-蛇落の褥- 2-2
かざぐるまが、カラカラと回っている。
曼殊沙華が、暗闇に浮かんでいる。
参道は、どこまでも続く。
果てが無い。
僕は、たどり着けない。
幹久が暗澹たる気持ちで同じような景色の中を歩いていると、不意に横から白い影が通り過ぎた。
真っ白な狐であった。
振り返りざまに飛び上がると同時に、白狐はヒトの形を成した。
銀色の長い髪が絹糸のようにきらめき、ふわりと石畳へと舞い降りる。
わずかに首を傾げると、髪に付けた装飾の水琴鈴が、シャランと清らかな音を奏でた。
同時に、艶やかな口元には、形良い微笑がほのかに浮かび上がる。
「迷われたか?」
女かと思いきや、声音からするに男のようであった。
ハイと答えると幹久に、男は手を差し伸べる。
しかし、幹久が懐に入れていた手を差し出すと、男は苦心したように目を細めた。
「難儀な」
男は自分の手を、そっと幹久の手に近付けた。
しかし、激しく火花が散るので、その手を惜しむように戻す。
「それでは、『現世』で生きづらかろう」
着物の袖を振り上げて屈み込むと、男は再び狐の姿へと変化した。
そして、今度は鼻先を幹久の手にすり付ける。
今度は火花が散らないので、その柔らかな毛を、幹久はそっと撫でた。
「だが『隠世』に来てはならぬ。ココは、救いなどという淡い夢は皆無だ」
しかし、幹久は目を伏せると、白狐を避けて、前へと歩き出した。
肩に掛けた刀袋が上下に揺れる。
革靴の足音が、くぐもった音で辺りに響き渡った。
すると、その音にまぎれるように、微かに引っかくような、軽快な足音が聞こえて来る。
もしや・・
後ろを振り返ると、予想をたがわず、白い狐がついて来ていた。
気にはなるものの、幹久は前を向いて歩き続ける。
まだついてくる・・・
上機嫌な足音は、変わらぬリズムで、いつまでも追い駆けて来た。
なんとも粘液質な性格であった。
諦めるという事を知らないのだろうかと、次第に幹久は苛立ちを覚える。
「お主、実は、さびしいのであろう」
その言葉に、幹久は白狐を一瞥した。
声の調子から、嬉々とした感情が読み取れる。
からかわれている。
振り切ろうと幹久が速く歩き出すと、白狐は軽やかに前に躍り出た。
そして、ギョッとして思わず立ち止まった幹久に、楽しそうに語り掛ける。
「哀れみでついて来ておるのではない。私は単純に、お主が気に入ったのだ」
この短いやり取りの間に、何を気に入ったのか。
幹久はいぶかし気に、白狐を見すえた。
「お主の撫で方は心地良い。もっと撫でてたもう」
そう言うと白狐は、長い尾を絡ませ、まとわりつくようにすり寄って来た。
あまりにしつこくウンザリした幹久は、嫌がらせのつもりで思い切り撫でる。
すると、思いのほかシットリと艶やかな感触が心地良く、撫でているうちに尖った感情が自然と消えていった。
その心地よさに、幹久は口元をほころばせる。
「毛並みが良いであろう。抱きしめて良いぞ」
幹久が困った顔をすると、真っ白な狐は楽し気に笑い出した。
からかわれるのも、悪くないかもしれない。
そんな風に思い始める自分に、幹久は少し驚いた。
狐も幹久の心情を読み取ったのか、白くて長い尾を、幹久の手にすり付ける。
「良い手だな」
しかし、良い心持ちも、その一言によって、急に鳴りをひそめる。
幹久は白狐から視線をそらすと、懐に手を隠すのだった。




