表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
媼主の速贄
137/153

-媼主の速贄- 27

 こぼれ落ちて来そうな星空の下、一本の桜の古木が、小高い丘の上に立っていた。

 

 重なり合う(こずえ)には、新緑が(おお)い茂り、隠れるように咲き残った花が、根元の人影を不安そうに見下ろしている。

 

 葉擦(はず)れのささめきが静かに聞こえる中、脇腹を抑えてうずくまる犬飼に、『青蘭(せいらん)』は血の気の引いた顔を向けた。



「犬飼・・・」



「心配すんな・・・こんな・・・・・・好条件・・・もう二度とない」



「何言ってんのよ!もろに『瘴気(しょうき)』を魂魄にくらったのよ!!」



 『青蘭』が、犬飼の手を無理矢理払いのけると、血濡れたシャツから、ドス黒い(かすみ)が立ち上っていた。


 明らかに『瘴気』に侵されている様子に、青蘭は一層、顔を青くする。



「『鬼』が『瘴気』に侵されるのとは全然違うの!『鬼』は自分の『瘴気』で魂魄を包んでいるから、相当な怪我を負わない限り寿命は減らないけど、魂魄のアンタは、『瘴気』の影響が寿命に直結するのよ!?」



「大丈夫、大丈夫・・・・俺、百歳まで生きる気満々だから・・・」



「アンタ、バカじゃないの!?」



「ホントだ。今まで気が付かなかったわ」



 おかしそうに笑う犬飼を、『青蘭』は胸倉を掴んで、桜の幹に抑えつけた。


 怒りに満ち満ちた瞳が、涙目になっている。


 そんな『青蘭』に、犬飼はヘラヘラと笑い出した。



「また泣く気か?」



「・・・っ・・・・!」



「・・・いや、マジで泣くなっ・・・・・・今、必死に(あば)いてんだからよ」



 『青蘭』は、怪訝(けげん)な顔を犬飼に向けた。


 そんな『青蘭』に、犬飼は、いつもの軽薄な笑みを浮かべる。



「『裏御前(うらごぜん)』の本名だ。名前を暴けば、あのクソババアに『瘴気』をブチ込みやすくなるだろ」



「暴くって・・・どうやって」



「良く分かんねぇけど・・・俺は、『瘴気』から相手の名前が読み取れんだよ」



 驚きのあまり、『青蘭』は目をしばたかせた。


 犬飼は不敵に笑って見せるも、苦痛に顔を歪ませる。



「だ・・・だいじょうぶ!?」



「うるせぇっ・・・しばらく黙ってろ」



 目を見開いて地面を凝視する犬飼を、『青蘭』は、固唾(かたず)を呑んで見守った。


 長い沈黙に、自然と息が上がる。


 そんな『青蘭』を尻目に、犬飼は水の底を探るかのように、瞳をせわしなく動かした。




「・・・・っい・・・・・・・」




 犬飼が、苦痛に思わず声を上げると、傷口の黒い霞が、更に立ち込める。


 (ひたい)に脂汗が浮かび、ビキビキと嫌な音を立てて血管が浮き上がった。


 血走る瞳から、今にも血の涙が流れそうである。


 目に見えて危険な様子に、『青蘭』は、再び犬飼の傷口に手を伸ばした。




「・・・おいッ!」



「『瘴気』が多すぎるのよ!減らすから待って!!」




 犬飼のシャツをたくし上げると、ドス黒い霞が煙のように立ち込めた。


 あまりの『瘴気』の威力に、『青蘭』は顔をしかめる。




「だがよ・・・こんな形のない奴・・・・・・どうやって」



「形が一定じゃないものは、移すしかないのよ」




 そう言うと突然、『青蘭』は傷口に喰らいついた。


 大型の獣に噛まれたような強烈な痛みに、犬飼は絶叫する。


 どうにか引きはがそうと、『青蘭』の一つにまとめた髪を容赦(ようしゃ)なく引っ張ると、さらに強く噛みつかれ、激烈な痛みに襲われた。




「痛ぇ!!!マジで痛ぇ!!!」



「・・・・んっ・・・・っ・・・・・・」



「離せっ!!・・・死ぬほど痛てぇ!!本気で痛ぇ!!!」




 『青蘭』が、ようやく口を離して後ろに倒れ込むと、犬飼は桜の幹にもたれかかった。


 息を切らして傷口に手をやると、あったはずの傷口が無くなっている。


 全身の気だるさが抜けていくのに気が付き、飛び上がるように身を起こした。




「・・・・あぁ・・・・はあぁっ・・・・・・・・」




 仰向けに倒れた『青蘭』は、体を細かく震わせ、時折、ビクッと大きく痙攣(けいれん)した。


 手先や首元に青アザが広がっていき、血の気がじょじょに失われていく。


 ぐったりと力なく横たわる『青蘭』に、犬飼は()うように近寄った。




「バカッ!!お前、全部持ってっただろ!!」




 『青蘭』は、眉根を寄せて、うっすらと目を開けた。


 そして、口元をわずかに吊り上げ、引きつった笑みを浮かべる。



「・・・言ったでしょ・・・・『鬼』と・・・魂魄本体は違うのよ・・・」



「――――」



「『鬼』は、自分の『瘴気』で、他人の『瘴気』を抑え込めるの・・・・(あらが)う力のない魂魄じゃ・・・・絶対、無理・・・」



「だからって、全部持って行くことねぇだろ!!」



「アンタ・・・・『虚』に取り()いた『瘴気』・・・・払ってやったんでしょ?」



「・・・あ、あぁ・・・」



「その割に・・・『瘴気』の払い方、よく分かってなかった・・・その、名前を暴く方法・・・・・・使ったんでしょ?」



「――――」



「なら・・・・無理にアンタが取り憑かれてなくても・・・・出来るんじゃない」



 『青蘭』は、 射籠手(いごて)の結び目を解き、襟元(えりもと)に手を掛けると、大きく首元をくつろげた。


 (まだら)に青アザが広がった胸元があらわになり、犬飼は(きょ)をつかれる。


 犬飼の視線を避けるように、『青蘭』は顔をそむけた。



「は、早く終わらせなさいよ・・・(みにく)い肌になってるだろうけど・・・恥ずかしいのよ」



 閉じた目に涙が伝って行くのを、犬飼は苦々しく見つめた。


 ためらいがちに着物の襟を掴むと、腹の辺りまで一気に広げる。


 小さく悲鳴を上げた『青蘭』の顔が、耳まで真っ赤に染まっていった。




「悪ぃ・・・」




 犬飼は、みぞおち辺りの一番ドス黒く変色した所に手を触れた。


 痛みなのか、触れられて驚いたのか、『青蘭』はビクンと体を震わせる。


 そして、恥ずかしさに耐え切れず、腕を使って、顔を覆い隠した。




「違う・・・ココじゃない」




 犬飼の言葉に嫌な予感を感じ、『青蘭』は、思わず足を閉じた。


 恐怖と内から湧いてくる痛みに歯を食いしばると、体が自然と細かく震え出す。


 すると、不意に腕を掴まれ、『青蘭』は顔をさらされた。




「コッチを向いて、目を開けろ」




 『青蘭』が、うっすらと目を開けると、目の前に鬼気迫った表情の犬飼が、ジッと自分を見つめていた。


 獲物を狩るような眼差しに、より一層恐怖が(つの)る。


 腕を抑え込まれて凝視され続けていると、不意に犬飼の口元が吊り上がった。


 『裏御前』の浮かべた笑みに近いモノを感じ、『青蘭』は震撼(しんかん)して涙をこぼす。




「終わったぞ」




 いつもの得意げな笑みを浮かべると、『青蘭』は脱力してホッと息をついた。


 しかし、恐怖で忘れていた全身の痛みが一気に押し寄せ、胸を抑え込む。


 すると、『青蘭』の握り締めた手に、犬飼は自分の手を添え、軽薄な口調で語り掛けた。



「あのさ、悪ぃんだけど」



「・・・?」



「ほら。『瘴気』を払うと『裏御前』が感づいて、『現世(うつしよ)』に逃げるかもしんねぇだろ?しばらく、(もだ)えててくんね?」



「・・・悶えるって、間違ってないけど・・・」



「イイ感じなのに、()(ぜん)食わねぇなんて心苦しいんだけどさぁ」



「・・・アンタ、本当に最低・・・・・・」



 『青蘭』が身を起こし、(あき)れ顔で着物を手繰(たぐ)り寄せると、犬飼はケタケタと笑い出した。


 そして、足元に落ちてる『青蘭』の矢筒(やづつ)を手に取り、肩に掛けて歩き出す。



「じゃ、また後で。いや、もう会う事もないか」



「え・・・」



「だって、お前は『現世』に戻ったら、『隠世(かくりよ)』の事なんか覚えてねぇだろ。お疲れさん、って押し掛けられても、混乱させるだけじゃね?」



「――――」



「先に帰って寝てろよ。東雲(しののめ)を取り返したら、『無害化』頼んでやっから」



 すると、犬飼の姿は(おぼろ)となり、かすかに吹く風に消えて行った。


 その背中が完全に見えなくなると、『青蘭』は、手繰り寄せた襟元から手を放し、ポツリとつぶやく。





「馬鹿・・・」





 桜の葉のざわめきと共に、『青蘭』の(つや)やかな髪が風になびいた。


 吹き抜ける風が胸元を通り抜け、その冷たさに、『青蘭』は自分の体を抱き締める。


 (ほほ)に掛かった絹糸のような柔らかな髪は、伝い落ちた涙に濡れていったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ