-鬼灯の送り火- 3
陽炎が、遠くの景色を揺らしている。
夏の日差しにさらされ、駅のホームは焼いた鉄板のように熱を放っていた。
そんなホームには、なんとか雨をしのげる程度の屋根の下に、簡易的なベンチがあり、恭一郎と幹久は、そのベンチに座って汽車を待っている。
幹久は、なかなか来ない汽車にしびれを切らし、しきりに腕時計を確認していた。
そんな落ち着きのない幹久に、恭一郎は視線を向ける。
「遅いな」
不意に声を掛けられ、幹久はビクリと一瞬震えた。
挙動不審の幹久に、恭一郎は怪訝な表情を浮かべる。
「大丈夫か?」
幹久は、ゆっくりと気まずそうな表情で、恭一郎を見上げた。
その様子を見て、恭一郎は大きく溜息をつく。
「その、人の顔色をうかがう顔・・・やめろ」
幹久は黙り込むと、そのまま地面に視線を落とした。
恭一郎は額に手を当て、不用意な発言だったと後悔する。
「すまん、そうじゃなくて・・・」
「いいんです・・・本当の事ですから」
言い返され、恭一郎は押し黙った。
何を言っても泥沼化しそうな空気に、困惑した表情を浮かべる。
幹久も、自分で作り出してしまった重苦しい空気に、歯を食いしばって、更にうつむく。
「幹久」
だが、それをけん制するように、恭一郎は幹久の名を呼んだ。
幹久がハッとして顔を上げると、精悍な面持ちで恭一郎は幹久を見つめる。
「幹久・・・俺は、お前が思ってるほど」
その時、遠くから汽笛の音が響いてきた。
恭一郎も幹久も、音の鳴る方へと目を向ける。
そして、客車が目の前に止まると、ドカドカと威勢の良い足音が聞こえてきた。
「いっちば〜ん!」
勢いよく飛び出してきたのは、一人の幼い少年であった。
かやぶき色のサラサラした髪が、夏の太陽にきらめいている。
少年は、幹久と恭一郎を見つけると、激しく足を踏み鳴らし、脱兎の如く駆け出した。
「幹おじさ〜ん!!」
「うわぁあ!!」
体当たりとも言える抱擁を片足に受け、幹久は後ろに倒れた。
変な体勢で尻もちをつき、声にならないうめき声を上げる。
しかし、そんな幹久にかまわず、少年は幹久の上に馬乗りになり、屈託のない笑顔ではしゃぎだした。
「薫!!!」
そこに、陸軍の鬼教官にも勝る怒号が、辺りに響き渡った。
偶然なのか、木にとまっていた鳥たちが、叫ぶように鳴いて一斉に飛び立つ。
同時に、無邪気な笑顔を浮かべていた薫の顔が、一瞬にして永久凍土の如く凍りついた。
「体当たりするのはやめなさいと、どれだけ言ったら分かるのですか!!」
母親の鬼の形相に、薫は表情を引きつらせた。
幹久も、久々の姉の怒髪天ぶりに、肝を冷やす。
すとん
そんな殺伐とした雰囲気の中、のんびりとした足音が静かに響いて来た。
「さ~んばんっ!」
陽気で穏やかな声を上げ、夢彦が客車から降り立った。
夫の子供っぽい振る舞いに毒気を抜かれ、アヤメは深く溜息をつく。
「夢彦さん・・・」
「ん?アヤメさん、どうかしたのかな?」
「今・・・アナタの『その』振る舞いが、最善の策だったと思いましたの」
「よく分からないが、キミの役に立ったのなら僥倖だ」
夢彦は、遠くにいる恭一郎たちに満面の笑みを向けると、楽し気に大きく手を振った。
その幸福に満ち満ちた笑顔に、薫も含め、全員がつられるように笑みを浮かべたのだった。




