表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
蛇落の褥
13/153

-蛇落の褥- 3-4

「なるほどねぇ。そりゃ大変だったな」



「全く、どいつもこいつも勝手過ぎますわ」



 出版社に戻り、幹久は犬飼とアヤメに、先程の事を話した。


 持ち帰った手付かずの軽食をつまみながら、アヤメはプンスカと怒っている。


 一方、犬飼は机に脚を乗せて、ふんぞり返りながら、幹久の話に軽薄な笑みを浮かべていた。



「まぁ、しかし・・・恭一郎って奴は、とんだ貧乏くじを引いたな」



「でも、借金が帳消しになるのは良い話ではないのかしら。いくらか知りませんけど」



「今すぐ雁首(がんくび)そろえて払えって言われて、出せる金額じゃないんだろうな」



「でも、兵卒になれば、給金も支払われるのでしょう?命懸けかもしれませんが、就職先まで決まりますわ」



「下っ端じゃ、留守家族への給金入れても、月15円いくかどうかだけどな」



「15円!?」



「日雇い労働者でも十日間働いて20円って事を考えると、全然、割に合わねぇ。

 まぁ、衣食住は軍が全部持つワケだけど」



「国の為に働いているのに、何でそんなに低いんですの!?」



「さあな。士官学校を出た、頭の良いエリート連中に吸い上げられてんじゃね?」



「信じられませんわ・・・」



「国会議員の報酬なんか月250円だ。笑っちゃうだろ?クソ(ジジイ)どもの身勝手な取り決めで、異国に飛ばされた兵卒の給金がスズメの涙だってのにさ」



「夢彦さんが激昂(げっこう)するのも、無理ないというワケね」



 犬飼は机に乗せてた脚を下すと、頭をボリボリとかきだした。


 そして珍しく、真剣な面持ちとなる。



「でも、あのカフェで大声で叫んだのはマズいな」



「周りの迷惑ですものね」



「違ぇよ。ロシア帝国が崩壊して、赤軍(せきぐん)思想が警戒されているんだ。特に、シベリアから撤兵してしてきた兵卒が、アカに染まってないかな」



「赤軍思想?」



「アッちゃん、知らないの!?」



「すみません、政治の事は、まだまだ不勉強ですの」



「赤軍、つまりロシアの王朝をぶっ潰した革命軍だ。赤軍思想は、そいつらの思想で社会主義だ。日本の天皇制と相容れない」



「ごめんなさい・・・全然ついて行けません」



「まずな、日本がシベリアに出兵したのは、その赤軍を抑える為に、同盟国から干渉戦争に付き合ってくれと要請されたからなんだ・・・表向きはな」



「欧州大戦が停戦状態になっても、日本の領土拡大をはかって駐留していたんですよね」



「お、幹は分かってるな」



「いえ、犬飼さんほどではないです・・・」



「そこまで分かってりゃ上等」



「えーっと・・・『鎮圧』と言っときながら、『侵略』したという事ですか?」



「そう。『鎮圧』という本来の名目を掲げたまま『侵略』に駆り出されたら、アッちゃんはどう思う?」



「自分が何の為に来たのか、分からなくなりそうですわ・・・」



「まさに、それだ。自分たちの目的が見えなくなって、国家を(くつがえ)した敵側の思想に染まる兵卒が増えちまったんだ」



「なるほど。自分たちの兵卒が、国家転覆をはかるのではないかと、警戒しているということですのね」



「そゆこと~」



 犬飼はアヤメを指差し、ニンマリと口元を吊り上げた。


 どこか楽し気な犬飼に対し、幹久は重々しい気持ちでつぶやく。



「夢彦さん、国の為に働く気なんか無さそうでした・・・」



「口にしないだけで、そう思ってる連中は結構いるぞ。特に、農村部は」



「・・・そう言えば夢彦さん、地方から出て来たって言ってましたね」



「まぁ、だとしても、それをシベリア帰りの陸軍兵卒と、公衆の場で話すのはマズ過ぎる」



「だから恭一郎さん、『夜に出直す』って言ったんですね・・・」



「だろうな」



 それは、自分の身を案じてなのか、夢彦を気づかってなのか。


 幹久は何となく、後者のような気がしていた。


 『久しぶり』と言って夢彦に向けた笑顔が、本来の彼の姿のような気がしたからである。



「しっかし、俺も迂闊(うかつ)だったわ」



「何がですの?」



「だってよぉ・・・夢さん、自分が色男だって自覚ないんだぞ!?」



「・・・確かに、本筋に関係ありませんが、衝撃的事実ですわね」



「あぁ、でも・・・最近、口にしなくなったけど、目と髪の色を気にしてたからなぁ」



「確かに目立ちはしますが、容姿が劣る要因には成りえませんわ」



「俺も同意見だ。でも、当の本人は、そう思ってねぇんだよ」



「つまり・・・むしろ、ずっと自分の容姿に自信がなかったと?」



「記者時代に、白人に間違えらるのを、すごく嫌がってた」



「なるほど・・・だから、私が洋装を勧めても、適当な理由を付けて拒否するのですね」



「クソォ・・・俺は、てっきり、自分の容姿がイイのを見越して、猥談(わいだん)やら、だらしない格好をワザとやってるのかと思ってたぁああ!!」



「まぁ、でも。やる事に変わりないじゃありませんか」



「全っ然、意味合いが違うぞ!ナルシストは自らのポテンシャルを計算しての結果だ。だけどな、夢さんは素なんだよ!!天然物なんだ!!」



「確かに、うぬぼれがない分、気色悪さは半減しますわね」



「そうだけど、あぁ、もう、分かんねぇかな・・・!」



「あと、無防備ね。誘ってるのかと思いきや、その気はゼロって事ですものね」



「そうだよ!そこなんだよ!!」



「だから(いま)だに独身なのよ、アナタと一緒で」



「俺は『出来ない』んじゃなくて『しない』んだよ。俺は一夜限りの関係でイイんだ」



「そう言ってますと、突然女が押しかけてきて『アナタの子が出来ました』なんて、泣きつかれますわよ」



「夢さんは、そうでもないと結婚出来ないだろうなぁ」



「・・・ですわね」



 言いたい放題の二人に、幹久は苦笑いを浮かべた。


 恭一郎の方が、この二人より数倍優しいと、幹久は心の中でつぶやいたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ