-蛇落の褥- 5-5
眼科の診療が終わり、幹久は学校に向かう為、電車に乗っていた。
車内は、外回りのサラリーマンと高齢者を中心に席が埋まっている。
空いている席もあったが、幹久は吊革に掴まっていた。
万が一、体が誰かに触れると気を失ってしまう為、横に誰か来たら離れるか、混み具合によっては降りなければならないのである。
情けないな・・・
出版社の人たちは、癖のある人物が多い反面、幹久に対して、とても優しかった。
オカルト関係の話をしてもドン引かず、自分たちの話に割とついて来られる幹久を、むしろ重宝してくれるのである。
学校・・・行きたくないな
出版社と学校では、幹久の評価は真逆であった。
教室の隅に座って、誰とも話さずに一日が終わる。
たまに声を上げれば、変人扱い。
触れると気絶する体質も相まって、悪い意味で特別扱いされていた。
普通の話をしてるつもりなのに・・・
率先して話し掛けてくる犬飼との会話を、幹久は思い出していた。
ゴシップ記事の話をすることもあるが、ドコソコの飯が上手いとか、女性の好みは何だとか、延々と仕事に関係の無い話を、犬飼はして来るのである。
そんな犬飼の幹久の返答に対する評価は、まとも、平凡、普通すぎる、もっと冒険しろ、であった。
気絶しても、またか、って目で見ないし・・・
触れると気絶する体質も、犬飼は克服する為の練習に付き合ってくれた。
いつも硬直して動けなくなり、触れれば必ず気絶してしまう。
しかし、「ここまで極めると芸の内だ」とワケの分からない事を言って励ますのであった。
他の社員も、倒れる度に「諦めるな」「大丈夫か」と心配する。
誰も、もうやめればいいのに、といった眼差しで見ない。
このままじゃ、皆の優しさに応えられない。
溜息をついて、幹久は目の前の乗客に視線を落とした。
陸軍兵卒であった。
制服は色あせて、所々がほつれている。
シベリアからの帰還兵だろうかと、幹久はぼんやりと見つめた。
「・・・から・・・・ぁ・・・・だよ・・・・しないと」
目の前の兵卒は、何やらボソボソと独り言を言っていた。
制帽のせいで、顔は見えない。
膝に置いた拳が浅黒く、ガサガサの肌をしていた。
「―――!!」
幹久の心臓が、にわかに跳ね上がった。
息が上がり、呼吸が乱れていく。
目の前の陸軍兵卒の手から、幹久は視線を離せなくなった。
左手の親指と人差し指の付け根辺りに、特徴的な大きなホクロがある。
――みつけた
降りる駅を 通り過ぎる。
電車が ガタゴト揺れる。
――おぼえてるよね
乗客が どんどん降りて行く。
もう 誰もいない。
――うれしい
うれしくないよ
――たのしい
たのしくなんかない
――くるしい?
くるしいよ・・・助けてよ!!
――てはあるよ
手を・・・下す?
――てをきりたい?
テ ヲ キ リ タ イ




