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灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
媼主の速贄
146/153

-媼主の速贄- 36

 真っ白な天井に、真っ白な壁―――



 もはや、馴染み過ぎて、うんざりする室内に、水谷は横たわっていた。


 頭には何重にも包帯が巻き付いており、右の側頭部だけが、わずかに盛り上がっている。


 首を右に倒したくても邪魔になり、左ばかり向けてるせいか、首が疲れていた。


 ただ、視線の先にいる東雲(しののめ)の穏やかな笑みを見るには丁度良いと、水谷は密かに思う。



「怪我の方は、まだ痛みますか?」



「大丈夫、明日には抜糸するよ」



「安心いたしました・・・帰って来て血まみれの着物を見た時は、生きた心地が致しませんでした」



 東雲が深い溜息をつくと、水谷はクスクスと笑い出した。


 そんな水谷に、東雲は非難の視線を送る。




「そう怒らないでよ。『シキ』に怖がられちゃうよ?」




 水谷の左脇で寝そべっていた『シキ』が、ビクッと顔を上げる。


 申し訳なさそうに見つめる『シキ』に、東雲は困ったような笑みを浮かべた。



「まぁ・・・圭吾(けいご)さんが『裏御前(うらごぜん)』に殺されかけたよりは、マシでございますね」



「そうそう。無事だったんだからイイじゃない」



「圭吾さん・・・ワタクシは、圭吾さんを怒っているのでございますが」



「アレ、そうなの?」



「・・・白々しい」



 溜息をつく東雲に、水谷は声を上げて笑った。


 しかし、急に静かに微笑むと、自分の手元をジッと見つめる。




「今日・・・生まれて初めて、夢を見たよ」




 水谷が、細い目を更に細めて微笑み掛けると、東雲は驚きの眼差しで見つめ返した。




「最初、『隠世(かくりよ)』に来てすぐに・・・誰かに幻術でも掛けられたのかと思って、(あせ)った」



「どんな夢だったのでございますか?」



散華(さんげ)さんの家の桜の下でね、お花見をしたんだ」



「――――」



「姐さんが重箱に御馳走(ごちそう)を作って来て、師匠が大量のお酒を抱えて・・・(うたげ)を開くぞ~!って」



「まぁ」



「そしたら、散華さんが、静かに桜を()でられないのか~!って師匠と大喧嘩して・・・ボクと(ねえ)さんで、一生懸命止めた」



兄様(あにさま)なら、絶対そのようにおっしゃいますね」



「でも、姐さんの御馳走がもったいないってなって。散華さんが、結局折れるんだ~」



 その有様が目に浮かぶのか、東雲は珍しく、声を上げて笑い出した。


 つられるように、水谷もケタケタ笑い出す。



「楽しかった~・・・『隠世』に行かなかっただけでも、気分良いのにさ」



「それだけ、『瘴気(しょうき)』が弱まっていたのでしょう。体調の回復が早いのも、その影響でございますね」



「・・・『隠世』に行かなくて済むけど、逆に必要になった時に行けないな・・・」



「必要になっても、行ってはなりません。本来、自ら行く所ではありませんし」



「そうだった。生まれてこの方、毎日行ってるから、行かないって考えがなかったよ」



「そう言えば・・・犬飼(いぬかい)様は、相変わらず行ってらっしゃるのでしょうか?」



「行ってるんじゃない?ボクの事がなくても、彼は向こうに用事が多いから」



 水谷は窓の方へ視線を移すと、どこともなく遠くを見つめた。


 まばゆい屋外は、まだ夏の香りを残しており、鋭い光が、影という影を容赦(ようしゃ)なく消している。


 そんな目のくらむ世界を見つめ、水谷はほのかに笑うのだった。

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