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灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
蛇落の褥
35/153

-蛇落の褥- 7-2



「・・・幹久様!?」



 急に東雲(しののめ)は立ち上がり、辺りを見回した。


 驚愕とも恐怖とも言えるような面持ちに、恭一郎は目を丸くする。



「どうした?」



「幹久様が・・・いらっしゃいません」



 東雲が血相を変えて応接室を出て行くと、恭一郎も慌てて後を追った。


 しかし、青ざめた顔で東雲が引き返して来た為、危うく衝突しそうになる。



「お部屋にも、いらっしゃいませんっ!・・・嗚呼、どういたしましょう・・・」



 東雲は長い黒髪を振り乱し、別の部屋へと駆け出した。


 あられもなく幹久の名前を叫ぶ声が、この世の絶望を思わせるほど痛々しく、屋敷全体に響き渡る。


 そんな東雲を見て、恭一郎が手をこまねいていると、耳元で静かに軋む音が鳴った。




 ――東雲に憑ついていた白蛇が消えたな




 どういうことだ?




 ――まぁ、あの女にとっては、事態が(かんば)しくない方に向かっているという事だ




 成り代わった、という事か・・・。




 玄関から外に出てみると、陽は完全に沈み、辺りは暗闇に包まれていた。


 まるで公園のように広い日本庭園は、不気味なほど静まり返っており、人影らしきものは見当たらない。




 ――探すのか?




 恭一郎がうなずくと、『(うつろ)』は溜息をつくように、キシキシと軋むような音を上げた。


 そして、その体が小さな赤い空蝉(うつせみ)の大群となって崩れていく。


 それらは、蜘蛛(くも)の子ならぬ、蝉の子を散らし、広々とした庭園へと消えて行った。


 左肩に残った小さな赤い空蝉に、恭一郎は視線を送る。




「こういう時、お前は便利だな」




 ――ありがたく思え




「・・・そうやって偉そうにしなければ、感謝ぐらいするんだが?」




 ――戦地で潜伏した敵兵を見つけ出しても、礼を言わなかった奴に期待しとらん




 『虚』は軋む音を上げながら、そっぽを向いた。


 口を開けば嫌味を言い合う仲の悪さに、恭一郎は溜息をつく。


 しかも、お互いに、相手が腹を立てている気持ちが分からなくもない為、余計に腹が立つという悪循環を起こしていた。


 そんな恭一郎の思惑が分かっているのか、『虚』は不機嫌そうに声を上げる。




 ――恭一郎、蔵だ




 蔵?




 ――不自然に入口が開け放たれている。東雲にも伝えた。向こうにある




 『虚』は、いつもの子猫ほどの大きさに戻ると、母屋(おもや)の裏手を指し示した。


 恭一郎が急いで駆け付けると、東雲は先に着いていて、二階へと続く階段を下りて来るところであった。


 東雲は恭一郎に気が付くと、先程よりも蒼白な顔を向ける。



「幹久様はいらっしゃいませんが、中に入られた形跡があります」



 東雲の頬に、涙が伝った。


 かなりうろたえており、握り締めている手が、ガタガタと震えている。



「あぁ・・・あぁ、わ、ワタクシは、どうすればっ・・・」



「落ち着け、どうしたんだ?」



「な・・・無いのです・・・」



「無い?何が?」



「・・・旦那様の、日本刀がありません」

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