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灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
媼主の速贄
134/153

-媼主の速贄- 24

 

 

 ―――特別高等警察 保安課

 

 

 幹久は、警察署の自分の机で、夢彦の原稿を(にら)みつけていた。

 

 実篤(さねあつ)と話したものの、次の取っ掛かりが掴めず、ひとまず署に戻ったのである。

 

 一通り回った場所を地図に書き記してみたが、空襲の被害地域という以外に共通点はない。

 

 そもそも、空襲で焼けた地域は広大である為、当たらない方が珍しいくらいである。

 

 ただ、そんな中でも、行きつけの神田・神保町一帯が空襲をまぬがれ、古書店街が健在という奇跡が、心の救いであった。

 

 

宝条(ほうじょう)さん、電話です」

 

 

 幹久は、鋭い眼差しのまま振り返った。

 

 声を掛けて来た後輩の警官が、射貫かれたように硬直した為、幹久は慌てて苦笑いを浮かべる。

 

 

「ゴメン、斉藤(さいとう)君・・・誰から?」

 

 

「えっと・・・あの・・・・・・実は・・・私用みたいで」

 

 

「え?・・・名前は?」

 

 

 その問い掛けに、斉藤は更に蒼白となった。

 

 まるで、暴力団から掛かって来たのかと思う、顔色の悪さである。

 

 そんな連中と仲良くした覚えはなかったが、明らかにマズい相手なのだと、幹久は察した。

 

 

「先輩たちに見つかると大変ですから、気を付けて下さいねっ」

 

 

「分かった・・・ありがとう」

 

 

 幹久は礼を言うと、急いで電話口に出た。

 

 いつも通りの口調で名乗ると、聞き覚えのある声が、大声で聞こえて来る。


 

 

 

 ――幹久(みきひさ)君!?

 


 

 

 思わず、電話を手で押さえると、幹久は辺りの様子をうかがった。

 

 暴力団並みのマズい相手に、自然と手に汗握る。

 

 

 

「ゆ・・・夢彦(ゆめひこ)さん・・・?」

 

 

 

 ――あぁ!良かった。繋いでもらえるか心配で

 

 

 

「し、静かに話してもらえますか?・・・すごく、声がデカいです・・・」

 

 

 

 ――あ・・・すまない

 

 

 

 幹久は小さく溜息をついた。

 

 改めて、神妙な面持(おもも)ちで、小声で問い掛ける。

 

 

 

「あの、どういったご用件ですか・・・?」

 

 

 

 ――実はな、この前の原稿を、書き直そうと思っておって

 

 

 

「・・・夢彦さん、ボクの所属・・・分かってますよね?」

 

 

 

 ――この前は、本当にすまい!あんな駄作をさらしてしまって、私も恥ずかしい

 

 

 

「出来栄えの話ではありません・・・」

 

 

 

 ――実はな、色々と私も勉強不足だと痛感して、幹久君に聞きたいことがあるのだよ

 

 

 

「あの・・・新興宗教の実態とか言わないで下さいね・・・本当にキレますよ」

 

 

 

 ――そんな事ではない。ほら、私は関東大震災以降、軽井沢におったであろう

 

 

 

「はい・・・そうですね」

 

 

 

 ――東京に顔は出していたが、行くところも決まっていて、詳しく無くてな

 

 

 

「はぁ・・・」

 

 

 

 ――関東大震災の後、区画整備された時に、変わった事はなかったかな

 

 

 

「変わった・・・事?・・・変わり過ぎて、説明できません」

 

 


 ――そうではなく、怪しいウワサだ。オカルト好きな幹久君なら、何か聞いてないかと思ってな

 

 

 

「オカルト・・・」

 

 

 

 幹久は目を見開くと、危うく受話器を落としそうになった。

 

 脈打つ鼓動が早くなり、息が出来なくなる。

 

 

 

 ――幹久君?

 

 

 

「ひとつ・・・妙な事がありました」

 

 

 

 ――妙な事?

 

 

 

「僕の父の知り合いに、大蔵省に勤めていた方がいまして、その人から聞いたのですが」

 

 

 

 ――うむ

 

 

 

「関東大震災の都市再開発事業で、大蔵省の仮庁舎の建設があったのですが、工事関係者や省職員が、相次いで不審死を遂げたんです」

 

 

 

 ――・・・なんと

 

 


「きっと(たた)りが起こったんだと、省内でウワサが広まり、その後、仮庁舎は取り壊されました」

 

 

 

 ――仮庁舎は・・・何処にあったんだい?

 

 

 

 幹久は、大きく息を吐くと、浅くなっている呼吸を整えようと努めた。

 

 電話の向こうにいる夢彦も、そんな幹久の緊張感を感じ取ったか、固唾(かたず)を呑む音が、電話越しにかすかに聞こえる。

 

 そんな空気に耐え切れなくなったかのように、幹久は重々しく口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・(たいらの)将門(まさかど)の首塚です」

 

 

 

 

 

 

 

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