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灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
媼主の速贄
147/153

-媼主の速贄- 37

 曼殊沙華(まんじゅしゃげ)の咲き乱れる参道が、何処までも続いている。


 (よど)んだ風が静かに吹き、どこからか獣の咆哮(ほうこう)が聞こえて来た。


 しかし、そんな事は気にも留めず、濃いグレーのコートを風になびかせ、犬飼(いぬかい)は悠然と歩く。




「よっ!帰ったのか?」




 参道脇の茂みに向かって、犬飼は歩きながら手を振った。


 なにやら人の形をした茫洋(ぼうよう)とした影が、見送るように手を振り返す。


 そんなやり取りをしながら、犬飼は『隠世(かくりよ)』の奥へ奥へと進んで行った。


 すると、脚の多い鳥、角の生えた人の子、尾が無数にある獣など、姿形が様々な『鬼』たちが茂みの中から現れ、犬飼の後ろに付いて行く。


 それは次第に大きな行列のようになり、歌うモノもあれば、舞い踊るモノ、三味線や笛を奏でるモノなどが出始める。


 それにつられて、禍々しい咆哮を上げる何者かが、ニンマリと口元を吊り上げて、一人、二人と行列に交じった。


 歌うように(うな)ると、それに合わせて、また誰かが音を合わせる。


 誰が始めたとも分からないドンチャン騒ぎが、犬飼の後ろで次第に大きくなっていった。




「相変わらず、すごい行列ですね」




 不意に涼やかな声を掛けられ、犬飼は視線を横に向けた。


 見ると、いつの間にか黒い狩衣(かりぎぬ)をひるがえした男が、横に並んでいる。


 陶磁器のように白い肌に、青い瞳が宝石のようにきらめき、色を抜いたような白い髪が淀んだ風に揺れていた。


 犬飼は口元を吊り上げると、蠱惑(こわく)的な眼差しを向ける。



「これはこれは、『白蓮(びゃくれん)』様」



「その言い方・・・やめて下さい」



「イイだろ。そう呼ばれる立場になったんじゃねぇか」



「表向きの話です。あくまで、犬飼さんの代理ですから」



「だから・・・俺は、『裏御前(うらごぜん)』の後釜(あとがま)なんてしないって言ってるだろ」



「あいにく、もう陛下にもGHQにも報告してあります」



「はぁ!?何、勝手な事してんだよ!!」



「適任者が、他にいないんです」



東雲(しののめ)なんか、前任者に近かったんだから、色々分かってるだろ」



「『鬼喰(おにぐ)らい』は()かせるなと、無茶な要求をGHQからされてるんですよ」



「水谷は?」



「水谷さんの性格だと、この手の役職は、向かないと思いませんか?」



 犬飼は、ぐうの音も出ないと押し黙った。


 的確過ぎる判断に、反論も出来ない。



「で・・・・俺に何しろってんだよ。お偉いさんと会談か?」



「顔出しは不要です。向こうも『(えにし)』が繋がると、防衛の面で困りますから」



「あっそ・・・」



「なので、今まで通りに過ごしていただければ結構です。公的な手続きや交渉は、すべて僕が請け負いますので」



「要は、名義貸しって事か?」



「いえ、今まで通りに過ごしていただければ、自然と仕事が済んでる状態になるので」



「・・・話が分からねぇよ」



「こうして気分任せに『現世(うつしよ)』と『隠世』をうろついて、色んな方々と交友を深めていただければ良いという事です。根掘り葉掘り、興味の(おもむ)くままに色々調べ上げて、僕に暴露して下さい」



「節操無しみたいな言い方するなよ・・・」



 その一言に、『白蓮』は、犬飼の胸ポケットを指さした。


 青灰色(せいかいしょく)の羽が一枚入っており、淀んだ風にわずかに揺れている。


 犬飼は、げんなりした顔で溜息をつくと、『白蓮』の目の前に羽を差し出した。



「・・・『青蘭(せいらん)』に返しといてくんない?いくら置いて来ても戻ってくんだよ」



「だから、『青蘭』に会わないようにと言ったじゃないですか」



「アイツが勝手に付きまとって来たんだよ!しかも、現在進行形だ!!」



「そうだとしても、優しくしないよう・・・忠告しましたよね?」



「~~~~~~っ」



 頭を抱える犬飼に、『白蓮』は大きく溜息をついた。


 中天(ちゅうてん)を見上げてブツブツと独り言を言いだした犬飼に、冷たい眼差しを向ける。



「『青蘭』は、犬飼さんのような方に優しくされると、落ちるんです」



「つぅーか、ぶっちゃけ・・・・何が地雷だったのか分からねぇんだよ」



「ハッキリ言って、その気もないのに色仕掛けしてくる夢彦さんよりヒドいですよ」



 『白蓮』は後ろを振り返り、どんちゃん騒ぎをしている百鬼夜行に目を向けた。


 犬飼も、つられるように後ろを振り向く。




「まぁ・・・それ故に、これだけの『鬼』に好かれてるんでしょうが」




 『白蓮』は、涼やかに笑うと、犬飼から羽を奪い取って、くるりと指先で回した。


 そのどこか上から目線な様子に、犬飼は不機嫌な顔で黙り込む。



「『青蘭』の事は、僕の方で慰めておきますね」



「・・・それは、どうも」



「僕は貴方の代理ですから、寮長(りょうちょう)として何か御要望があれば、なんなりと言って下さい。出来れば・・・こういう仕事じゃないモノを」



 そう言うと、『白蓮』は、百鬼夜行から退(しりぞ)いた。


 曼殊沙華の群生に入っていくと、常闇(とこやみ)の森の闇にまぎれる。




「頼りになるねぇ・・・」




 犬飼は、ぼそりとつぶやくと、何処か楽し気に苦笑いを浮かべた。


 そして、(えん)もたけなわな『鬼』たちを引き連れながら、淀んだ風にコートの(すそ)をなびかせる。


 まるで祝い事のような賑わいに呼応するように、常闇の森は、大きくさざめくのだった。

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