-空蝉の宴- 6-2
窓の外では間断なく雨が降り続いていた。
雨垂れが、窓ガラスに幾筋もの線を描いていく。
それを眺めながら、伝七郎は緑茶をすすっていた。
ホッとしたような声を上げるが、雨垂れの向こうを見やり、再び溜息をつく。
「はぁ~、全然、雨がやむ気配がないですね。いやだなぁ、帰る時に泥まみれになっちゃいますよ。ほら、僕って身長が低いでしょ?酷い時なんて水がはねて肩までかかって来るんですよ」
「まぁ、校閲が終わる頃には晴れるんじゃないかな~」
「え!?水谷さんが残業してまで真面目に仕事をするなんて・・・嵐の前触れですね」
「明日、私用で休むからね~」
「・・・締め切り日にですか?」
「うん」
「仕事、ナメ腐ってません・・?僕、これでもまだ数か月の新人なんですけど!?そりゃ、新人ですから色々と雑用があっても文句は言えませんけど、水谷さん、主任ですよね!?企画担当ですよね!?それが、締め切り日にいないってどういう事ですか!?」
「真面目な伝七郎君がいるから、安心して休めるんじゃないか~」
「反省の色が微塵もないじゃないですか!何かあったらどうするんです?例えば、夢さんが原稿仕上げられない可能性だってあるワケですよ!!しかも、それを言い出したの、水谷さんじゃないですか!尚更、責任もって明日は出勤するところでしょ!!大体、締め切り日に休み入れるぐらいの私用って何なんですか!?」
「長くなりそうだから、ご飯食べてこよ~」
そう言うと、水谷はのんびりとした様子で編集室から出て行った。
伝七郎は呆れ顔で見送り、ふと、水谷の机をチラリと見る。
水谷の万年筆が置いてあった。
黒地にキラリと何かが光っている。
どうしても気になり、伝七郎は転がそうと人差し指を差し出した。
「触らないで」
突然声を掛けられ、伝七郎は飛び退くように後ずさる。
水谷が細い目を更に細めて、穏やかに笑っていた。
まったく気配に気が付かなかった為、伝七郎は幽霊を見るような目で水谷を見つめる。
そんな伝七郎の事などお構いなしに、水谷は胸ポケットに万年筆を収めた。
「ごめんね。商売道具は他人に触って欲しくないんだ~」
「す、すみません・・」
「まぁ、この万年筆、本人の了承なしに勝手に貰ったんだけどね~」
「・・・って、それ、ドロボウじゃないですか!」
「大丈夫、大丈夫。彼、もう死んでるから」
水谷は、ぼんやりとした笑みを浮かべると、軽やかに歩き出した。
しばらく呆然とする伝七郎であったが、何かのスイッチが切り替わったのか、何事もなかったかのように、せかせかと仕事に戻っていった。




