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灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
媼主の速贄
150/153

-媼主の速贄- 40

 


 ―― 昭和二十一年  夏



 終戦から丸一年が経ち、じょじょにではあったが、日本は戦争からの復興へと向かっていた。


 恭一郎の故郷にも、出征地からの帰還者が少しずつ戻り、かつての賑わいを取り戻しつつある。


 その為、ギスギスしていた村の実質権力者である小鈴(こすず)も、やや穏やかな顔になったと、村人たちはウワサし合っていた。



「まったく・・・人を雷様(かみなりさま)みたいに、みんな言うのよ」



「小鈴さんが元気になられて、みんな嬉しいんだと思います」



「私は戦時中も、元気なつもりだったんだけどなぁ」



 ブツブツ言いながら、小鈴は露光(ろこう)の髪をクシでとかした。


 さらりとした触り心地に、小鈴は感嘆の溜息をつく。



「露光さんの髪、真っすぐでサラサラで(うらや)ましいなぁ」



「小鈴さんも綺麗に結い上げてて素敵ですよ」



「本当~!?もう旦那ですら()めてくれないから嬉しいな~」



 そう言いながら、小鈴は露光の長い髪を結い上げた。


 慣れた手さばきに、露光は鏡を見ながら目を見張る。



「すごい・・・こんな編み方、絶対出来ません」



「本当は美容師になりたかったのよね。でも、旦那に嫁に来てくれって土下座されて、地主の家に嫁いじゃった」



「地主のお嫁さんも、とても素敵だと思います。私も花嫁衣装(いしょう)とか、着てみたい・・・」



 夏の日差しを受けて青く輝く山々を、露光は遠い目で眺めた。


 (はかな)げな面持(おもも)ちの露光に、小鈴は両肩をポンと叩く。



(きょう)()ぃと?」



 露光は顔を真っ赤にすると、口元を抑えた。


 あまりに初々しい反応に、小鈴はしたり顔を浮かべる。



「あんなのでイイの?売れ残りだよ」



「う、売れ残りって・・・」



 するとそこに、くぐもったブレーキ音が庭先から響いて来た。


 二人が、そちらに顔を向けると、駐在(ちゅうざい)姿の斉藤が、爽やかな笑顔を向ける。


 斉藤は自転車のスタンドを立てると、小走りで掛け寄って来た。



「おはようございます!露光さん、今日の体調はいかがですか?」



「ありがとう。とても良いわ」



「あ、その髪、小鈴さんが結ったんですか?」



 小鈴が得意そうにふんぞり返ると、斉藤が目を輝かせて拍手をした。


 ()びるつもりもなく純粋に感心する様子に、小鈴は吹き出して困った笑みを浮かべる。



「斉藤さん・・・本気で感心しないでよぉ。わざとらしくふんぞり返ったのが、逆に恥ずかしいじゃない」



「いやいや、お見事です。俺なんか、手先が不器用すぎて、絶対無理ですよ」



 斉藤が小鈴を褒めちぎっていると、家の奥から静々と足音が聞こえて来た。


 縁側まで出ると、その髪が金糸のようにキラリときらめく。



「ロコー、カタヅケ、オワリマシタ」



「ありがとうございます、マリーさん」



 マリーと呼ばれた外国人は上品に微笑んだ。


 そして、斉藤に向かって軽く会釈をする。


 すると、斉藤はマリーの両手を取り、申し訳なさそうな顔をした。



「マリーさん・・・昨日の冷製スープ、本当に美味かったです!俺、アレがなかったら、一週間連続そうめんだけでした」



「ロコ―、セワのツイデ。モット、チャントシナサイ」



 苦笑いを浮かべる斉藤に、マリーは溜息をついた。


 しかし、斉藤はアッと何か思い出した顔をすると、自転車の荷台に戻る。



「これ、みんなで食べてくれって、恭一郎さんから」



 後ろの荷台にくくり付けたカゴから、斉藤は大振りのスイカを取り上げた。


 すると、斉藤の背後で、茂みがガサガサと突然動き出す。



「やった~!(きょう)おじさんのスイカだぁああ!!」



 大声と共に、茂みの葉が、爆破したように吹き飛んだ。


 そして、かやぶき色の髪を木の葉だらけにして、一人の青年が顔を出す。


 思いもしなかった場所から登場した人物に、斉藤は危うくスイカを取り落としそうになった。



「か・・・(かおる)くん!?・・・なんで、そんな所から」



「アリの観察してた」



 よく見ると、頬についているのは土ではなく、何かの画材の顔料であった。


 しかし、白いシャツとズボンは、泥遊びでもしたかのように汚れている。


 少年が、そのまま図体(ずうたい)がデカくなったようにしか見えないと、斉藤は密かに思った。



「ねぇねぇ!アリってスゴイんだよ!!自分よりずっと大きなエサをね」



「あぁ・・・えっと、長くなりそうだから、また今度でイイ?」



 斉藤のつれない態度に、(ほほ)(ふく)らませた薫であったが、手に持ったスイカに心奪われたのか、遠慮の欠片もなく目を輝かせた。


 マリーは、そんな様子の薫に(あき)れた眼差しを送り、部屋の奥へと(きびす)を返す。


 しかし、無言で立ち去ろうとするマリーに、薫は近所に響き渡るくらい、大きな声を張り上げた。



「マリー、一緒に食べようよ!!」



「ワタシ、シゴトでキテル。ナレアウ、ヨクナイ」



「この前、デイヴィットは食べてたよ。マリーも食べよ!」



 (ひたい)に手をやって、マリーが大仰(おおぎょう)に溜息をついた。


 そんなマリーに、露光が(ささや)くように声を上げる。



「マリー・・・今日は暑いから、体の為にも食べた方が良いわ」



「ロコ―、ワタシハ」



「マリーが倒れたら・・・私が、色々困るでしょ」



「・・・ワカリマシタ。シゴト、デスネ」



 マリーの顔色をうかがうと、小鈴は笑顔で斉藤からスイカを受け取り、台所へと引っ込んだ。


 そして、あっという間に切り分けて、お盆と皿に載せて来る。



「はぁ~い、どうぞ!」



「いっただきま~す!!」



 薫は、イの一番にスイカを手に取って、豪快にかぶりついた。


 斉藤とマリーも小鈴から受け取ると、宝石のようにきらめく実に、そっとかぶりつく。


 そして間髪入れず、二人は信じられないといった顔で、小鈴を凝視した。



「な、なんすか、このスイカ・・・」



「あれ、マズかった?」



「俺・・・塩もかけずに甘いと感じるスイカ・・・初めて食べました」



 驚愕の眼差しを向けられ、小鈴は吹き出すように笑いだした。


 斉藤は、マリーに同意を求めるように視線を向ける。



「恭兄ぃのスイカは品種改良してて、他所(よそ)より甘いのよ」



「いや・・・でも・・・・砂糖みたいに甘いですよ!?」



「こだわりの逸品だからね~。最近、幹久(みきひさ)さんに話付けてもらって、皇室にも納品してるのよ」



 斉藤の手が震えだし、どうしようという顔に変わった。


 完全にかしこまってしまった様子に、更に小鈴は腹を抱えて笑う。



「味、分かんなくなっちゃった?」



「いえ・・・こんな心境ですら、甘く感じる事に驚きです」



「じゃあ、恭兄ぃにも、そう言ってあげて」



 小鈴がニコニコ微笑んでいる横で、露光は小さく溜息をついた。


 それに気が付いたマリーが、心配そうにかがみこむ。



「ロコ―、ドウシマシタ?」



「あ、いえ・・・」



「オナカ、スキマシタカ?」



 その言葉に、斉藤と薫が素早く向き直った。


 一気に注目を受けて、露光はドギマギする。



「い、いえ・・・違います。あまりに甘いので、ビックリして・・・」



「ナラ、イイノデスガ」



 マリーは安堵(あんど)したように微笑むと、露光から視線を外した。


 ところが、小鈴は引っかかるものを感じたのか、露光をジッと見つめ続ける。


 あまりに凝視され、『死鬼喰(しきは)み』の事がバレるのではと、露光は手に汗をかいた。



「美味しいもんねぇ、スイカ」



「・・・はい」



「そりゃ、作った本人に感想を言いたいわよねぇ」



 スイカのように顔を真っ赤にした露光に、小鈴はニンマリと笑みを向けた。


 そして、縁側から雪駄(せった)()いて降りると、畑のある方へと歩き出す。



「あ、あの、小鈴さん!?」



「顔出しなさいって言ってくるわ」



「あ、あのっ・・・きっと忙しいですから」



「時間は作るものよ」



 颯爽と歩いていく後ろ姿が、どこか恭一郎と重なるものがあり、露光は(あきら)めるように見送った。


 そして、露光の心境が小鈴の読み通りだったらしいと気付いた三人も、呆然(ぼうぜん)として遠のく後ろ姿を見つめる。



「小鈴さんって、『鬼』が見えないのに鋭いですよね・・・」



(すず)()ぇは、僕の父さんに『鬼』の名付けをしてもらってるから、『瘴気(しょうき)』の耐性も強いし、敵に回すと厄介なんだよね」



「タカユキとカオルより、カンシイン、ムイテル」



 斉藤が苦々しく笑うと、マリーは不敵に笑った。


 そして薫は、他人事のように大笑いし始める。


 しかし、そんな三人に微笑を浮かべながらも、露光は物憂(ものう)げに瞳を潤ませたのであった。

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