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灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
媼主の速贄
130/153

-媼主の速贄- 20

 常闇(とこやみ)の森を駆け抜ける影が、(よど)んだ風を切り裂いていた。

 

 時折、迫りくる禍々(まがまが)しい気配に『瘴気(しょうき)』の矢が打ち放たれ、遠くから阿鼻叫喚(あびきょうかん)がこだまする。

 

 しかし、急に仏僧(ぶっそう)姿の小童(こわらわ)が立ち止まると、長身の二つの影は、転びそうになりながら足を止めた。

 

 

「おいっ、急に立ち止まんな!」

 

 

「どうしたの?『(うつろ)』」

 

 

 犬飼と『青蘭(せいらん)』が、いぶかし気に(たず)ねると、『虚』は錫杖(しゃくじょう)を持たない方の手で、こめかみ辺りを抑えて(うな)った。

 

 長い前髪の間から、痙攣(けいれん)するほど見開かれた瞳がのぞく。

 

 

「大丈夫?・・・この世の終わりみたいな顔してるわよ?」

 

 

「恭一郎と東雲(しののめ)が・・・さらわれた」

 

 

「え・・・」

 

 

 『青蘭』が、『虚』と同じく目を見張った。

 

 一方、犬飼は微塵(みじん)も慌てた様子はなく、鋭い視線で淡々と問いただす。

 

 

「誰にだ?」

 

 

「国民服姿の男共だが・・・顔は分からぬ。東雲を人質に取って、二人共、車に乗せられた」


 

「どの辺りを走ってる?」

 

 

「・・・焼け野原で、分からない」

 

 

「だよな・・・」

 

 

 犬飼は、あごに手を当てると、地面を(にら)みつけて黙り込んだ。

 

 しかし、いつもの軽薄な笑みを浮かべると、両手を腰に当てる。

 

 

「まぁ、『死鬼喰(しきは)み』を殺したら、自分たちが巻き添えになるんだ。(きょう)さんは大丈夫だろ」

 

 

「恭一郎の心配などしておらぬ!東雲は、いつ殺されても、おかしくないであろう!!」

 

 

「じゃあ、もし東雲を傷付けたら、俺たちが『虚』を――『死鬼(しき)』を殺すって言っときゃイイんじゃね?」

 

 

「・・・・」

 

 

「マジになるなよ・・・あくまで、向こうへのけん制だろ」

 

 

 すると、『青蘭』が、『虚』の肩をつついた。

 

 『虚』が振り返って見上げると、眉間に深くシワを寄せている。

 

 

「東雲さんは、『白蓮(びゃくれん)』を連れてるの?」

 

 

「いや、『裏御前(うらごぜん)』に(とら)われるのを恐れて、取り()かせていない」

 

 

「よかった・・・でも」

 

 

 すると、『青蘭』は、犬飼に向かって弓を(かま)えた。

 

 つがえた矢の切っ先が、犬飼を鋭くとらえる。




「いったいどうして・・・恭一郎さんの居場所が分かったんでしょうね・・・」

 

 

 

 犬飼は手を上げて、大きく溜息をついた。

 

 その様子に、『青蘭』は忌々(いまいま)しそうに、犬飼を睨みつける。

 

 

「アンタが(はか)ったんじゃないの・・・犬飼」

 

 

「違ぇよ」

 

 

「ウソおっしゃい!妙に落ち付いてるじゃないのよ!!」

 

 

「仕方ねぇだろ。今、真剣に考えてんだから」

 

 

「・・・だいたい、『死鬼喰み』の恭一郎さんを千葉から呼び出した辺りから、アンタ怪しいのよ!」

 

 

 犬飼は、ムッとした顔で『青蘭』を見つめた。

 

 しかし、それよりも険悪な表情で、『青蘭』は、つがえた矢に力を込める。

 

 

「アンタ・・・恭一郎さんを、『裏御前』に売ったんじゃないの!?」

 

 

「お前、医者になれるほど頭がいいクセに、妙な考えするなよ」

 

 

「アンタが『裏御前』の仲間じゃないって、証明出来るのかしら?」

 

 

「それを言うなら、俺が仲間だって証明出来るのか?」

 


「『白蓮』から聞いてるわよ。あの東雲って人、元々『裏御前』の(そば)で働いていたんでしょ?」

 

 

「・・・・」

 

 

「あの人・・・まだ、『裏御前』に仕えてるんじゃないの!?」

 

 

 『青蘭』は弓を構えたまま、『虚』を(さえぎ)りながら後ずさった。

 

 一触即発の『青蘭』を、犬飼は、神妙な面持ちで見つめる。

 

 

「水谷って奴もグルなんでしょ?『隠世(かくりよ)』で『露光(ろこう)』をさらって、『虚』が恭一郎さんの元から離れるようにしたんじゃないの!?」

 

 

「俺は秘密を(あば)くのは大好物だけどさぁ、自分で画策するのは興味ねぇんだよ。だいたい、何の得があるってんだ」

 

 

「『裏御前』が新国を立ち上げたら、色々と優遇してもらえるじゃない」

 

 

「うっわ・・・一番つまんねぇ」

 

 

茶化(ちゃか)さないで」

 

 

「そう言うけどさぁ・・・ありのままを言ったら信じるのか?」


 

「内容によるわよ」

 

 

「・・・恭さんに東京に出て来てもらったのは、本当に水谷と会わせる為だ。『鬼』の『(えにし)』を(つな)げねぇと、『隠世』で一緒に探せないだろ」

 

 

「でも、さっきは水谷じゃなくて、『露光』の持ってる『虚』の『瘴気(しょうき)』で追おうって言ったじゃない・・・まるで、持ってるのを知ってるみたいに」

 

 

「さっきも言ったが、ソッチの方が簡単だからだ。それに、『虚』の彼女が『死鬼』だったなんて、『虚』を助けてやった時には知らなかった」

 

 

「とって付けたような嘘を・・・」

 

 

 不意に、『青蘭』は後ろから引っ張られた。

 

 見ると、自分の着物の(すそ)(つか)んで、『虚』が困ったような顔で見上げている。

 

 

「なに、『虚』?」

 

 

「・・・犬飼の言ってる事は本当だ、嘘ではない」

 

 

「なんで分かるのよ」

 

 

「表情の微妙な変化だ。俺の経験的な物だから、納得させられる理由にならんかもしれんが・・・」

 

 

「アナタ、どうしてソコまで犬飼を信じるのよ?」

 

 

「『青蘭』・・・どうして犬飼は、お前の母親が『彩雲(さいうん)(たみ)』だった話を、この場で引合いに出さない」


 

「――――」

 

 

「お前の方こそ、『裏御前』の恐ろしさを知って、『彩雲の民』の信者に取り込まれたのではないかと、言いがかりを付けることも出来る。俺をかばうフリをして、仲違(なかたが)いさせる気だろうとな」

 

 

「・・・ち、違うわよっ」

 

 

「分かっておる。もし、お前がそんな奴なら・・・『白蓮』は、お前を慕わない」

 

 

「・・・・」

 

 

「犬飼も、それを分かっているからこそ、お前と仲違いしてしまうような事を口にしないのだ」

 

 

 『青蘭』が、うかがうような目で犬飼を見ると、犬飼は大きく溜息をついた。

 

 そんな犬飼に、『青蘭』は半信半疑で問いただす。


 

「じゃあ・・・『虚』の彼女が『死鬼』だって・・・なんで言い当てられたのよ?」

 

 

「『虚』が、東海で起こった大地震を知ってたからだ」

 

 

「・・・大地震?・・・そんなもの、あったの?」

 

 

「ほら、知らねぇだろ。この本土決戦が間近って時に、そんなのを国民が知ったら士気が落ちる。だから、報道規制が掛かってて、新聞で取り上げられてねぇんだ。それを『虚』は、千葉にいるクセに知ってた」

 

 

 犬飼は、ニンマリと『虚』に笑い掛けた。

 

 『虚』が、口元を歪ませてうなずくのを見て、『青蘭』は目を丸くする。

 

 

「東海で大地震があったのは本当だ。『露光』が・・・自分が殺されて起こったと」

 

 

「・・・!?」

 

 

「俺が、彼女の存在に気が付いたのは、今年の夏の冷害だ。『死鬼』が殺されているのではと、『(そばえ)』と一緒に探していた」

 

 

「・・・ちょっと待って。『縁』がないのに、どうやって探すのよ」

 

 

「『死鬼』同士は、相手が同類と分かるのだ。と言っても、『縁』のように的確に探る事は出来ない。ぼんやりとした気配を、地道に追って見つけ出した」

 

 

 『青蘭』は、苦々しい顔で犬飼を見やった。

 

 犬飼は得意そうに、いつもの笑みを浮かべる。

 

 

「ま、疑われるのも仕方ねぇよな。そんなイイ子ちゃんな生き方してねぇし」

 

 

「そうだ。犬飼みたいなゲスを、真っ先に疑うのは()(とう)だ」

 

 

「・・・そこ、最後までかばえよ」

 

 

 『青蘭』は苦笑いを浮かべると、(ほほ)に手を当てて考え込み始めた。

 

 しかし、どうにも結論が出ないと、『虚』に視線を向ける。

 

 

「でも、『虚』・・・じゃあ、恭一郎さんは何故、『裏御前』に見つかったと思うの?」

 

 

「・・・・おそらく、空襲だ」

 


 『青蘭』は話が飲み込めず、小首をかしげた。

 

 『虚』は犬飼に向き直ると、神妙な面持ちで問い掛ける。

 

 

「犬飼、空襲で東雲が生き埋めになった時、東雲は、どんな様子であった」

 

 

「・・・幹久の名前を、ずっとつぶやいてたな。呼びかけても、返事もしねぇ状態だった」

 

 

「ならその時に、(あやま)って『遁甲(とんこう)』を解いてしまったのだ」

 

 

「――――」

 

 

「東雲は、ずっと『裏御前』から逃げる為に、『遁甲』しておったようだからな・・・小一時間なら気付かれずに済んだであろうが、二日間も解いていては、さすがにバレる」



「で、東雲を監視してたら、恭さんに出くわしたっつー事か」



「俺も普段は『遁甲』しておるが、お前と直接話す為に、実体化したしな・・・くだらん理由で」



「・・・回りまわって、ヤッパリ俺のせいになるのかよ」



 うかがうような視線を、犬飼は『青蘭』に送った。


 目を細めた『青蘭』は、重々しく溜息をつく。



一概(いちがい)に、アンタだけを責められる状況じゃないって、分かったわよ・・・」



 その言葉に、犬飼がヘラっと笑い掛けると、『青蘭』は、前言撤回したい気分となった。


 『虚』も同意するように、苦笑いを浮かべる。




「・・・・!?」




 すると、にわかに淀んだ風が()ぎ、あちこちに(ひそ)んでいた禍々しい気配が、何かを避けるように散って行った。

 

 その変化に、『虚』は、錫杖を強く握り締め、泥が煮えるような唸り声を上げる。


 肌を刺すようなピリピリとした空気に、さすがの犬飼も笑うのをやめた。

 


「おい・・・何か変じゃねぇか?」

 

 

「え、えぇ・・・急に静かになったわ」

 

 

 不穏な空気に、犬飼と『青蘭』は辺りを見回した。


 すると、『虚』は、錫杖を地面に忌々し気に突き立て、辺りに甲高い金属音を響かせる。

 

 同時に、常闇の森の大気が打ち震え、周囲の淀んだ空気が澄み渡った。


 


「・・・!?」

 


 

 犬飼が探るように睨みつけていると、突如、目の前に薄墨(うすずみ)色の濁流(だくりゅう)が姿を現した。

 

 濁流は、『虚』の錫杖を避けるように二手に別れ、その勢いは、荒れ狂う獣の如く奔走(ほんそう)する。


 

「気を付けろ!・・・犬飼っ・・・『青蘭』!」


 

「気を付けろって、どうしろって言うんだよ!」


 

「何も受け入れるな!」


 

 『虚』が言うか否や、上から覆い被さるように、激流が襲いかかった。

 

 犬飼と『青蘭』が振り仰いだ瞬間、その体が(あらが)えない力で押しやられる。

 

 視界が鈍色(にびいろ)に染められていくと、三人の意識は、奔流と共に流されて行ったのだった。

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