-螺鈿の葬列- 4
家の中は、一人住まいにしては、とても広かった。
板張りの一番広い部屋には、蒔絵に使う道具やら材料やらが、所狭しと並べられている。
水谷は、職人の工房になど入った事が無かった為、見るものすべてが珍しく、胸が高鳴った。
部屋の隅々まで視線を巡らしていると、ふと、窓辺に置いてある蝶の置物が目に留まる。
先程、散華が自分の『鬼』だと言っていた、ルリタテハにソックリであった。
否、ソックリというレベルではない。
本物の蝶と見まがう出来栄えであった。
ちょっと見ただけでは、材料すら推測出来ない。
よく見ると、瑠璃色の模様に、螺鈿細工が施してあるのが分かるくらいであった。
今にも飛び立ちそうな姿に心を奪われ、水谷は小さな子供のように真剣に魅入る。
「散華の作るものはスゴイだろ?」
カエデは、水谷と同じようにワクワクした顔で横に並んだ。
瞳に螺鈿の虹色が映り込んで、ガラス細工のようにきらめく。
その艶やかな様に、水谷は思わず息をのんだ。
「おーい・・・お前ら、何しに来たんだ」
板の間に座って湯呑に水を注いでいた散華が、呆れた口ぶりで呼び掛けてきた。
今にも溜息の洪水が起こりそうな顔に、カエデがケタケタと笑い出す。
そんなカエデをたしなめるように、水谷はカエデの袂を引っ張った。
どぎまぎした様子で視線を泳がせていると、さすがのカエデも笑うのを止める。
「ハッハッハ!すまない。どうもココに来ると、童心にかえってしまってな」
カエデは散華の横に正座すると、抱いていた狐を、目の前にそっと置いた。
水谷も足早に駆け寄り、散華に向かい合う形で腰を下ろす。
すると、散華は口元を抑え、眉間にシワを寄せながら目を細めた。
「お前の『鬼』・・・かなり重症だな」
目の前の痙攣した狐を一瞥すると、水谷は二人に視線を戻した。
戸惑いの表情で見つめて来る水谷に、カエデは涼やかに微笑む。
「その通りだ、勘三郎。この狐は、お前の『鬼』―――つまり、お前の分身だ」
「分身・・・?」
「人は生まれながらにして、自分自身の分身である『鬼』を持っておるのだ」
「・・・じゃあ、この狐が苦しんでるのは、ボクのせい?」
「多少はな。だが大方の原因は『瘴気』に侵されているせいだ」
「『瘴気』?」
「病の原因だ。散華は、その原因を嗅ぎ取っておるのだ」
散華は、気疲れしたような溜息をついた。
瞳に暗い影を宿し、頭の後ろをかきだす。
「『鬼』を見たり、声を聞いたりは出来ないが、俺は匂いを感じ取ることが出来る」
「嗅覚があるってことですか?」
「そうだ。お前もそうだと思うが、『鬼』を認知できて、良い事なんて全くない」
自分の中に敵を見るような眼差しに、水谷は背筋に寒気を覚えた。
彼も今まで、気ちがい扱いされてきたに違いない。
ただ、水谷は同じ考えの人物に出会えた事に、密かに安堵した。
「それより、カエデ。こういうのは、東雲が向いてると分かっているだろ」
「東雲は『裏御前』様と海外に出掛けている。半年は戻れそうにない」
「それはそれは・・・」
カエデは、水谷の方を見やると、人差し指を立てて微笑んだ。
「もう一人、弟子がいてな。本当は彼女の方が、『鬼』の治療に向いておるのだ」
「弟子?」
「帰ってきたら紹介する」
楽しそうに微笑むカエデに対し、散華は気難しい表情で腕組みをした。
二人の温度差に板挟みにされ、水谷は居心地の悪さを感じる。
しかし、そんな水谷の心境など眼中にないのか、カエデは偉そうに散華を指さした。
「とりあえず、散華。治療してやってくれ」
「お前なぁ・・・簡単に言うが、俺は物凄く時間が掛かるんだ」
「どの位だ?」
「・・・まぁ、順調にいっても東雲が帰るまでは掛かるな」
「なら、やれ」
「命令かよ・・・大体な、自分で事を始めといて、人に丸投げするのをやめろ」
「私が色々やると、『裏御前』様から、お叱りを受けるのだ」
「だからって無責任すぎる」
「お前・・・勘三郎を目の前にして見捨てろと言うのか!?この、薄情者!!」
「そうやって、毎度毎回、断れないように仕向けるのをやめろ、卑怯者!!」
二人の間に、火花が散るのが見えるようであった。
自分のせいで険悪な空気になってしまったと思い、水谷は、胸が締め付けられる。
ドク・・・
すると、文字通り、胸に締め付けるような痛みが走った。
息が上がり、頭がぼんやりとして、視界が揺らぐ。
なんとか手をついて体を支えるも、重力に抗えなくなり、水谷は板の間に倒れ伏したのだった。




