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灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
媼主の速贄
149/153

-媼主の速贄- 39



 夏の深更(しんこう)――



 庭の手水鉢(ちょうずばち)は、月の影を(うつ)し、青白く輝いている。


 その青白さよりも一層白い影が、縁側にゆったりと座っていた。


 尖った獣の耳は、空に向かってピンと立ち、時々楽し気にピクリと動く。



「それは大変であるなぁ、『(うつろ)』」



「・・・まったく、これほど自分が、思い通りにならないと思わなかった」



「今に始まった事では無いではないか」



「それにしたって、露光(ろこう)が気の毒すぎるわ!!」



 苛立(いらだ)たし気な鋭い瞳が、月の光を受けて揺らめいた。


 あまりの立腹ぶりに、『(そばえ)』は、くつくつと笑う。



「それで今日は、恭一郎の姿でいるのか」



「露光と一緒にいる時は、いつも肉体の姿で会っとる」



 そう言うと、『虚』は(ひざ)の上にいる『露光』をギュッと抱き締めた。


 『露光』は(ほほ)を赤らめると、『虚』にもたれかかる。



「あぁ、小童(こわらわ)では腕も回せぬからのぅ」



「デカすぎて、逆に『露光』が子供みたいだがな・・・」



「でも、私もコチラの方が、恭一郎と話してる気がして良いと思うぞ」



「お前は迂闊(うかつ)だから、俺と恭一郎を間違えそうだ」



 『戯』と『虚』の掛け合いに、『露光』はクスリと笑った。


 そんな『露光』の清水のように流れる髪に、『虚』は頬をすり寄せる。


 すると、ますます頬を赤らめて、『露光』は熱っぽい眼差しで『虚』に寄り添った。



「しかしなぁ、『虚』と記憶が共有できぬと言っても、恭一郎も、露光殿をなんとも思ってないとは思えんのだが」



「理性が邪魔しておるのだ・・・お前のように、吹けば飛ん行ってしまう、理性とは違う」



「そんな・・・人を甲斐性なしみたいに言う事もなかろう」



「よく言う・・・(かおる)身籠(みごも)ったから結婚に踏み切ったクセに」



「アヤメさんを愛さずにはいられなかった故に、順番が逆になったのだ」



「それを、甲斐性なしと言うんだ!!」



 『戯』が開き直って笑い出すと、『虚』は(あき)れた顔で苦々しい顔をした。


 すると、『露光』が急にハッとした顔をして、不安げに『虚』を見上げる。



「どうした、『露光』」



飢餓(きが)状態になりそう・・・」



 『戯』が緊張した面持(おもも)ちで『露光』を見やると、『露光』は悲哀のこもった目でうつむいた。


 自分の体を抱き締めるように『露光』が縮こまると、『虚』は『露光』の肩を強く抱き締める。



「恭一郎の元に行こう」



「・・・はい」



 『虚』は、仏僧姿の小童の姿になり、縁側からスッと立ち上がった。


 『露光』も薄緑色の燐光(りんこう)となって、ふわりとその肩に乗る。



「『虚』。そろそろ私も、お(いとま)する。仕事のネタ探しに行かねば」



「『隠世(かくりよ)』に行くのか?」



「うむ、ケンさんと水谷殿が、風俗雑誌を出さないかと誘って来たのでな」



「『吉原(よしわら)奇譚(きたん)』の続編を書くのか」



「あぁ、夢彦が何でもかんでも暴露してしまうのでな。下手な出版社に出さないようにして、検閲(けんえつ)するのだそうだ」



 『戯』が苦笑いを浮かべると、『虚』は吹き出すように笑った。


 『露光』も、銅製の風鈴のような音を楽し気に響かせる。




「ココに来ても、夢彦は面会出来ないらしいのでな。千葉に帰ったら、作品を見せに行くぞ」




 『戯』は、着物の(すそ)をひるがえすと、白狐の姿へと変わり、月の光の下に躍り出た。


 すると、絹糸のような毛並みが、青白い月光に妖しく輝く。


 そして、白銀の姿態(したい)が跳躍すると、水琴鈴(すいきんれい)の音は、夏の夜空を(あで)やかに(いろど)ったのであった。

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