表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
空蝉の宴
71/153

-空蝉の宴- 7-4

 ―――神奈川県 小田原(おだわら)


 海に面した平屋の縁側に、かすかに波の音が風に乗って運ばれてきている。

 夏の終わりに差し掛かったとはいえ、じっとしていても肌が汗ばむほど暑い。

 水谷は小さく息をつくと、首の後ろを手ぬぐいでぬぐった。


「疲れただろう・・・もう(あお)ぐな」


 カエデはかすれた声で、水谷を(さと)した。

 しかし、水谷は丸眼鏡の奥で穏やかに笑って見せる。


「海からの風を感じたいのだ。やめてくれぬか?」

 

 そう言うと、カエデは、側に寄り添っている黒い狐を優しくなでた。

 水谷は微笑んだまま溜息をつくと、手に持った団扇(うちわ)を縁側に置く。

 両手を後ろ手につくと、大きく息を吸い込んだ。


「海の近くって、風が(いそ)の香りだね~」


 カエデの口元が、わずかに吊り上がった。

 浅い呼吸が、かすかに風に混じる。

 微笑んではいるが、明らかに苦しそうな様子に、水谷は胸を締め付けられた。


「・・・夢彦君から聞いたんだけど、彼――あの『死鬼喰み』は、千葉に帰ったらしいよ」


 カエデの微笑んでいた口元が、更に吊り上がった。

 視線は、海を真っ直ぐにとらえている。

 不意に、その形良い唇から、威圧的な声音(こわね)がこぼれ落ちた。



「来るぞ・・」



 水谷が指し示された先を見ると、先程よりも雲が増えて来ていた。

 嵐を予感させる生温い風に頬をなでられ、水谷は瞳の奥に暗い影を落とす。



「死ぬの?」



 気がふれたような笑みを浮かべ、カエデの息が上がり始めた。

 涙で視界がにじむと、水谷は丸眼鏡を押し上げ、手首の付け根で拭う。



「人の死を嗅ぎ付けるとは・・・嫌な男だな」



 水谷は、胸を刺されるような思いがした。

 しかし、()せた手が庭先を指差していることに気付き、そちらに視線を移す。

 見みると、一匹のイタチが、紅蓮の炎を身にまとって座り込んでいた。

 

「久しぶりだなぁ『黒天(こくてん)』・・・ちこう寄れ」


 ところが、『黒天』は微動だにせずに、ただジッとコチラを見つめているだけであった。

 キッ・・・と一声だけ短く鳴く。

 それを聞いて、カエデの気がふれたような笑みは、どこか穏やかな笑みへと変わった。


圭吾(けいご)・・・もう帰りなさい」


「ヒドイな~。二人の邪魔をするなって?」


「『黒天』は、お前を迎えに来たのだ」


 カエデがスッと立ち上がると、黒くて長い髪が、(よど)んだ風にたなびいた。

 髪をかき上げると、悪戯(いたずら)っぽく光る瞳が、水谷をとらえる。


「そろそろ、始めるようだ」


「始めるって、何を?」


「『裏御前』様は、私を海に沈めると決めたらしい」


 水谷は立ち上がり、慌てて辺りを見回した。

 すると、カエデは、高らかな笑い声を辺りに響かせる。


「もう遅い。夜明け前には、すでに沖に出ておる」


 水谷は愕然とし、力なく庭に(ひざ)をついた。

 喉の奥がうずき、目に熱いものが込み上げてくる。

 視界がにじんでいくのを、どうしても止めることが出来なかった。



 キッ・・・



 『黒天』の威嚇(いかく)するような声に、我に返った水谷は、空を見上げる。

 遠くに大小様々な(あか)い金魚が、突然現れた。

 ほのかに紅く輝くと、()ぜてドス黒い体液が、(すみ)をこぼしたようにあふれ出す。


「師匠っ・・・!」


 水谷がカエデの方へと振り返ると、そこには小さな紅い金魚が、海の方をジッと眺めていた。

 徐々に輝きだす体に、水谷が手を伸ばした刹那、金魚は急に浮力を無くし、その身が水風船のように爆ぜる。

 落ちた体液が地面に広がると、水谷は地鳴りのような叫び声上げた。



ズンッ・・・



 同時に、下から突き上げるような衝撃が襲った。

 大きく大地にゆすられ、平屋がみしりみしりと、今にも倒壊しそうな音を上げる。

 (かわら)が雪崩のように落ちきて、辺りに甲高い破砕(はさい)音が響いた。

 海の方から吹き抜けて行く風は、轟々(ごうごう)と断末魔のような(うな)り声を上げ、水谷を叱咤(しった)して来る。



「・・・・ぅっ・・・・ぁっ・・・・」



 揺れが(しず)まっても、水谷は立ち上がることが出来なかった。

 苦し気に嗚咽(おえつ)しながら、手元の草を握り締める。



 ――ッキ!・・・キィ!



 すると、先程以上の揺れが再び襲った。

 平屋の壁に亀裂が入り、部屋の奥の天井が崩れ落ちる。

 ところが、水谷は、それでも起き上がろうとせず、『黒天』は目を見張った。



 ―――ッキィイ!!



 怒号のような鳴き声を上げると、『黒天』は紅蓮の炎を燃えたぎらせた。

 すると、水谷の側で遠吠えを上げる狐に飛び掛かり、首元に容赦(ようしゃ)なく噛みつく。



「――っいったぁああ!!」



 水谷は飛び起きると同時に、屋根に残っていた瓦が、水谷のすぐ目の前に落下した。

 水谷は、しばし呆然と眺めていたが、更に激しい痛みが後ろ首を襲い、あられもなく叫び声を上げる。


「痛いっ!!痛いよ!!ケンさん!」


 悲しいからなのか痛いからなのか、もはや分からない涙目で、水谷は振り返った。

 見ると、黒い狐はなす術もなく、『黒天』に首を食らいつかれている。

 ようやく『黒天』が口を放すと、黒い狐は脱兎(だっと)の如く、水谷の後ろに隠れた。


「・・・行くけど、電車止まって帰れないよ、きっと」


 水谷は立ち上がると、荒れ狂う海を、冷たい眼差しで見つめた。

 そんな水谷に、『黒天』がキッと短く鳴くと、水谷は悲哀のこもった笑みを浮かべる。


「分かってる・・・師匠の所になんか、行かないよ」


 それでもなお、『黒天』はジッと水谷を見つめて来た。

 何か言いたげな『黒天』に、水谷は吹き出すように笑う。


「ケンさんが見張ってるだろうから、『裏御前』に手を出せるワケないでしょ」


 『黒天』は宜しいと言わんばかりに(きびす)を返すと、海とは逆の方へと歩き出した。

 水谷は溜息交じりに笑うと、その後ろをついて歩く。


 すると、三度目の大きな揺れが起こり、しばしその場に踏みとどまった。

 後ろで、バリバリと大きな音を立て、平屋が遂に倒壊する。

 しかし、水谷と二匹の『鬼』は、振り返る事なく前へと歩みを進めるのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ