-媼主の速贄- 19
陽が完全に沈み、焼け野原は、真の闇に包まれていた。
こぼれ落ちて来そうな星々が、夜空を覆うように瞬いている。
広大な宇宙の一角を目の当たりにし、恭一郎は感歎の声を上げた。
「東京で、こんな星空を見るとは思わなかった」
――たしかに、千葉では当たり前だがな
「こんな焼け野原だからこそ見えるのが、何とも心苦しいな・・・」
――・・・うむ
恭一郎と小さな紅い空蝉は、黙祷の如く黙り込んだ。
すると、静々とした足音が、瓦礫の向こうから聞こえて来る。
恭一郎が視線を向けると、暗い表情の東雲が、ゆっくりと歩いて来た。
「あの・・・お待たせ致しました」
「随分遅かったな・・・水谷の具合が悪かったのか?」
「いえ、『シキ』さんの夕餉の支度をしておりまして」
「そうか・・・病人じゃ、身の回りの事も、ままならないしな」
「・・・わざわざ、千葉から来ていただいたのに、ちゃんとおもてなし出来ず、申し訳ございません」
東雲は、今にも泣きだしそうな顔でうつむいた。
悲痛な表情の東雲に、恭一郎は控えめに微笑み掛ける。
「・・・・・・東雲、心配するな」
「・・・え」
「お前が思ってるほど、幹久も、犬飼も、水谷も・・・弱い人間じゃない」
「――――」
「この状況で一番役に立てないのは、ただの農夫で、『隠世』に行けない俺だしな」
恭一郎が、おかしそうに笑い出し、東雲は虚をつかれた。
不意に、自分の恩師の笑顔を思い出し、東雲は余計に泣きそうになる。
「だから、俺の事は気にするな。自分が助かる道を選べばいい」
「き、恭一郎様・・・」
東雲は体を震わせると、大粒の涙をポロポロと流し始めた。
それと同時に、口元を布で隠した国民服姿の者たちが、恭一郎たちを取り囲む。
手には拳銃を構えており、そのすべてが、東雲に向けられていた。
「・・・申し、わけ・・・ございません」
「謝るな・・・『死鬼喰み』を殺すワケにいかない以上、脅迫に人質を取るのは当然だ」
真後ろにいる男に小突かれ、東雲は手渡された麻袋を持って、恭一郎に近付いた。
恭一郎は、ゆっくりと膝まづくと、身を屈める。
「俺こそ、すまない・・・怖い思いをさせたな」
息をつくように微笑むと、恭一郎は目をつむった。
東雲は取り落としそうなほど震える手で、恭一郎の頭に、泣きながら袋を被せたのであった。




