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灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
鬼灯の送り火
75/153

-鬼灯の送り火- 3

 陽炎(かげろう)が、遠くの景色を揺らしている。


 夏の日差しにさらされ、駅のホームは焼いた鉄板のように熱を放っていた。


 そんなホームには、なんとか雨をしのげる程度の屋根の下に、簡易的なベンチがあり、恭一郎と幹久は、そのベンチに座って汽車を待っている。


 幹久は、なかなか来ない汽車にしびれを切らし、しきりに腕時計を確認していた。


 そんな落ち着きのない幹久に、恭一郎は視線を向ける。



「遅いな」



 不意に声を掛けられ、幹久はビクリと一瞬震えた。


 挙動不審の幹久に、恭一郎は怪訝(けげん)な表情を浮かべる。



「大丈夫か?」



 幹久は、ゆっくりと気まずそうな表情で、恭一郎を見上げた。


 その様子を見て、恭一郎は大きく溜息をつく。



「その、人の顔色をうかがう顔・・・やめろ」



 幹久は黙り込むと、そのまま地面に視線を落とした。


 恭一郎は(ひたい)に手を当て、不用意な発言だったと後悔する。



「すまん、そうじゃなくて・・・」



「いいんです・・・本当の事ですから」



 言い返され、恭一郎は押し黙った。


 何を言っても泥沼化しそうな空気に、困惑した表情を浮かべる。


 幹久も、自分で作り出してしまった重苦しい空気に、歯を食いしばって、更にうつむく。



「幹久」



 だが、それをけん制するように、恭一郎は幹久の名を呼んだ。


 幹久がハッとして顔を上げると、精悍(せいかん)(おも)持ちで恭一郎は幹久を見つめる。



「幹久・・・俺は、お前が思ってるほど」



 その時、遠くから汽笛の音が響いてきた。


 恭一郎も幹久も、音の鳴る方へと目を向ける。


 そして、客車が目の前に止まると、ドカドカと威勢(いせい)の良い足音が聞こえてきた。



「いっちば〜ん!」



 勢いよく飛び出してきたのは、一人の幼い少年であった。


 かやぶき色のサラサラした髪が、夏の太陽にきらめいている。


 少年は、幹久と恭一郎を見つけると、激しく足を踏み鳴らし、脱兎(だっと)の如く駆け出した。



「幹おじさ〜ん!!」



「うわぁあ!!」



 体当たりとも言える抱擁(ほうよう)を片足に受け、幹久は後ろに倒れた。


 変な体勢で尻もちをつき、声にならないうめき声を上げる。


 しかし、そんな幹久にかまわず、少年は幹久の上に馬乗りになり、屈託のない笑顔ではしゃぎだした。



「薫!!!」



 そこに、陸軍の鬼教官にも勝る怒号が、辺りに響き渡った。


 偶然なのか、木にとまっていた鳥たちが、叫ぶように鳴いて一斉(いっせい)に飛び立つ。


 同時に、無邪気な笑顔を浮かべていた薫の顔が、一瞬にして永久凍土の如く凍りついた。



「体当たりするのはやめなさいと、どれだけ言ったら分かるのですか!!」



 母親の鬼の形相に、薫は表情を引きつらせた。


 幹久も、久々の姉の怒髪天(どはつてん)ぶりに、肝を冷やす。



 すとん



 そんな殺伐(さつばつ)とした雰囲気の中、のんびりとした足音が静かに響いて来た。



「さ~んばんっ!」



 陽気で穏やかな声を上げ、夢彦が客車から降り立った。


 夫の子供っぽい振る舞いに毒気を抜かれ、アヤメは深く溜息をつく。



「夢彦さん・・・」



「ん?アヤメさん、どうかしたのかな?」



「今・・・アナタの『その』振る舞いが、最善の策だったと思いましたの」



「よく分からないが、キミの役に立ったのなら僥倖(ぎょうこう)だ」



 夢彦は、遠くにいる恭一郎たちに満面の笑みを向けると、楽し気に大きく手を振った。


 その幸福に満ち満ちた笑顔に、薫も含め、全員がつられるように笑みを浮かべたのだった。


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