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灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
媼主の速贄
153/153

-媼主の速贄- 43

 暗闇の中、地面や周囲の木々から、夏の香りが(ただよ)ってくる。


 土の香り、青々と茂る草の香り―――様々な香りが混ざり合い、シットリと水気を含んで包み込んでくる。


 そんな自然に(いだ)かれた心地で、幹久(みきひさ)は大きく息を吸い込んだ。




「はぁ・・・」




 ベンチに座り、グッタリと駅舎の壁に寄り掛かると、大きな溜息を吐き出す。


 まるで『瘴気(しょうき)』を吐き出す妖怪みたいだと、自嘲(じちょう)するように口元を吊り上げた。




「忙しそうだな」




 突然呼びかけられ、幹久は立ち上がって周囲を見渡した。


 すると、改札の方から、長身の影が歩み寄って来る。


 その見覚えのある姿に、幹久はホッと息をついた。




「恭一郎さん・・・驚かさないで下さい」




 困ったように微笑む幹久に、恭一郎は口元をわずかに吊り上げた。


 その穏やかな笑みに、幹久は、いつものように涼やかな笑みをたたえる。



露光(ろこう)と一緒になると、突然言い出して申し訳ない」



「いえ、おめでたい事ですし、心配事が減りました」



 苦笑いを浮かべる恭一郎に、幹久はニッコリと微笑んだ。


 恭一郎にうながされ、座っていたベンチに二人で腰掛ける。



「『鬼』が見えないと、業務が大変じゃないか?」



「僕より、東雲(しののめ)さんの方が大変です。『隠世(かくりよ)』の報告を文字に書き起こしたり、会議で僕の通訳をしたり」



「すまない、手伝えなくて」



「大丈夫です。『鬼』を認知出来ない人でも、他の事務作業は出来ますし、認知出来る人も少しずつ増えてますから」



「でも、顔が疲れてるぞ」



「海外出張が多いので、時差ボケです」



「『吉原(よしわら)奇譚(きたん)』の新シリーズが出てから機嫌が悪いと、(かおる)が言っていた」



 幹久が困った顔で微笑むと、恭一郎はジッとうかがうように見つめた。


 どうにも回避出来そうにないと、幹久は観念したかのように溜息をつく。



「機密に引っ掛かるから、既出の登場人物は出せないしな・・・期待してた続きと違うんだろ」



「いえ、新シリーズの第一巻も五冊買って、もう一冊目が、この通りです」



 幹久は、カバンからボロボロの本を取り出した。


 あまりの読み込みっぷりに、恭一郎は吹き出すように笑い出す。



「次の巻が早く出てくれないと、二冊目がボロボロになりますって、夢彦さんにも言ってきました」



「いいプレッシャーだな」



「どちらかと言うと・・・旧シリーズが、本にはならずとも続いていますので、そちらの方が気掛かりです」



 幹久は、急に黙り込むと、悲哀のこもった眼差しを恭一郎に向けた。


 口を手で抑えると、うつむいて瞳を潤ませる。



「あぁ・・・もう」



「昔、ココで同じように泣いてたな」



 恭一郎がイタズラっぽく笑い出すと、幹久はボロボロと涙を流し始めた。


 嗚咽(おえつ)し始めると、背広の(そで)が段々と()れていく。



「何か仕事が難航してるのか?」



「違います・・・」



「また、世の中に取り残されてる気分なのか?」



「違いますっ!!」



 幹久は止めどなく流れる涙をぬぐいながら、大きく声を張り上げた。


 引きつって熱をもった(のど)にムチ打ち、うめき声のような声音で言葉を(つむ)ぐ。



「置いていこうとしてるのは・・・貴方じゃないですか」



「俺が・・・?」



「僕は、貴方に・・・死んで欲しくない・・・」



 幹久は懇願(こんがん)するように、恭一郎に向かってつぶやいた。


 あまりに悲痛な様子に、恭一郎は目を丸くする。



「頑張ったって・・・どんなに頑張ったって・・・無駄じゃないですか・・・」



「・・・・」



「東京に居ても、海外に居ても・・・あと・・・何回会えるんだろうって・・・気が気じゃないんですよ・・・」



「・・・そんな、もうすぐ死ぬ(ジイ)さんみたいに言うな」



「この一年で色んな国に行きましたけど、『死鬼喰(しきは)み』は、どこの国でも短命なんです・・・ニ、三十代の内に死ぬ人が、圧倒的に多いんですよ!!」



「・・・なら、お前は死ぬなと言われたら、死なないのか?」



 幹久は押し黙ると、より一層やるせない表情を浮かべた。


 うつむくと拳を握り、悔しそうに歯を食いしばる。



「命に限りがあるのは、俺もお前も同じだ。人だけじゃない・・・鳥も虫も植物も、皆、限りある命を(けず)りながら生きてる」



「分かってます・・・分かってますけど、お互いに喰らい合って命を削るなんて・・・悲しすぎるじゃありませんか」



 鋭い眼光を地面に向けながら、幹久は涙をにじませた。


 その瞳に、更に暗い影が差す。



「・・・幹久、好きな食べ物は何だ?」



「・・・え?」



 あまりに気の抜けた質問に、幹久は目を点にして顔を上げた。


 恭一郎の静かな笑みからは、何を思って問うたのか読み取る事が出来ない。


 幹久は不安げな顔で思案すると、つぶやくように答えた。



「えっと・・・炊きたての白米です・・・」



「その米を作ってる農夫は、限りある自分の命を、米を作る為に使っているんだぞ」



「――――」



「食べ物を作ってる連中だけじゃない。夢彦だって、自らの命を掛けて、小説を書いているじゃないか」



「そうですけど・・・でも」



「誰もが限りある命を、自分の為に、誰かの為に、生きる為に使っているんだ・・・互いに命を喰らい合ってるのは、俺と露光だけじゃない」



「・・・そんなの・・・ヘリクツじゃないですか」



「俺は自分の命を、今、お前の為に使ってるんだが?」



「・・・嫌味ですか?」



「まさか。お前の為に使って良いと思うから、わざわざ見送りに来てるんじゃないか」



「・・・文字通り、すごい殺し文句ですね」



 恭一郎は大きく溜息をつくと、駅の側にある林を指差した。


 幹久は、涙をぬぐうと、いぶかし気に視線を移す。



「よく見てろ」



 言うか否や、目の前の林の木々が色付き、赤と黄色に変色していく。


 葉がハラハラと落ちていくと、今度は何処からか雪が降ってきて、木々の(こずえ)に積もっていった。


 しかし、それもつかの間、降り積もった雪が溶けていき、今度は(つぼみ)が芽吹いて、桜が次々と咲き乱れる。


 散っていく桜の後には、新緑が青々と茂り、また色付いては散っていく。


 延々と続く四季の移ろいに、幹久は思わず立ち上がった。





 ――俺の故郷は、美しいであろう?





 幹久がハッとして振り返ると、鈍く光る長い錫杖(しゃくじょう)が視界に入った。


 仏僧姿の小童(こわらわ)が立っており、耳には蝉の(はね)()した耳飾りが揺れている。


 長い前髪で目元が隠れてしまっているが、口元がわずかにほころんでいた。


 初めて見るにも関わらず、幹久は(なつ)かしさと驚きに言葉を失う。





「あ・・・あぁ・・・」





 ――時間的に追い付けぬと思ってな、俺が見送りに来た





「いや・・・でも、僕に見えるはずが」





 ――幻影だ。『白蓮(びゃくれん)』の『瘴気』の耐性が強くとも、俺くらいの腕なら掛ける事が出来る




 ニヤリと不敵に笑うと、幹久は絶句して、その場にへたれ込んだ。


 『(うつろ)』は歩み寄ると、首をかしいで幹久に微笑み掛ける。





 ――俺たちの為に苦労してるお前に、少しでも何か返したいのだ





「・・・・」





 ――だが、あいにく・・・ねぎらいの言葉と幻影ぐらいしか、贈れるものがない






 幹久は目を見開いたまま、ためらいがちに手を伸ばした。


 そして、『虚』の肩を(つか)むと、更に驚愕の眼差しを向ける。


 頭の先から爪先まで観察するように見つめると、掴んだ手が震え出した。





「ウソ・・・(さわ)れる」





 ――触れてる気になってるだけだ





「幻術に掛かった感じって、こんなにリアルなんだ・・・」





 ――もうすぐ死ぬような『死鬼(しき)』は、触れた感覚まである幻術を使う事は出来ない





「――――」





 ――当分死なない。だから、もうしばらく・・・俺たちの為に頑張ってくれぬか?





「・・・・・・失礼します!」





 突如、幹久は『虚』に向かって手を伸ばした。


 『虚』の前髪を下から押し上げると、隠れていた目元がさらされる。





 ゴンッ・・・





 『虚』は、小さな拳を振り下ろし、綺麗に幹久の脳天に振り落とした。


 頭を抑える幹久に、『虚』は珍しく、しどろもどろとなる。





 ――す、すまん・・・・驚いて反射的に殴ってしまった





「夢じゃないって・・・よく分かりました」





 幹久は顔を揚げると、吹き出すように笑い出した。


 あまりにおかしくて声にならないらしく、腹を抱えて笑い出す。





 ――本当に、大丈夫か・・・?





御開帳(ごかいちょう)でも拝見した気分です」





 ――・・・は?





「あぁ、どうしよう・・・絶対に飛行機で眠れません!」





 ――・・・『白蓮』ですら、『隠世(かくりよ)』でこんな事はして来なかったぞ





「じゃあ、怒られると思って、我慢してたんでしょうね」





 おかしそうに笑う幹久に、『虚』は苦笑いを浮かべた。


 だが、何か吹っ切れた幹久の様子に、安堵(あんど)の溜息をつく。





 ――頑張れそうか?





「頑張らないワケにいかないでしょう?」





 幹久は、バツが悪そうに答えると、穏やかに微笑んだ。


 『虚』に手を差し出すと、『虚』は一瞬ためらうも、その小さな手で幹久の手をとる。


 キュッと握ってきた手に、幹久は控えめに握り返した。





「ずっと・・・心に描いてました」





 幹久の言葉に、『虚』は首をかしげた。


 幹久は照れるように笑うと、『虚』の手をジッと見つめる。






「『吉原奇譚』の世界が本当にあって、目に見えない者たちと、巡り会えたらイイのにって」





 ――・・・お前が、俺の周りで一番ブッ飛んでる





「こうして・・・貴方の手をとりたかった」





 幹久は、『虚』の手に額を当てると、祈るように黙り込んだ。


 そして、凛とした瞳で『虚』を見上げると、掴んだ手に力を込める。





「死ぬまで、お幸せに」





 列車の警笛が遠くから響くと、幹久は優雅に立ち上がった。


 手持ちカバンを拾い上げると、穏やかな笑みを『虚』に向ける。





「その幸せが長く続くように、僕は頑張ります」





 ――正月に、また来い





「―――」





 ――お前の驚いた顔を見ると、楽しいのでな






 悪童のような笑みを浮かべると、『虚』は錫杖を振り上げた。


 輪と輪がぶつかり合う音と共に、その姿が闇ににじんでいく。


 同時に、列車が幹久の目の前に止まり、その暗闇が室内の光で追いやられて行った。


 ざわりと退(しりぞ)いていく闇を、幹久は白昼夢に(とら)われたが如く見つめ続ける。





「あ・・・!」





 幹久は慌てて列車に飛び乗ると、扉の窓ガラスに張り付き、遠のくホームを目で追った。


 わずかな街灯に照らされた小さな駅は、再び伸びて来た闇に飲まれていく。


 夢心地に自分の手を見つめると、幹久は、ほのかに微笑を浮かべた。





『白蓮』、今の見てたかな・・・





 ――見てたよ。最高だった!





 あぁ、なんで認知出来ないんだろう・・・一緒に盛り上がれない





 ――たしかに





 楽しかったなぁ





 ――楽しかった





『白蓮』も同じ気持ちなら良いんだけど・・・





 ――オソロイ





 心の中でつぶやいていたにも関わらず、すぐ側に座っていた何人かの乗客が、幹久に顔を向けていた。


 奇異な目で見つめてくる彼らの様子から、声に出さずとも、興奮冷めやらぬ心情がにじみ出てしまったらしいと、幹久は苦笑いを浮かべる。



 学生時代に、同級生から向けられてたのと、同じ目だ。



 幹久が、そう思いながら彼らに視線を送ると、急に周囲の人々は、避けるように視線をそらす。


 幹久は、車窓から明かり一つない景色へと目を向けると、今にも百鬼夜行の出て来そうな暗闇に、穏やかな笑みを浮かべたのだった。

これにて『灰色帝都と紅い死鬼』は完結いたします。

こんな長い話に付き合って下さり、ありがとうございました。

歴女でもない自分では至らない所もあったかと思いますが、少しでも大正~昭和という時代を感じ取れれば幸いです。


しばらくは、ツイッターで次回作を構想しながら、キャラデザやらを考えていきたいと思っています。

それでは、また!


平田やすひろ https://twitter.com/_project98

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