-蛇落の褥- 7-2
「・・・幹久様!?」
急に東雲は立ち上がり、辺りを見回した。
驚愕とも恐怖とも言えるような面持ちに、恭一郎は目を丸くする。
「どうした?」
「幹久様が・・・いらっしゃいません」
東雲が血相を変えて応接室を出て行くと、恭一郎も慌てて後を追った。
しかし、青ざめた顔で東雲が引き返して来た為、危うく衝突しそうになる。
「お部屋にも、いらっしゃいませんっ!・・・嗚呼、どういたしましょう・・・」
東雲は長い黒髪を振り乱し、別の部屋へと駆け出した。
あられもなく幹久の名前を叫ぶ声が、この世の絶望を思わせるほど痛々しく、屋敷全体に響き渡る。
そんな東雲を見て、恭一郎が手をこまねいていると、耳元で静かに軋む音が鳴った。
――東雲に憑ついていた白蛇が消えたな
どういうことだ?
――まぁ、あの女にとっては、事態が芳しくない方に向かっているという事だ
成り代わった、という事か・・・。
玄関から外に出てみると、陽は完全に沈み、辺りは暗闇に包まれていた。
まるで公園のように広い日本庭園は、不気味なほど静まり返っており、人影らしきものは見当たらない。
――探すのか?
恭一郎がうなずくと、『虚』は溜息をつくように、キシキシと軋むような音を上げた。
そして、その体が小さな赤い空蝉の大群となって崩れていく。
それらは、蜘蛛の子ならぬ、蝉の子を散らし、広々とした庭園へと消えて行った。
左肩に残った小さな赤い空蝉に、恭一郎は視線を送る。
「こういう時、お前は便利だな」
――ありがたく思え
「・・・そうやって偉そうにしなければ、感謝ぐらいするんだが?」
――戦地で潜伏した敵兵を見つけ出しても、礼を言わなかった奴に期待しとらん
『虚』は軋む音を上げながら、そっぽを向いた。
口を開けば嫌味を言い合う仲の悪さに、恭一郎は溜息をつく。
しかも、お互いに、相手が腹を立てている気持ちが分からなくもない為、余計に腹が立つという悪循環を起こしていた。
そんな恭一郎の思惑が分かっているのか、『虚』は不機嫌そうに声を上げる。
――恭一郎、蔵だ
蔵?
――不自然に入口が開け放たれている。東雲にも伝えた。向こうにある
『虚』は、いつもの子猫ほどの大きさに戻ると、母屋の裏手を指し示した。
恭一郎が急いで駆け付けると、東雲は先に着いていて、二階へと続く階段を下りて来るところであった。
東雲は恭一郎に気が付くと、先程よりも蒼白な顔を向ける。
「幹久様はいらっしゃいませんが、中に入られた形跡があります」
東雲の頬に、涙が伝った。
かなりうろたえており、握り締めている手が、ガタガタと震えている。
「あぁ・・・あぁ、わ、ワタクシは、どうすればっ・・・」
「落ち着け、どうしたんだ?」
「な・・・無いのです・・・」
「無い?何が?」
「・・・旦那様の、日本刀がありません」




