-鬼灯の送り火- 5
月が南の空に上がりきる頃、恭一郎は夢彦と共に診療所に向かっていた。
丘の上にある恭一郎の自宅には、村の中心地まで街灯がない。
陽が沈み切ると、明かりなしでは坂を下りるのが困難であった。
「すまんな、恭一郎」
「いいや、こんな所まで来る方が大変だろ」
恭一郎が静かに微笑むと、夢彦の銀色の瞳が瑞々しくきらめいた。
潤み始めた瞳に気が付き、恭一郎は苦笑いを浮かべる。
「その歳になっても、帰り道が寂しいのか?」
「私でなく、恭一郎の方が、帰りは一人ではないか」
「家に戻れば、お袋と小梅が待ってる。また明日、お前とも会えるしな」
夢彦が人差し指で目尻をぬぐうと、恭一郎は背中を軽く叩いた。
夢彦につられて泣きそうになっては困ると、恭一郎は密かに思う。
すると、坂を降りきった所で、遠くから激しく金属音を上げて、何かが近づいて来た。
恭一郎は立ち止まり、本能的に構える。
ズザァアアッ!
恭一郎たちの目の前に、使い込んだ自転車が、異音を上げてドリフトして止まった。
あまりに荒い運転に、二人は顔をしかめる。
「夢彦!!」
顔を上げて叫んだのは、黒髪の若い男だった。
くすんだ真鍮の眼鏡の奥に、鋭い眼光を秘めている。
知的さの中に荒々しい雰囲気を持ち合わせており、その威圧感に気圧された夢彦は、目を丸くする。
「に、兄さん・・・!?」
夢彦に兄と呼ばれた男は、自転車の向きを手荒く変えると、再びサドルにまたがった。
焦燥に満ちた瞳が、歯がゆそうに揺らめく。
「アヤメさんが倒れたぞ!!」
夢彦の呼吸が止まるのを、恭一郎はハッキリと感じ取った。
咄嗟に肩を叩くと、夢彦はハッとしたように恭一郎を見返す。
「今、父さんが対応してる。俺は先に診療所に戻るから、お前も全力で帰れ!!」
そう言うと、返事も待たずに、夢彦の兄は来た道を閃光の如く走り去った。
呆然と立ち尽くす夢彦の腕を、恭一郎が強く引っ張る。
「大丈夫だ」
「き、恭一郎・・・」
「深く呼吸しろ。まずは、落ち着け」
「う、うむ・・・」
浅くなっている呼吸をなんとか整えたものの、動揺した眼差しで、夢彦は恭一郎を見上げた。
そんな夢彦の両肩を、恭一郎は叩くように掴む。
そして、目を泳がす夢彦に、身を屈めて視線の高さを合わせた。
「大丈夫だ。あの度胸のすわった暴言女が、早々くたばるワケない」
「・・・人の嫁をつかまえて、ヒドい言い方だな」
「悪い、褒めたつもりだ。他意はない」
恭一郎の言葉に、夢彦は思わず吹き出して笑った。
そして、憂いを含んだ瞳ではあったが、小さくうなずいて恭一郎と共に走り出す。
「恭一郎!」
「なんだ?」
「お前がいて良かった。一緒にいなかったら、まともに帰れなかった」
恭一郎は、かすかに笑う夢彦に、口元を吊り上げて、うなずき返す。
そして、遠くに見える診療所の明かりに視線を移し、二人は全力で走り出したのだった。




