-蛇落の褥- 2-3
ハッと気が付いて目を開けると、幹久は横になっていた。
涼し気な灰白色の羽織が、布団の代わりに掛けられている。
慌てて視線を上げると、夢彦が心配そうに自分を見下ろしていた。
「幹久君、大丈夫!?」
「え・・・?」
「気が付いたら倒れてて、うなされていた」
幹久は自分の額を手で抑え、吐き気を我慢しているうちに、いつの間にか寝てしまったのだと思い至った。
すると、夢彦が首元に手を伸ばして来て、幹久はビクリと打ち震える。
「あ・・・そうだ、すまない」
夢彦が伸ばした手を引っ込めると、幹久は胸に重いものを感じた。
そして、自分で首元に当てられたタオルに気が付き、そっとはずす。
上体を起こすと、夢彦から差し出されたグラスを受け取り、ゆっくりとお茶を飲み干した。
ぬるい
だいぶ時間が経っているようであった。
窓の向こう側は、すでに陽が傾き始めている。
風鈴は揺れているが、音が鳴らない位に風は弱く、部屋は先程よりも蒸し暑くなっていた。
「熱中症かと思って、とりあえず冷やしたんだけど・・・」
「すみません、ご迷惑をお掛けしました」
「アヤメさんに迎えに来てもらおうか?もしくは、家の人に」
「大丈夫です。寝たら治ったみたいですから。原稿も、持って行かないと」
「私が自分で届けるから、帰った方が良い。あぁ・・・それとも、病院に」
「あの、本当に・・・もう大丈夫ですっ」
幹久が、かたくなに大丈夫と言い張ると、夢彦は腑に落ちない顔をした。
そして、身なりを正すと、タンスから袴を取り出し、慣れた手付きで履きだす。
「ゆ、夢彦さん?」
「出版社に、私も一緒に行こう」
「あの、本当に大丈夫ですからっ」
夢彦は、珍しくニンマリした笑みで幹久を見た。
とてつもなく嫌な予感が、幹久の胸によぎる。
「後日、アヤメさんに今日の事を話さねばなぁ」
幹久の顔から、一気に血の気が引いた。
幹久は、この世の終わりとも言いたげに、首を激しく横に振る。
すると、夢彦は、くつくつと楽しそうに笑った。
「大丈夫、言わないよ」
幹久がホッと胸をなでおろすと、夢彦は少しだけ悲しそうな笑みを浮かべた。
その笑みに、幹久は胸を削り取られるような罪悪感を覚える。
「独りで頑張り過ぎるな。あまり無下にされると、私がさびしい」
「あ・・・すみません」
夢彦が、いつもの陽だまりのような笑みを浮かべると、幹久も口元をほころばせた。
そして、窓から見える紅い空を一瞥し、夢彦の書斎を後にするのだった。