-媼主の速贄- 37
曼殊沙華の咲き乱れる参道が、何処までも続いている。
淀んだ風が静かに吹き、どこからか獣の咆哮が聞こえて来た。
しかし、そんな事は気にも留めず、濃いグレーのコートを風になびかせ、犬飼は悠然と歩く。
「よっ!帰ったのか?」
参道脇の茂みに向かって、犬飼は歩きながら手を振った。
なにやら人の形をした茫洋とした影が、見送るように手を振り返す。
そんなやり取りをしながら、犬飼は『隠世』の奥へ奥へと進んで行った。
すると、脚の多い鳥、角の生えた人の子、尾が無数にある獣など、姿形が様々な『鬼』たちが茂みの中から現れ、犬飼の後ろに付いて行く。
それは次第に大きな行列のようになり、歌うモノもあれば、舞い踊るモノ、三味線や笛を奏でるモノなどが出始める。
それにつられて、禍々しい咆哮を上げる何者かが、ニンマリと口元を吊り上げて、一人、二人と行列に交じった。
歌うように唸ると、それに合わせて、また誰かが音を合わせる。
誰が始めたとも分からないドンチャン騒ぎが、犬飼の後ろで次第に大きくなっていった。
「相変わらず、すごい行列ですね」
不意に涼やかな声を掛けられ、犬飼は視線を横に向けた。
見ると、いつの間にか黒い狩衣をひるがえした男が、横に並んでいる。
陶磁器のように白い肌に、青い瞳が宝石のようにきらめき、色を抜いたような白い髪が淀んだ風に揺れていた。
犬飼は口元を吊り上げると、蠱惑的な眼差しを向ける。
「これはこれは、『白蓮』様」
「その言い方・・・やめて下さい」
「イイだろ。そう呼ばれる立場になったんじゃねぇか」
「表向きの話です。あくまで、犬飼さんの代理ですから」
「だから・・・俺は、『裏御前』の後釜なんてしないって言ってるだろ」
「あいにく、もう陛下にもGHQにも報告してあります」
「はぁ!?何、勝手な事してんだよ!!」
「適任者が、他にいないんです」
「東雲なんか、前任者に近かったんだから、色々分かってるだろ」
「『鬼喰らい』は就かせるなと、無茶な要求をGHQからされてるんですよ」
「水谷は?」
「水谷さんの性格だと、この手の役職は、向かないと思いませんか?」
犬飼は、ぐうの音も出ないと押し黙った。
的確過ぎる判断に、反論も出来ない。
「で・・・・俺に何しろってんだよ。お偉いさんと会談か?」
「顔出しは不要です。向こうも『縁』が繋がると、防衛の面で困りますから」
「あっそ・・・」
「なので、今まで通りに過ごしていただければ結構です。公的な手続きや交渉は、すべて僕が請け負いますので」
「要は、名義貸しって事か?」
「いえ、今まで通りに過ごしていただければ、自然と仕事が済んでる状態になるので」
「・・・話が分からねぇよ」
「こうして気分任せに『現世』と『隠世』をうろついて、色んな方々と交友を深めていただければ良いという事です。根掘り葉掘り、興味の赴くままに色々調べ上げて、僕に暴露して下さい」
「節操無しみたいな言い方するなよ・・・」
その一言に、『白蓮』は、犬飼の胸ポケットを指さした。
青灰色の羽が一枚入っており、淀んだ風にわずかに揺れている。
犬飼は、げんなりした顔で溜息をつくと、『白蓮』の目の前に羽を差し出した。
「・・・『青蘭』に返しといてくんない?いくら置いて来ても戻ってくんだよ」
「だから、『青蘭』に会わないようにと言ったじゃないですか」
「アイツが勝手に付きまとって来たんだよ!しかも、現在進行形だ!!」
「そうだとしても、優しくしないよう・・・忠告しましたよね?」
「~~~~~~っ」
頭を抱える犬飼に、『白蓮』は大きく溜息をついた。
中天を見上げてブツブツと独り言を言いだした犬飼に、冷たい眼差しを向ける。
「『青蘭』は、犬飼さんのような方に優しくされると、落ちるんです」
「つぅーか、ぶっちゃけ・・・・何が地雷だったのか分からねぇんだよ」
「ハッキリ言って、その気もないのに色仕掛けしてくる夢彦さんよりヒドいですよ」
『白蓮』は後ろを振り返り、どんちゃん騒ぎをしている百鬼夜行に目を向けた。
犬飼も、つられるように後ろを振り向く。
「まぁ・・・それ故に、これだけの『鬼』に好かれてるんでしょうが」
『白蓮』は、涼やかに笑うと、犬飼から羽を奪い取って、くるりと指先で回した。
そのどこか上から目線な様子に、犬飼は不機嫌な顔で黙り込む。
「『青蘭』の事は、僕の方で慰めておきますね」
「・・・それは、どうも」
「僕は貴方の代理ですから、寮長として何か御要望があれば、なんなりと言って下さい。出来れば・・・こういう仕事じゃないモノを」
そう言うと、『白蓮』は、百鬼夜行から退いた。
曼殊沙華の群生に入っていくと、常闇の森の闇にまぎれる。
「頼りになるねぇ・・・」
犬飼は、ぼそりとつぶやくと、何処か楽し気に苦笑いを浮かべた。
そして、宴もたけなわな『鬼』たちを引き連れながら、淀んだ風にコートの裾をなびかせる。
まるで祝い事のような賑わいに呼応するように、常闇の森は、大きくさざめくのだった。




