表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
空蝉の宴
59/153

-空蝉の宴- 6-6

 日付が変わって(うし)の刻になろうとする頃、古い家屋の一室に明かりが灯った。

 家具はほとんどなく、膨大な量の古書、大衆小説、詩歌(しいか)の小冊子が、部屋を埋め尽くしている。

 まるで、神田か神保町の古書店の一角を、そのまま持って来たような様相であった。

 そんな本の山々の中、白熱電球が(だいだい)色の光を放ち、部屋の主の影を、ひっそりと畳に落としている。


「あ~・・・」


 間延(まの)びした声を上げると、水谷は敷きっぱなしの布団の上に倒れ込んだ。

 校閲の作業が終わって、やっと帰宅したところであった。


 生来、細かい作業が非常に苦手で遅い。

 自他ともに認める、面倒くさがりで鈍くさい性格である。

 この仕事を五年も続けられているのは、ハッキリ言って奇跡に近い。


 水谷は眼鏡をはずすと、白熱電球の煌々(こうこう)とした光を眺めた。

 夏の西日の太陽を直視するように、瞳に痛みが走る。

 ところが、(まぶた)を閉じようとしても思い通りにならなかった。

 まるで、地獄の亡者が天界の光に憧れているかのように、目を離す事が出来ない。


「・・・無理」


 側に置いたカバンから、小さな紙の包みを取り出すと、部屋の(すみ)に置いた一升瓶(いっしょうびん)を引き寄せた。

 紙の包みを開き、中身の白い粉を口に含む。

 日本酒をグラスいっぱいに注ぐと、それを一気に飲み干した。

 吐き出しそうなのを堪えながら、再び布団の上に倒れるように横になる。



「・・・ぅっ・・・気持ち悪い・・」



 小さくうめきながら、胸ポケットから万年筆を取り出した。

 両手で両端を持つと、万年筆をくるりと回す。

 螺鈿細工の虹色の光が、星屑(ほしくず)のように水谷に降り注いだ。

 金色の桜が、神々しい光をかすかに投げ掛けている。


「・・・綺麗だなぁ」


 その美しさに、自然と口元がほころんだ。

 しかし、にわかに胸の奥がギリギリと痛み出し、水谷は万年筆を握り締めると、体を丸めるように縮こまらせる。

 いつもの事だった。

 慣れはしないが、どの位の周期で、痛みの波が引くかは分かっている。


「・・・これ以上、手を出すなって事なのかな」


 水谷は口元を吊り上げると、握り締めた万年筆を見つめた。

 螺鈿が投げ掛ける光が、水谷の瞳を妖しく揺らめかせる。


「でもね・・・死人に出来る事なんて、ないんだよ?」


 水谷は、苦悶しながらおかしそうに笑った。

 そして、次第にその声が小さくなると、死んだように眠りにつくのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ