表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
媼主の速贄
148/153

-媼主の速贄- 38

 小さな中庭に、夏の日差しを受けて、手水鉢(ちょうずばち)の水面がキラキラと輝いている。


 木漏れ日が、周りの黒い玉石の暗さを際立たせ、真夏の昼間だというのに涼やかであった。


 そんな(おもむき)のある庭を、露光(ろこう)は縁側に座って眺めていた。


 水の揺らぎが、つぶらな瞳を瑞々(みずみず)しく照らし、色白な肌を幻想的に(いろど)る。



「露光」



 露光は振り返り、閉じられた(ふすま)に目を向けた。


 聞きなれた声に、口元をほころばせて返事をすると、ゆっくりと襖が開く。


 すると、廊下に正座した恭一郎と幹久(みきひさ)、そして、斉藤が顔をのぞかせた。


 恭一郎以外にも人がいた事に、露光は密かに驚く。



「二人を覚えてるか?」



「えぇ・・・あの時の警察の方」



 恭一郎は先に室内に入ると、露光に手を貸して、縁側から部屋の中へといざなった。


 恭一郎に支えられながら座ると、露光は不安げな顔で、幹久と斉藤を見つめる。


 二人は部屋に入って正座すると、露光に向かって頭を下げた。



陰陽寮(おんみょうりょう)、寮長代理に就任いたしました―――宝条(ほうじょう)幹久と申します」



「ほ、補佐官の・・・さ、斉藤貴之(たかゆき)と申します」



 露光が暗い瞳を向けると、斉藤は口元を引きつらせた。


 そんな斉藤を、幹久は(ひじ)で小突く。



「す、すみません・・・緊張してまして」



「いえ・・・私の方こそ・・・あの時は、申し訳ありませんでした」



「え・・・いや・・・」



「・・・私が・・・・怖いでしょ?」



 つぶらな瞳が不安に満ち満ちた様子で、ジッと斉藤を見つめて来た。


 今にも泣きそうな様子に、斉藤は慌てふためく。



「・・・あの、違うんです!・・・俺、こういうかしこまった場が、本当に苦手なんですよっ!」



「・・・・私は・・・・貴方を食べたくて仕方なかったわ」



「―――」



「正直に言って・・・私も、自分が怖い」



 露光の瞳が、今にも涙がこぼれそうなほど潤んだ。


 その恐怖と真剣さに、斉藤は居住まいを正す。



「怖いです・・・でも、そう思わない奴に、ヒドい目に合わせられて来たんですよね?」



「―――」



「『死鬼喰(しきは)み』を、畏怖(いふ)の念を持って(とうと)(たてまつ)るのが、日本古来の姿だったと聞いています。それに準じて貴女を保護するのが、俺の仕事ですから」



 露光が目を丸くして見つめると、斉藤は苦笑いを浮かべた。


 急に照れ臭くなったのか、目を泳がす。



「あ、あの・・・本当に、これ以上かしこまった雰囲気になると、どもるんで・・・勘弁して下さい・・・」



 露光が微笑を浮かべると、斉藤は顔を真っ赤にした。


 その横で、幹久が溜息交じりに笑う。



「なので、僕の方から状況報告させていただきます。恭一郎さんも、宜しいですか?」



「あまり、博識をひけらかす内容でなければ」



 含み笑いを恭一郎が浮かべると、幹久が苦笑いを浮かべた。


 どこか(なご)んだ雰囲気に、露光と斉藤も殺伐(さつばつ)とした空気を一新させられる。



「まず、一番懸念していた、『死鬼喰み』の身柄を米国に引き渡す話は、回避されました」



「・・・すごいな・・・無理だと思って覚悟してたのに」



「もちろん、色々条件が課せられていて、恭一郎さんたちの行動には、大きく制限がかかります」



「だろうな」



「GHQの監視員が常に側にいる事になりますし、海外への渡航が一切禁止されます」



 恭一郎が神妙な顔でうなずくと、露光も不安げにうなずいた。


 二人の顔色に、幹久は控えめに微笑む。



「ただ、向こうに好き勝手されるのも困りますから、日本側からも監視員を付けます」



 幹久は、掌を上に向けて斉藤を指し示めした。


 その動作に、斉藤は改めて身を正す。



「監視員は、二人付けることになっていて―――一 一人はコチラの斉藤が請け負います。もう一人は、まだ交渉中です」



 斉藤は軽く会釈すると、やる気満々といった顔で笑った。


 若々しい印象が強まり、きりりと清々しいと、恭一郎は思う。



「僕もですが、彼は『鬼』を認知できません。幻術にも掛かりやすいですし」



「宝条さん・・・水を差さないで下さいよ」



「もちろん、対策しておきます・・・・死ぬ気で」



 死ぬ気という一言に、斉藤の笑みが、若干歪んだ。


 まるで、陸軍の鬼教官に(にら)まれた新人のようだと、恭一郎は密かに同情する。


 そんな恭一郎の心境を知ってか知らずか、幹久が涼やかに微笑んだ。




「大丈夫です。露光さんと一緒に千葉に帰るまでには、仕上げておきますから」




 鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、恭一郎は、幹久を見返した。


 あまりに驚いた様子に、幹久は、きょとんとした顔を向ける。



「あれ・・・お二人は、そういう関係ではないのですか?」



「え・・・いや・・・」



 恭一郎が露光に視線を向けると、露光が期待の眼差しで見つめ返してきた。


 変な汗がにじんで来て、恭一郎は思わず身を引き、幹久に視線を戻す。



「その・・・帰れると、思ってなかった」



「あ、言い忘れました。東京は立ち入り禁止区域となります。他県にもいくつか立ち入れない場所がありますが、恭一郎さんのご実家は、対象区域でなかったものですから」



「・・・そうか」



「もしかして、露光さんの身の回りの世話の事が気がかりでしょうか?」



「・・・あ、あぁ」



東雲(しののめ)さんを()かせたいとは思っているのですが、前任の寮長だった『裏御前(うらごぜん)』に近過ぎる立場という事で難航してまして・・・GHQ側で、看護婦を監視員に付けるという案が出ていますが」



 微妙な顔をする恭一郎に、幹久は首をかしげた。


 すると横から、斉藤が幹久の(そで)を引っ張る。



「宝条さん、いきなり監視付きで帰れなんて言われたら、誰だって微妙な気分になりますよ」



「あぁ・・・そうか」



「しかも、僕たちと違って、二人は『鬼』が見えるんですよ。幽霊みたいに、普通は見えないものに見られる生活が待っいて、いい気分なワケないじゃないですか」



 幹久にうかがうような視線を向けられ、恭一郎は苦笑いを浮かべた。


 同じように見てくる露光の不安げな様子に、小さく溜息をつく。



「監視員の事は、当然の対応だし・・・今も、監視されてるだろ」



「あ・・・はい」



「そこまで気にならない・・・ただ」



「ただ?」



「頭では分かってても・・・色々と、気持ちが追い付いてない」



 恭一郎が(ひざ)に乗せた手を握り締めると、露光は恭一郎の手に、自分の手を添えた。


 だが、恭一郎がビクッと打ち震えた為、思わず手を放す。



「色々と手をまわしてくれて感謝もしてるし、露光の事も守ってやらないと、とは思ってる・・・でも」



 恭一郎は、(ひたい)に手を当てて、気まずそうに露光を見やった。


 困惑した様子に、三人は相槌(あいづち)も打てず、沈黙する。



「露光の方が、ずっと若い・・・・会って、間もないのに・・・」



「恭一郎・・・?」



「悪い・・・『(うつろ)』と同じ気持ちで、露光を見ることが出来ない」



 恭一郎が黙り込んで視線をそらすと、露光は沈んだ顔でうつむいた。


 二人の間に流れる重い空気に、斉藤が明らかに戸惑う。


 幹久も、思いもしなかった恭一郎の心境に、小さく(うな)った。


 すると、露光の口から、小さい声でありながら、芯の通った声がこぼれ落ちる。






「・・・待ってる」






 つぶらな瞳が細くなり、(つや)やかな唇が控えめにほころんだ。


 どこか甘やかな雰囲気に、恭一郎は息を呑む。




「貴方が・・・いえ、『虚』も私を待ってくれたから・・・・今度は、私が待つわ」




 恭一郎は両手で顔を抑えると、座ったままうずくまった。


 小さくうめく恭一郎に、露光が慌てて背中に手を添える。



「だ・・・大丈夫?」



「アイツから・・・言い寄ったのか・・・」



 苦悶した声を上げる恭一郎を、斉藤が気の毒そうな目で見つめた。


 そんな斉藤の背中を、幹久は眉間にシワを寄せ、けん制するように軽く叩く。



「斉藤君、ちゃんとして・・・」



「いや、だって・・・『鬼』を認知できるって、すごく大変そうじゃないですか」



「東雲さんも言ってただろ・・・・色々と面倒な事が起きやすいって」



「そうですけど・・・これって、最たるモノじゃないですか?」



 さすがの幹久も、どうにも手立てが浮かばず、苦笑いを浮かべた。


 顔を上げられない恭一郎の横で、露光は人差し指を立てて口元に添える。


 下手に(なぐさ)めるのも傷をえぐりそうだと判断し、後日出直しますと一言告げ、幹久と斉藤は部屋を後にしたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ