)を開けると、にじんだ視界に、鎖で吊るした香炉が入ってくる。


 そのまま視線を上に向けると、漆黒の生地に瑠璃色の文様を施した着物が、風に揺れていた。



「勘三郎?」



 聞き覚えのある落ち着いた声が耳に届き、水谷は慌てて身を起こした。


 気難(きむずか)しい顔で、散華が目の前に立っている。


 夢で知り合いに会う事など無かったので、水谷は感極まってむせび泣いた。



「キュィン・・・キュィン・・・」



 だが、それは人の声ではなかった。


 水谷は、黒い獣の姿になっており、いくら叫んでも獣の鳴き声にしかならなかったのである。


 キィキィ声を上げて這いつくばって来る水谷を、散華は、あやすように優しくなでた。



「ちょっと待て。来たついでに、余計なモノを置いていくぞ」



 そう言うと、散華は水谷の口を開けさせ、ためらいなく手を差し込んだ。


 大暴れする体を全身で抑え込み、何かを探るように奥まで差し入れる。


 そして、手を握り締めて引き出すと、大量のウジ虫が体の中から取り出された。


 えづいて()き込むと、残っていた数匹が口の中から吐き出され、あまりの気色悪さに、水谷は蒼白となる。


 散華も手にこびりついた虫に顔を青くし、汚いモノを払うように、手を大袈裟に振った。



「うわっ・・・どうしたら、ここまで取り()かれるんだ」



 息を切らしてヘタレ込む水谷を抱き上げると、散華は香炉を持ち直した。


 独特で(おごそ)かな香りが、水谷の鼻腔(びくう)をくすぐる。



 いい匂い・・・



 水谷が、香りと共に大きく深呼吸すると、体の中のドロドロと()り固まった何かが、スッと消えていく。


 いつになく、ゆったりとした心地となり、水谷は常闇の森を見上げながら眠りについたのだった。

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