-蛇落の褥- 4-2
丘の麓にある沢に着くと、水に沈めていたスイカを取り出し、四人は近くの岩に座ってかぶりついた。
暑さで火照った体が冷えていき、ふりかけた塩が、ぼんやりとした頭を冴えさせる。
恭一郎は口元を拭うと、隣に座っている夢彦を一瞥した。
夢彦は、左の膝を立て、美味そうにスイカにかぶりついている。
良い生まれにも関わらず、全く自分を飾らない所が清々しく、言いようによっては、だらしないと、恭一郎は改めて思う。
「恭一郎の家のスイカは美味いなぁ」
「夢兄ぃ、これが目的で毎日来てるんでしょ。食い意地張ってる」
「はってる~」
「お前ら、夢彦を遊びに付き合わせておいて、口が悪過ぎるぞ」
「夢兄ぃが、遊んでって言うんだもん」
「言うんだもん」
恭一郎が諭すと、小鈴だけでなく、下の妹の小梅までが反論した。
その横柄な態度に、恭一郎が目くじら立てて怒っていると、夢彦は恭一郎の肩を叩き、穏やかに微笑む。
「兄貴というのは大変だな」
「大変なのは、お前だろ」
「大変な事などないよ。本当にかまってもらってるようなものだ」
「学校の連中と遊ばないのか?さっき、下流の方で釣りしてたぞ」
「お前たちといる方が楽しい、気にするな」
夢彦の家は、地元の診療所で裕福であった。
中学を卒業したら、医学専門学校へと進学する予定になっている。
一方、恭一郎はと言えば、土地を地主から借りてる貧乏農家で、村一番の赤貧であった。
小学校までしか行っておらず、字は何とか読み書き出来るが、小難しい事は良く分からない。
しかし、物心ついた時から二人は非常に仲が良く、未だに学校が終わると、夢彦はよっぽどの事がない限り、毎日のように恭一郎の家に遊びに来るのであった。
「ねぇねぇ!水遊びしよ!」
「ダメだ、小梅がまだ小さ過ぎる」
「えぇ~~!」
「えぇ~」
「別の遊びを考えろ」
「じゃあ、セミ取ろう!」
「セミとろ~」
目の前の木を見上げると、何匹か蝉が張り付いていた。
しかし、結構な高さがあり、よじ登って取るのも難しそうである。
「小鈴、小梅。蝉ではなく、蝉の抜け殻はどうかな?」
夢彦は木に近づき、根元近くにある蝉の抜け殻をつまみ取った。
掌に載せて小鈴と小梅に見せると、二人は目をキラキラさせて喜ぶ。
「スゴ~イ!透けてる!!」
「虫さん、動かないよ?」
「蝉の子供は土から出て来て、木にしがみつき、この中から出ると大きな蝉になるんだ」
「じゃぁ、からっぽ?」
「からっぽ。逃げないから、小梅でも集められるよ」
夢彦の提案で、蝉の抜け殻集めをすることになった。
ツボにはまったのか、小鈴と小梅は、あちこち探し回って拾って来ては、スイカを運んで来た時に使った深めのザルに放り込んだ。
「お前、本当に子供を相手にするの、上手いな」
「私が子供だからな」
「よく言う」
「蝶やトンボが良かったかな?」
「あいつらに取らせたら、ボロボロにされて可哀想だ」
「そうではなく、恭一郎が」
「俺?」
近くに止まっているオニヤンマを、恭一郎は、しばらくジッと眺めた。
そして、夢彦に視線を戻すと、首を横に振る。
「・・・せっかく大きくなったのに、捕ったら可哀想だ」
「優しいな」
「別に」
恭一郎がそっぽを向くと、夢彦はくつくつと笑い出した。
しかし、笑い終えると静かに溜息をつくのが聞こえ、恭一郎は視線を戻す。
見ると、ほんの少し悲哀を含んだ瞳で、夢彦は微笑んでいた。
「中学にも、恭一郎みたいな奴がいればなぁ」
「・・・また目と髪の事でからかわれたのか?」
「まぁ・・・悪目立ちするからな」
夢彦の瞳は、白人でも珍しい銀色であった。
ただ、物心ついた時から一緒にいる為、恭一郎にとっては、それが夢彦の色という認識になっている。
周囲の人々は、この銀色の瞳に違和感を感じるようであったが、むしろ恭一郎にとっては、夢彦が黒や茶色の瞳をしているのを思い描く方が違和感を覚えた。
「ケンカ、してないか?」
「さすがに退学になっては困るからなぁ。なんとか我慢している」
「小学生の時は、からかってきた連中と、よく取っ組み合いのケンカをしたな」
「そうそう。恭一郎がかばってくれてるのに、私が我慢できずに、横から殴り飛ばしてなぁ」
恭一郎は、長い溜息をついた。
それがおかしいとばかりに、夢彦は声を上げて笑い出す。
「毎回、泥沼戦に持ち込んで、先生やら通りすがりの大人に両成敗されて・・・」
「いやぁ、恭一郎まで謝らせて申し訳なかった」
「お前が、からかわれて泣くような玉ならな・・・」
「そうだなぁ。そしたら周りの大人も、もっと神経質にかばってくれたかもしれん」
夢彦が湯が沸くように笑い出すと、恭一郎は苦笑いを浮かべた。
しかし、夢彦が自分の前髪をつまんで黙り込んだ為、眉間にシワを寄せる。
「・・・夢彦?」
「もう少し、短くするかなぁ」
「・・・・」
「ただなぁ・・・短くすると、今度は髪が無いように見えてしまうし・・・」
「羽化したばかりの蝉みたいで綺麗だ」
「―――」
「気にする事ない」
恭一郎の言葉に、夢彦は瞳を潤ませて微笑んだ。
今にも泣きそうな笑みに、恭一郎は静かに微笑み返す。
するとそこに、小鈴と小梅が駆け寄って来た。
「恭兄ぃ!夢兄ぃ!集めるのサボってる!!」
「サボってる~」
ブーブー文句を言う二人に、夢彦はいつもの笑みで笑い掛けた。
そして、小鈴と小梅に手を引かれ、一緒になって楽しそうに騒ぎ出す。
そんな三人を追い掛けるように、恭一郎も溜息交じりに後に続いた。
「恭一郎!」
「何だ?」
「お前がいて良かった」
歯に衣着せぬ言葉に恭一郎が押し黙ると、夢彦は嬉々として笑い出した。
恭一郎は小さく唸ると、頬を指先で気まずそうにかく。
「夢彦・・・こういう時こそ、その才知あふれる語彙力を駆使して、冗談交じりにそれとなく伝えてくれ・・・」
「何を言う。言葉は、分かりやすくシンプルなものが一番だぞ」
夢彦は、着物の袂を小鈴と小梅に引っ張られながら、雑木林の中へと入って行った。
そして、真剣な眼差しで蝉の抜け殻を、二人と一緒に探し始める。
こんな夢彦の内面をちゃんと見てくれて、なおかつ外見なんか気にしない誰か。
そんな人物が、一人でも、ずっと夢彦の側にいてくれたら―――
未だ見ぬその人物に、恭一郎は思いを馳せるのだった。




