-鬼灯の送り火- 4
夢彦たちは、一旦、恭一郎と分かれると、実家の診療所へと向かった。
両親との挨拶や近況報告をする為である。
身内だけの夕食会が終わり、夢彦が恭一郎の元を訪れたのは、宵の口になろうという時であった。
「いらっしゃい、夢兄ぃ」
「おぉ、小梅。大きくなったなぁ」
恭一郎の下の妹――小梅は、柔らかな笑みを浮かべると、煎茶と自家製の梅干しを夢彦に振舞った。
北上家では、暗黙の了解で、酒は誰も口にしない。
また、客人が来ても、一切、酒は振舞わなかった。
その為、夜もこれからだと言うのに、昼の来客のような対応なのである。
しかし、夢彦も、その辺りの事情は分かっているので、当然のように茶をすすった。
「小梅の漬ける梅干しは絶品だなあ」
「名前が小梅だからとか言わないでね、夢兄ぃ」
「学校で言われておるのか?」
「うん・・・男の子とか、私の顔見るなり『梅干し女』とか言うんだよ・・・」
「ほぅ。それは、小梅に懸想しておるな」
「けそう?」
「小梅を抱き締めたくて、仕方がないのだよ」
「夢兄ぃっ、子供だからってからかわないでよっ」
「からかっておらんよ、そういうものなのだ」
小梅は顔を真っ赤にし、盆で顔を隠すと、パタパタと台所の方へ走っていく。
しばらくすると、恭一郎の母親の楽しそうな笑い声と、小梅のオドオドした声が聞こえて来た。
イタズラが成功したといった様子で、夢彦は、くつくつと笑い出す。
「相変わらずだな」
「そうかな?これでも、色事の話題を、歯に衣着せて言うようになったのだが」
「全く隠せてない」
恭一郎が呆れた笑みを浮かべると、夢彦は嬉々として笑った。
そして、いつもの陽だまりのような笑みを浮かべる。
「体は大事ないか、恭一郎?」
「別に。お前の方が、むしろ深刻だろ」
「そんなことはないぞ。ちゃんと朝昼晩と食べておるしな」
「・・・・」
「すまん、嘘だ。よく忘れて、猛烈に怒られる」
「フッ・・・だろうな」
「だがな、それも最近は、だいぶ減ったのだ・・・」
夢彦は、しょんぼりとうな垂れると、半泣き顔となった。
まるで迷子になった子犬のような様子に、話を聞く前から、恭一郎は気の毒な気持ちになった。
「どうした・・・よっぽどの事みたいだが?」
「最近、スランプでなぁ・・・最後まで作品を書き上げられんのだ」
恭一郎は、その原因に思い当たる所があり、人知れず手に汗を握った。
夢彦は『鬼』の『瘴気』を無害なモノにする者――『鬼喰らい』であり、『鬼』を『無害化』する事で小説を書き上げる。
故に、『虚』に食わせる為に、小説の材料となる『鬼』を手放してしまうと、それ以上、話を書き進められないのであった。
食わせる『鬼』を、わざわざ探しに行く事が大半だが、急に飢餓状態になる事もある為、書きかけの小説の材料となっている『鬼』を明け渡す事もあるのである。
申し訳なさに、恭一郎は心の中で土下座した。
「東京に行くとな、ものすごく色々良いネタが浮かぶのに、帰ると全部、頓挫するのだよ・・・」
「・・・ぜ、全部?」
いくら自分たちの事があるとは言え、全部というのは明らかにおかしいと、恭一郎は怪訝な顔をした。
そう何回も、小説の材料になる『鬼』を、もらった記憶はない。
すると、夢彦は悲しそうにしながらも、どこかウットリとした顔を浮かべた。
「薫の無邪気さに、毒気を抜かれるのであろうなぁ・・・可愛らしいからなぁ」
薫の事を思い出して、嬉しそうに笑う夢彦に、恭一郎は苦笑いを浮かべた。
薫も、夢彦と同じ『鬼喰らい』なのである。
恐らく、持ち帰った『鬼』――小説の材料をかっさらって、自分の『無害化』の材料にしているのだ。
子供可愛さに、せがんで来る薫を、『戯』も強く拒めないのだろうと、恭一郎は推測する。
「なぁ、夢彦」
「なんだ?」
「東京で書いたらどうだ?」
「え?」
「お前、書くのは早いんだから、思いついたら宿泊先で仕上げればいいじゃないか」
「・・・あぁ、なるほどな。いや、でもなぁ・・・」
「アヤメに反対されるか?」
「いや、アヤメさんは、逆に賛成して協力してくれるだろうが・・・」
「何か問題でも?」
「・・・・実は、いるのだ」
「いる?」
「二人目がな、出来たのだ」
目を細める夢彦に、恭一郎は驚きと共に、穏やかな気持ちとなった。
夢彦は両手を拳にして息巻き、恭一郎ににじり寄る。
「次はな、ぜっったいに女の子だ!そんな気がするのだよ!!」
「お前がそう思うなら、恐らくそうなんだろうな」
「手を出すなよ」
「アホ・・・二回りも年の差があるだろうが」
破顔する恭一郎に、夢彦は嬉しそうに微笑んだ。
しかし、頬を指でかくと、苦々しい笑みを浮かべる。
「まぁ、そういうことなのだ。アヤメさんの性格では、無理してでも頑張りそうでな」
「だな」
「薫は東京が嫌いで、宝条家の邸宅に住むのも難しいし・・・」
「お前の実家に居たらいいじゃないか」
「私の兄夫婦が家を継いでおるから、居場所がない」
「次男は大変だな・・・」
「まぁ、何とかなる」
夢彦は煎茶をすすり、まったりと微笑した。
そんな夢彦に、恭一郎は、ほとんど聞き取れないほどの声で唸り、台所を横目に見る。
楽し気に母と小梅の話す声が、向こうからかすかに聞こえた。
恭一郎は、しばし思案すると、身を正して夢彦に向き直る。
「夢彦」
「なんだ?」
「本当にどうにもならなくなったら、うちに薫を置いていけ」
夢彦は、呆気に取られた顔で恭一郎を見た。
あまりにきょとんとした顔に、恭一郎は笑いそうになる。
「まだ歩けもしないような頃から、毎日のように小鈴と小梅の相手をしてくれただろ。今度は、俺や小梅が、薫の面倒をみてやる」
「い、いや、しかし・・・あの時は、私も子供でヒマだったから出来たのだ」
「四歳の子供を一人くらいなら、大丈夫だ」
「だが、悪い」
「兄妹同然の付き合いだろ。大体、うちの野菜を毎日食ってたクセに、こんな時だけ遠慮するな」
「・・・ここで食い物を盾に取られると弱いな」
「それにな、夢彦」
恭一郎は湯呑を持ち上げ、鮮やかに透き通った水面をジッと眺めた。
うっすらと映る夢彦の影に向かって、つぶやくように、そっと口を開く。
「俺が、こうして故郷に戻れたのは、お前のおかげだ・・・」
「・・・私の?」
「こんなに変わってしまった自分に、帰るべき場所なんて・・・ないと思ってた」
「恭一郎・・・」
「でも、お前が道を示してくれたから・・・こうして、帰ることが出来た」
湯呑に口をつけずに置くと、恭一郎は夢彦を穏やかな眼差しで見つめた。
そして、ほのかに口元をほころばす。
「お前を、頼りにしてる」
「―――」
「だから・・・俺にも頼れ」
にわかに、夢彦の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
しきりに着物の袖でぬぐうが、止まる気配がない。
「おい・・・そこまで泣く事か?」
「すまぬ・・・女々しいな」
「いいや、お前らしい」
むせび泣く夢彦の肩を、恭一郎は優しく叩いた。
その涙に呼応するかのように、夏の夜空の星々は、今にもこぼれ落ちそうであったのだった。




