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灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
空蝉の宴
56/153

-空蝉の宴- 6-3

 喫茶『ハルジヲン』を後にし、犬飼とカエデは大通りから外れた細い側道を歩いていた。

 先程の小雨はおさまり、あるかなしかの雨が、はらりと落ちて来る。

 天を見上げると、星々がチラホラと雲の間から見え隠れしていた。



「やんだな」



 そう言うと、カエデは差していた紫色の和傘(わがさ)を閉じた。

 傘は子供用なのか、長身の割に小さい。

 日傘には良いが、雨を避けるには機能を果たせないのでは・・・。

 いぶかしげに見る犬飼に、カエデは三日月のような口元で微笑んだ。


「可愛い傘だろ?」


「・・・デカ女には、小さくね?」


「子供の頃から使っているからな」


「物持ち良すぎだろ・・・それより、何処に行くつもりだ?」


「あてもなく、星を見ながら散歩するのは嫌いか?」


「は?」


「っふ・・・お前は、自然を愛でるとか、ワビサビだとか、興味無さそうだしな」


「デカ女って言ったから、馬鹿にしてんだろ」


 カエデは薄氷の笑みを犬飼に向けた。

 気がふれて笑っているように見える。

 そんなカエデの笑みに、犬飼は顔をしかめた。


「まぁ、実際そうだし、イイけど。それより、さっきの白い紐・・・なんで『黒天』に絡まってたんだ?」


「あれは、夢彦の『鬼』の『瘴気』だ」


「え?」


「夢彦の『鬼』は、帰りたがっていたからな。夢彦を東京に留まらせたお前を、(うら)んでいるのだろう」


「帰りたい?」


「夢彦の『鬼』は『鬼喰らい』として目覚めるのを拒んでいる」


「さっきも言ってたが、『鬼喰らい』ってのは?」


「『鬼』の『瘴気』を無害なモノへと変えられる連中だ。夢彦には、その素質がある。『鬼』は認識出来ないようだがな」


 不意に、カエデが鋭い目付きとなった。

 その射るような眼差しに、犬飼の背筋に冷たいものが走る。



「来たぞ」



 カエデに言われ、犬飼は背後を慌てて振り返った。

 大通りの明かりが遠くに見えるが、辺りは閉店した店ばかりで薄暗い。

 街灯はあるが、自分たちの周囲を、ほんの少し照らしている程度である。

 目を凝らしても、ネズミすら見当たらない。



 シャラン・・・



 聞き覚えのある鈴の()に、犬飼は蒼白(そうはく)となった。

 すぐ側まで、その音は迫っている。

 しかし、姿をとらえることは出来ない。


「『遁甲(とんこう)』しておるな」


「とんこう・・?」


「『鬼』が、自分の姿を見えないように隠している」


 カエデは和傘を左手に構えると、()の部分を反対の手で引き抜いた。

 中から、仕込み刀が姿を現す。

 その刃が、わずかな光を跳ね返して揺らめいた。



「私から隠れられると思うたか!!」



 カエデが大きく()ぎ払うと、街灯の光が一瞬明滅し、二本目の街灯の先で青白い炎が立ち上った。

 その衝撃が、犬飼の所まで熱波のように襲ってくる。



「――――!?」



 青白い炎の中に、白い影が浮かび上がった。

 白銀の髪が、地面に付きそうなほどに長い。

 頭部には尖った獣の耳が生えており、飾りではない証拠にかすかに動いている。

 白い着物を引きずって、ゆっくりとコチラに近づいて来た。



 ぽつ  ぽつ  ぽつ



 雨が、再び振り始める。

 その勢いは徐々に強くなり、先程の小雨よりも強くなった。

 顔に伝って来た雨を手の甲で拭うと、カエデは薄ら笑いを浮かべる。


「ッフ・・・最悪だな」


「・・・どうした?」


「この雨は『瘴気』だ。しかも、()れると体に(さわ)る」


 よく見れば、どうやら自分たちの周りにだけ、この雨は降っているようであった。

 空を見上げると、小雨を降らせていた雲は流れて行ったらしく、澄んだ夜空が広がっている。


「普通、『瘴気』は実体を持たない。だから、『黒天』には影響があっても、我々の体が濡れる事はない」


「じゃあ、なんで・・・」


「悪いが、ゆっくり説明出来ぬ」


 カエデは刀を構え直し、目の前の『鬼』をねめつけた。

 今にも斬り掛かりそうな様子に、犬飼は慌てて止めに入る。


「ちょっと待て!アイツを倒す気か!?」


「無論、そうだが?」


「アイツは夢さんの『鬼』だ!!傷付けたら、夢さんが」


「死ぬだろうな」


 冷ややかな物言いに、犬飼は背筋が寒くなった。

 カエデの目に躊躇(ためら)いはない。


「仕方あるまい。人型を成す程に育った『鬼』に、手加減など出来ぬ」


 夢彦が事切れる姿を想像し、胸が鉛を仕込まれたかのように重くなった。

 そんな犬飼に追い打ちをかけるように、いよいよ雨は、強く降り注ぐ。

 濡れたワイシャツが体の表面に張り付き、チリチリと痛みが広がっていった。

 次第に、その痛みは微かなモノから、痺れるような痛みに代わり、犬飼は歯を食いしばると、カエデの手を引いて後方へと走り出す。


「犬飼!?」


「イイから来い!!」


 犬飼たちは全力で走り出すと、路地裏へと入り込む。

 大人が一人、やっと入れるような狭い中を、ひたすら駆け抜けた。

 すると、まとわりつくような雨が、徐々に後方へと引き離されていく。


 しかし、そんな二人を追うように、獣の咆哮(ほうこう)は、遠くで悲し気に響き渡ったのであった。

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