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灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
空蝉の宴
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-空蝉の宴- 6-4

 『瘴気』の雨を振り切り、路地裏の十字路に出た。

 犬飼もカエデも、(ひざ)に手を当てて息を切らしている。

 しかし、喉につかえたモノを何とか飲み込むようにして、犬飼は声を上げた。


「・・・ほら、さっさと説明しろ」


「そんなに、『瘴気』の事に興味があるのか?」


「違ぇよ。アンタ、まだ重要な事を言ってねぇだろ」


 犬飼に問いただされて、カエデは目を見開いた。

 そして、みずみずしい唇を妖艶(ようえん)に吊り上げる。


「どうして、夢さんを家に帰したかった・・・夢さんを初めて見かけた時に、今の『鬼』だって見てたはずだ。その時に、殺す事だって出来ただろ」


 犬飼の指摘に、カエデは更に口元を吊り上げた。

 ますます気がふれたような顔に、寒気を覚えるほどである。


「お前は、本当に面白いな」


「いいから、さっさと答えろ」


「行き倒れている友人を助けたら、恩を感じるだろ?」


「・・・待ってくれ。夢さんじゃなくて、誰に恩を売ってんだ?」


 言いながら、犬飼は、あの時の夢を思い出した。

 そういえば、夢彦の『鬼』と共に、小童(こわらわ)が一緒にいたではないか。


「あの・・・ちっこいガキか」


 犬飼の言葉に、カエデの方が(きょ)をつかれた。

 そして、ますます楽しそうな笑みを浮かべる。


「よく会えたな。夢彦の『鬼』が、必死で隠しておるのに」


「助けてもらった」


「・・・ほう」


 カエデは(あご)に手を当てると、上機嫌な笑みで思案する。

 そして、涼やかな笑みを犬飼に向けると、嬉々とした調子でつぶやいた。


「なるほど。なら、話は早い」


「どういう事だ?」


「そう、()くな。先程の雨は、その子供の『瘴気』が、無害なモノに転化しそこねた結果だ」


「しそこねた?」


「『死鬼(しき)』という特殊な『鬼』なのだ。『瘴気』を無害なモノに出来ぬと、自然現象に転化する。最近、梅雨とはいえ、しつこい雨が降り続いておるだろ」


「そう言えば・・・いや・・・しかしだ、さっきの雨は、明らかに普通じゃなかったぞ」


「強酸の酸性雨だ。硫酸ほどではなさそうだが」


「・・・それは、自然現象って言えるのか?」


「おそらく、本来なら街全体に降っている豪雨を、我々の所にだけ降らせたせいで、変質した局所的な大災害として現れたのだ」


「夢さんの『鬼』が、俺を殺す為に、そんな事を・・・?」


「いや、あの『死鬼』が、街全体に災害が起こらないよう、転化する直前に『瘴気』を寄り集めている。なかなかの、芸達者だ」


 急に、カエデはケタケタと笑い出した。

 犬飼は、いぶかし気に眉根を寄せる。


「ただ、お前が夢彦にヤル気を出させたせいで、てんてこ舞いになっておるぞ」


「は!?」


「お前が夢彦を励ませば励ますほど、夢彦の『鬼』は、ますます躍起(やっき)になって夢彦を妨害し、結果、無害なモノに転化しそこねた『瘴気』が流出する」


「――――」


「おそらく、洪水が起こる程度の『瘴気』が流出しておるのだろう。それを食い止めようとした結果が、先程の雨というワケだ」


「なるほど・・・」


「だから安心しろ、犬飼」


「何を?」


「これだけ世話を焼いたお前を、夢彦の『鬼』は、本気で殺すつもりだ。遠慮なく叩きのめせ」


「お前は、本当に空気が読めねぇな!!」




 シャラン




 来た道の方から、あの水琴鈴の音が近づいてきた。

 先程よりも激しく鳴り響き、まるで警鐘のようである。



 ―――消しては、ならぬ・・・



 地の底から響いて来ているような、重々しい声音で『ソレ』はうめいた。



 ―――独りに・・・しないでたもう・・・



 再び、雲一つない空から、雨が襲い掛かってくる。

 先程よりも、更に激しい。



「だが、作戦変更だ。お前が、あの『死鬼』に助けられたのなら、話が変わってくる」



 カエデは、言いながら刀を(かま)えた。

 犬飼が眉間にシワを寄せ、カエデの動作に警戒する。



「安心しろ、さっきのように危害を加えるつもりはない」



 そう言うと、カエデは地面に、勢いよく刀を突き立てた。

 刀の先端を中心に、地面に光り輝く波紋が広がっていく。

 それと同時に、にわかに雨が止み、空気が打ち震えるように振動した。



――・・・・っ!?



 すると、『ソレ』の青白い炎が一瞬掻き消え、左肩に掌に乗るほどの(あか)い虫が現れる。

 カエデは夢彦の『鬼』に急接近すると、もぎ取るように紅い虫を手に取った。



「走れ!!犬飼!」




 慟哭(どうこく)




 青白い炎が地獄の釜のように燃え立ち、『ソレ』が巨大な白狐へと変化した。

 気が狂ったように咆哮すると、その威圧だけで気を失いそうになる。


 犬飼も駆け出すが、その後ろを、猛り狂った白狐が追い掛けて来た。

 獣の脚は、想像以上に速い。

 その前足が、犬飼の背に届かんとした刹那、



 水の中にいた。



 激しい流れに、体は成す術もなく押し流される。

 犬飼は、必死にもがいて、目の前の岩にしがみついた。

 押し寄せる水圧に()えながら、なんとか()うように水上を目指す。



「――――・・・っかは・・」



 グッタリと岩にもたれ、息も絶え絶えに咳き込んだ。

 そして、水の流れに逆らいながら、岸に上がる。



「・・・・なんだ、ココ・・・」



 灰色の街並みではなく、青々と茂った森の中にいた。

 天を見上げると、(こずえ)の先に、鮮やかな青空が見え隠れしている。

 蝉時雨(せみしぐれ)が、滝のように頭上から降り注いで来た。


 犬飼は、何が何だか分からず、呆然と立ち尽くす。



「大丈夫か?犬飼」



 振り返ると、カエデが近くの木に寄り掛かってコチラを見ていた。

 その近くの岩に、夢で会った小童が胡坐(あぐら)をかいて座っている。


「服が綺麗になって良かったな」


「・・・ずぶ濡れだけどな」


 カエデは腹を抱えて笑い出した。

 体のヒリつきは無くなったが、そこまで笑いモノにされると、心がヒリつく。


「・・・で、ココは何処だ?」


「この小童――『死鬼』が見せる幻影の中だ。しばらくは、あの白狐も追って来れない」


 小童がニヤリと笑った。

 悪戯(いたずら)が成功して喜んでいるような笑みに、犬飼は不快感を覚える。


「犬飼。お前が、この『死鬼』に助けられたと聞いてな、おそらく協力すると踏んだのだ」


「―――どういう事だ?」


「まぁ、それは直接、本人から聞いた方が良かろう」


 カエデは涼し気に微笑むと、仕込み刀を和傘に収めた。

 その鯉口(こいくち)がカチリと音を上げると、小童は落ち着いた声で話し出すのであった。

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