-媼主の速贄- 24
―――特別高等警察 保安課
幹久は、警察署の自分の机で、夢彦の原稿を睨みつけていた。
実篤と話したものの、次の取っ掛かりが掴めず、ひとまず署に戻ったのである。
一通り回った場所を地図に書き記してみたが、空襲の被害地域という以外に共通点はない。
そもそも、空襲で焼けた地域は広大である為、当たらない方が珍しいくらいである。
ただ、そんな中でも、行きつけの神田・神保町一帯が空襲をまぬがれ、古書店街が健在という奇跡が、心の救いであった。
「宝条さん、電話です」
幹久は、鋭い眼差しのまま振り返った。
声を掛けて来た後輩の警官が、射貫かれたように硬直した為、幹久は慌てて苦笑いを浮かべる。
「ゴメン、斉藤君・・・誰から?」
「えっと・・・あの・・・・・・実は・・・私用みたいで」
「え?・・・名前は?」
その問い掛けに、斉藤は更に蒼白となった。
まるで、暴力団から掛かって来たのかと思う、顔色の悪さである。
そんな連中と仲良くした覚えはなかったが、明らかにマズい相手なのだと、幹久は察した。
「先輩たちに見つかると大変ですから、気を付けて下さいねっ」
「分かった・・・ありがとう」
幹久は礼を言うと、急いで電話口に出た。
いつも通りの口調で名乗ると、聞き覚えのある声が、大声で聞こえて来る。
――幹久君!?
思わず、電話を手で押さえると、幹久は辺りの様子をうかがった。
暴力団並みのマズい相手に、自然と手に汗握る。
「ゆ・・・夢彦さん・・・?」
――あぁ!良かった。繋いでもらえるか心配で
「し、静かに話してもらえますか?・・・すごく、声がデカいです・・・」
――あ・・・すまない
幹久は小さく溜息をついた。
改めて、神妙な面持ちで、小声で問い掛ける。
「あの、どういったご用件ですか・・・?」
――実はな、この前の原稿を、書き直そうと思っておって
「・・・夢彦さん、ボクの所属・・・分かってますよね?」
――この前は、本当にすまい!あんな駄作をさらしてしまって、私も恥ずかしい
「出来栄えの話ではありません・・・」
――実はな、色々と私も勉強不足だと痛感して、幹久君に聞きたいことがあるのだよ
「あの・・・新興宗教の実態とか言わないで下さいね・・・本当にキレますよ」
――そんな事ではない。ほら、私は関東大震災以降、軽井沢におったであろう
「はい・・・そうですね」
――東京に顔は出していたが、行くところも決まっていて、詳しく無くてな
「はぁ・・・」
――関東大震災の後、区画整備された時に、変わった事はなかったかな
「変わった・・・事?・・・変わり過ぎて、説明できません」
――そうではなく、怪しいウワサだ。オカルト好きな幹久君なら、何か聞いてないかと思ってな
「オカルト・・・」
幹久は目を見開くと、危うく受話器を落としそうになった。
脈打つ鼓動が早くなり、息が出来なくなる。
――幹久君?
「ひとつ・・・妙な事がありました」
――妙な事?
「僕の父の知り合いに、大蔵省に勤めていた方がいまして、その人から聞いたのですが」
――うむ
「関東大震災の都市再開発事業で、大蔵省の仮庁舎の建設があったのですが、工事関係者や省職員が、相次いで不審死を遂げたんです」
――・・・なんと
「きっと祟りが起こったんだと、省内でウワサが広まり、その後、仮庁舎は取り壊されました」
――仮庁舎は・・・何処にあったんだい?
幹久は、大きく息を吐くと、浅くなっている呼吸を整えようと努めた。
電話の向こうにいる夢彦も、そんな幹久の緊張感を感じ取ったか、固唾を呑む音が、電話越しにかすかに聞こえる。
そんな空気に耐え切れなくなったかのように、幹久は重々しく口を開いた。
「・・・平将門の首塚です」




