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灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
空蝉の宴
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-空蝉の宴- 6-5

 話は、こういう事である。


 『鬼喰らい』である夢彦は、他人の『鬼』を自らに取り()かせることが出来る。

 しかし、夢彦は『鬼』を認識することが出来ない。

 見る事も、声を聴く事もかなわない。

 その為、この小童の『鬼』は、夢彦の無意識の望みによって取り憑かされているというのだ。


 『鬼喰らい』は『鬼』を無害なモノへと変える技―――『無害化(むがいか)』が出来るのだが、夢彦は、まだその方法を確立していないのだという。

 否、夢彦の『鬼』である白狐に、邪魔をされているのだそうだ。


「どうして邪魔してんだ?」


 犬飼が問いただすと、小童は短く溜息をついた。


「アイツは、病的な寂しがり屋なのだ」


「・・・へ?」


「俺が『無害化』で消えてしまえば、アイツは独りになってしまう。それが嫌だと、駄々(だだ)をこねとるのだ」


 急に、話が情けない方向になってきた。

 その為に、熱を出したり、命からがら逃げて来たかと思うと、げんなりする。

 そんな事を思いながら、犬飼は溜息をついた。

 しかし、犬飼の溜息など大したことないと言いたげに、小童はさらに重苦しい溜息をついた。


「だが、俺が取り憑いたままでは、夢彦の体に負担が掛かり過ぎる。行き倒れた時は、正直どうしようかと思った」


「そこに、私が通り掛かったのだ。難儀(なんぎ)しているようだったのでな」


「で、それを俺に丸投げしたワケか・・・」


 カエデは、クスクスと楽し気に笑い出した。

 反省の色のないカエデに、犬飼は憮然(ぶぜん)とした表情を浮かべる。


「じゃあ、どうする・・・お前を『無害化』出来なければ、夢さんの身が危ういし、仮に『無害化』出来るようなったとしても、『アレ』に殺されそうじゃねぇか」


「『無害化』出来るようになれば、アイツの『瘴気』も『無害化』出来る。『瘴気』が減ればアイツも落ち着くし、夢彦もアイツに好き勝手にされずに済む」


「なら、夢さんが『無害化』を出来るように事を運ぶとして、方法は?」


「今取り組んでる小説を、完成させるしかない」


 犬飼は、きょとんとした顔で小童を見た。

 意味が分からず、思わずカエデに視線を送る。


「夢彦は、執筆(しっぴつ)によって『鬼』を『無害化』出来るのであろう」


「念仏を唱えるとか、札を貼るとかじゃないのか?」


「『鬼』は心の一部だ。化け物に見えるが幽霊の類ではない。稀に効く事はあるがな」


 突然、カエデは和傘を犬飼に差し出した。

 犬飼は、いぶかし気に和傘を受け取る。

 柄の部分に、金魚の模様の蒔絵(まきえ)がほどこしてあった。

 黒地に螺鈿(らでん)細工の虹色の装飾が映えて、とても美しい。

 芸術には精通していない犬飼だが、あまりの出来栄えに感銘を受ける。


「それは、『鬼喰らい』が作った蒔絵だ。溜息が出るほど美しいだろ?」


「あぁ・・・すげぇ」


「『鬼喰らい』は、自分や他人の『瘴気』を、こうした芸術品へと昇華させる。そればかりではない、こうして出来上がったモノは、人々の心を(いや)し、慰めるのだ」


 カエデは、自分の掌を眺めた。

 何かを確かめるように、指を動かしている。

 そして、自嘲(じちょう)の笑みを浮かべると、しんみりとつぶやいた。


「私のように、利己的に『鬼』を殺してしまうモノとは、大違いなのだ」


 小童は、口元を(ゆが)めて錫杖(しゃくじょう)を肩に掛け直した。

 錫杖の輪と輪がぶつかり合い、甲高い音が響く。


「ガツガツと『鬼』を食い荒らすという点では、『鬼喰らい』も我々も、大して変わらぬ」


「フッ・・・たしかに」


「まったく、『隠世(かくりよ)』からコチラに来て、早々に、こんな事になるとは・・・」


「早々?・・・お前、コッチの世界に顕現(けんげん)したのは何歳の時だ?」


「つい最近だ。十七になる手前だな」


「随分と遅いな・・・お前、生みの親と、記憶や認知したものを共有出来るのか?」


「・・・出来ぬ」


「それは、厄介だな。世間一般の倫理観が出来上がってては、理解も信頼も得られんだろ」


 小童は、今までで一番重い溜息をついた。

 心労に()えない様子が見て取れる。

 そんな小童に、カエデは、おかしそうに笑い掛けた。


四面楚歌(しめんそか)もいいところだな」


「帰って来て夢彦が死んでいたら、最悪の事態になる・・・」


「お前が、夢彦を呪い殺したと思われるだろうな」


「夢彦が自ら望んで取り憑かせとるのに・・・全て俺のせいにされたのでは、たまったものでない!」


 二人の会話に置いていかれていた犬飼だったが、不意にバラバラだった何かが組み合わさるような感覚を覚えた。

 腕を組むと、小童に向かって鋭い視線を投げ掛ける。


「おい、小童(わっぱ)


「なんだ?」


「それは多分、お前も悪い」


 小童(こわらわ)が、不機嫌そうに口元を真一文字に引いた。

 長い前髪の奥で、鋭い眼光が輝く。


「お前が、あの白狐を・・・夢さんを無下にし過ぎるからだ」


「何も知らん奴に、つべこべ言われる筋合いはない」


「あぁ、お前の事なんかサッパリ分からねぇよ。でもな、夢さんの気持ちは、多少なりとも俺は知ってる」


 犬飼が、瞳に強い光を宿した。

 小童に一歩近づくと、濡れた髪を苛立たし気にかき上げる。


「夢さんはな、お前の味方でいたいんだよ」


「―――」


「お前と離れるのが辛いんじゃなくて、お前が味方だと認めねぇのが辛いんだ!!」


「いつ、俺がアイツを味方でないと言った」


「だったら、いつ、味方だと認めてやった!」


 小童は押し黙り、犬飼をジッと睨みつけた。

 犬飼も、その視線を受け流すように、小童を見すえる。


「言わなくても分かってくれる。そんな甘い考えしてっから、こういう事になるんだ」


 犬飼は、濡れて重くなった背広を脱ぐと、右肩に背負うように掛けた。

 そして、水際に流れ着いていた手持ちカバンをヒラリと持ち上げる。


「とりあえず、俺が夢さんを何とかするから、お前らは化け狐を何とかしろ」


 犬飼の物言いに、カエデは腹を抱えて笑い出した。

 馬鹿にされたような気分になり、犬飼は眉間にシワを寄せる。


「いや、すまない。了承した」


「なるべく傷つけるなよ」


「うむ、『黒天』のように可愛がってやるぞ」


 カエデが含み笑いをすると、犬飼は呆れた顔を向けた。

 小童も、短く溜息をつくと、錫杖を(かか)げる。

 刹那、蝉時雨は叩きつけるような雨音にすり替わり、先程の路地裏が目の前に広がった。

 まばゆい真夏の森の残像は、雨に流されるように消えていったのだった。

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