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灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
蛇落の褥
30/153

-蛇落の褥- 6-3

 明かり一つない堂内は、薄汚れた闇に満たされていた。


 わずかに開いた引き戸の隙間から、光がほんの少し差しているだけである。


 念仏を唱えているような声が、引き戸の向こう側から聞こえて来ると、官立学校の初等科の制服を着た少年は、その不気味さに身を震わせた。





 だれか・・・





 声を出そうにも、ねじった手ぬぐいで口がふさがれおり、少年は息をするのもままならない状態であった。


 手首は、後ろ手に(しば)られており、肩から身動きが取れない。


 脚も、細い紐を何重にも巻かれており、倒れたら自力で起き上がれそうになかった。





 かえりたい・・・。





 少年は、学校の帰り道、友達と別れてしばらく歩いていると、見知らぬ男たち三人に囲まれたのだった。





 幹久くんだね





 男たちは少年の名前を知っていた。


 自分たちは父親の会社の者で、少年を迎えに来たと言って来たのである。


 しかし、海外の要人と会うことの多い父親の会社員にしては、背広姿でもなく、その辺を散歩しているようなラフな格好であった。


 明らかに嘘だと分かっているものの、少年は恐怖に身がすくみ、うまく逃げる事が出来なかったのである。


 そして今、すぐ近くのボロボロの寺に連れて行かれ、この小さな御堂に押し込められたのであった。





 こわい・・・・・・





 父さん・・・母さん・・・・・姉さん・・・





 たすけて・・・かえりたい・・・・





 少年は、手を伸ばしたくても伸ばせず、長い時間締め上げられているせいで、まるで手の先がないかのように感覚がなかった。


 何度目かも分からない涙を流していると、不意に引き戸がガタリと開く。


 急に目の前が明るくなり、少年は(まぶ)しさに目を細めた。





 アイツら遅ぇな・・・





 三人のうちの一人が、仏具などを収めておく部屋から出て来た。


 他の二人は、少年の父親に電話を掛け、指定した場所に身代金を受け取りに行っている。


 しかし、指定した時間から、だいぶ時間が経っていた。


 男の様子から、どうやら身代金を、他の二人に持ち逃げされたのではないかと心配しているようである。




「・・・から・・・・ぁ・・・・だよ・・・・しないと」




 男はブツブツと、念仏のように独り言を言っていた。


 しかし、こもった声でつぶやいている為、何を言っているか聞き取れない。


 すると、突然、男は少年ににじり寄り、髪の毛を鷲掴(わしづか)みにして顔を上げさせた。




 いたいっ・・・いたいよ・・・・やめてっ・・・




「つまらないだろう?あそぼうか?」




 髪が引っ張られる痛みに耐えながら、少年は、なんとか首を横に振った。


 すると、男は口元を歪ませて笑い、目の前に光るモノを突きつける。


 少年の視界に、鈍く光った小さなナイフが飛び込んで来た。




「・・・・っ!」




 少年が声にならない叫び声を上げると、男はナイフを持ってない左手で、少年の口を覆うように掴む。


 男の指が食い込んで、少年の(ほほ)に激痛が走った。


 あまりの恐怖に耐えかねて、少年は思わず(まぶた)を閉じる。




「目を開けろ!つまらねぇだろ・・・!!」




 掴んだ手に更に力が込められ、少年の頬に男のガサガサの肌が、やすりのようにこすりつけられた。


 なんとか恐怖を押し殺し、少年はうっすらと目を開ける。


 すると、口を覆う浅黒い手が、ぼんやりと見えて来た。


 親指と人差し指の間に大きなホクロがあり、蛇の目のように少年を(にら)みつける。




 ・・・くるしい・・・・・・いたい・・・




 上手く息が出来ず、少年は意識が朦朧(もうろう)としてきた。


 体を支えられず、床に崩れる。


 すると、ナイフの刃先が首元を撫で、ひんやりとした感触が伝わって来た。


 遅れて、撫でた所がチリチリと痛みだす。



 蛇だ



 スルスルと、黒い蛇が牙をむいてる



 身動きが出来ない



 だれか・・・たすけて・・・・



 鋭利な牙を突き立てられると同時に、少年は気を失ったのであった。

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