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灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
媼主の速贄
127/153

-媼主の速贄- 17

 (こけ)むした山門(さんもん)をくぐると、その向こうには荒れ果てた御堂(おどう)が建っていた。

 

 観音開きの扉は開け放たれたままで、(よど)んだ風にあおられて、(きし)む音を上げている。

 

 先日来た時とは、まったく違う様相に、犬飼は顔をしかめた。

 

 

「すっげー、荒れてんだけど」

 

 

「前に、お前が見たのは幻術だ。破られたせいで、今は元の状態に戻っておる」

 

 

「あぁ~。綺麗な状態の方が、可愛い彼女と気持ち良く過ごせてイイもんな」

 


「うるさい」

 

 

 『(うつろ)』は堂内に立ち入ると、中央に置いてある燭台(しょくだい)に近付いた。

 

 手をかざすと、消えていた灯火(ともしび)は赤々と燃えだし、堂内をぼんやりと照らす。

 

 そして、『虚』が指を差し出すと、まるで灯火は、生きているかのように、燭台から指へと乗り移った。

 

 

「なんだソレ?」

 

 

「俺の『瘴気(しょうき)』だ。『遁甲(とんこう)』の幻術が破られた時の為に、別に置いておいた」

 

 

 『虚』は、沈黙して灯火を凝視した。


 灯火の作り出す影が、まるで亡者が暗闇から様子をうかがっているかのように揺らめく。

 

 そして、灯火が()ぜるように(またた)いて消えると、再び堂内は、純粋な暗闇に包まれた。

 

 

「・・・瀕死(ひんし)状態の俺に変化して、『露光(ろこう)』に扉を開けさせたようだ」

 

 

「彼女に、何があっても開けないよう、言ってたんじゃねぇの?」

 

 

「『鬼喰(おにぐ)らい』に、水谷は本当に襲われている状況だった。変化だけなら、疑えただろうが・・・」

 

 

「アイツは汚ねぇ手を、平気で使うからな・・・・」

 

 

 犬飼は、堂内をぐるりと見まわした。

 

 割れた床板の隙間や、破けた御簾(みす)の一つ一つを探るように眺めると、疲れたように息をつく。

 


「アイツ、なんでココに行きついたんだろうな」

 

 

「俺と『(えにし)』が繋がったのは、『シキ』(づた)いに分かっておるはずだ。俺の居場所を(さぐ)っていて、ココに気付いたのだろう」

 

 

「でもよ・・・(あば)いたら、居場所が余計にバレるだろ」

 

 

「俺を直接相手にするとなったら、脅迫材料があった方が良いと思ったのだろう」

 

 

「なるほど・・・・こんな『隠世(かくりよ)』の奥地で隠してるんじゃ、相当な代物だと思うよな」

 

 

「ただ、『露光』が、こもっているとは知らなかったと思う・・・さすがに、直接会ったら、何者かは分かったであろうがな」

 

 

 犬飼は、急にニタニタと『虚』に笑い掛けた。

 

 あまりにゲスな雰囲気に、『虚』は目元を引きつらせる。

 

 

「なぁなぁ・・・その答え、当ててイイ?」

 

 

「お前・・・本当に嫌な男だな」

 

 

「ふふん」

 

 

 犬飼は、瞳に喜悦の色をにじませて、得意げに口元を吊り上げた。

 

 あまりのしたり顔に、『虚』は口をへの字にする。

 

 


 

「『裏御前(うらごぜん)』の元にいる、『死鬼喰(しきは)み』の『死鬼(しき)』だろ」


 

 

 

『虚』が黙ってうなずくと、『青蘭(せいらん)』は絶句した。

 

『虚』は口元を歪ませ、重々しく口を開く。

 

 

「この『隠世』で、『裏御前』に追われておったのだ」

 

 

「肉体は・・・何処にいるの?」

 

 

「分からぬ・・・『裏御前』の元にあるのは、確からしいが」

 

 

「彼女に案内してもらえば、たどり着けるんじゃないの?」

 

 

「彼女―――『露光』は、『現世(うつしよ)』に顕現(けんげん)しておらぬ。案内させるには、『現世』に顕現させねばならぬのだ」

 

 

「・・・それは、色々マズいわね」

 

 

「うむ・・・そうなれば、『露光』は『鬼』を()らわねば生きていけなくなる・・・肉体の(そば)から離れられなくなり、完全に『裏御前』の手中に納まってしまうのだ」

 

 

 『青蘭』は、口元を抑えて目を伏せた。

 

 犬飼も腕組みし、大きく溜息をつく。

 

 

「・・・で、『(そばえ)』――― 夢さんが、ああなっちまったワケだ」

 

 

 『虚』と『青蘭』は、同時に犬飼に目を向けた。

 

 犬飼は、珍しく苦笑いを浮かべる。

 


「『瘴気』だけなら、『死鬼』を顕現させなくても、『現世』に持って行けるからな」

 

「・・・いえ、でも待って。『瘴気』があっても、『裏御前』が『遁甲(とんこう)』を掛けてたら、『鬼』の『縁』をたどるのは無理でしょ」


「夢さんは、『鬼喰らい』なんだ。『鬼』の分身を取り()かせられんだよ」


「『裏御前』ほどの『鬼術(きじゅつ)』の使い手じゃ、肉体に『遁甲』を掛けて、隠す事も出来るじゃない。『鬼』の分身ですら、肉体を(さが)し出せないじゃないの?」

 

 

「そう。だから『戯』に、『無害化』を頼んだんだろ?」

 

 

 犬飼が含むように笑うと、『虚』はコクンとうなずいた。

 

 話が見えない『青蘭』は、眉間にシワを寄せる。

 

 

「夢さんの書く作品は、『鬼』の世界の暴露本だからなぁ」

 

 

「・・・どういう事?」

 

 

「かつて、『吉原(よしわら)奇譚(きたん)』シリーズを手掛けてた『(いずみ) 夢彦(ゆめひこ)』の作品は、『鬼』を『無害化』した作品なんだよ」

 

 

「幹久が愛読してる小説ね。結構、きわどい内容の・・・」

 

 

「脚色して架空の物語調にしてあるが、あれは、大部分が実話なんだ」

 

 

「・・・!?」

 


 『青蘭』は唖然(あぜん)とした様子で、『虚』を見つめた。


 『空蝉(うつせみ)(うたげ)』の内容を思い出しているのか、気まずそうに口元を隠す。


 そんな『青蘭』に、『虚』が苦々しい笑みを向けるのを尻目に、犬飼は、したり顔で笑った。


 

「『戯』に彼女の分身を持ち帰らせて、夢さんに執筆させたんだろ。夢さんの緻密(ちみつ)な描写なら、『鬼』の分身が口では説明出来ない、詳細な状況まで暴露出来る」

 

 

「うむ・・・だが、定期的に監禁されている場所を変えておるようでな、夢彦の執筆で暴露された場所は、もぬけの殻だったのだ」

 

 

「しかも・・・夢さんが、その原稿を出版社に持ち込んじまったと」

 

 

 『虚』が(ひたい)に手を当ててうめくと、犬飼は苦笑いを浮かべた。

 

 『青蘭』は、話が読めないといった様子で、二人を交互に見る。


 

「え・・・ど、どういう事?」

 


「夢さんは無自覚な『鬼喰らい』なんだよ。『戯』が理解してても、夢さんは『裏御前』の事はおろか、『鬼』の存在すら知らねぇ」

 

 

「・・・もしかして、この『瘴気』で作品を書きたいって思わせる程度にしか、『鬼』が生みの親をコントロールできないって事?」

 

 

「そゆこと~」

 

 

「しかも、暴露してる意識が無いから、完成した原稿を出版社に出すのは当然と・・・」

 

 

「新興宗教の話となると、どうしたって、そういう出版社に出す事になる」

 

 

「・・・幹久に助けてもらえなかったら、どうするつもりだったのかしら・・・」

 

 

「・・・・迂闊(うかつ)だろ?夢さんらしいけど」


 

 『虚』は、苦悶(くもん)をにじませた声で溜息をついた。

 

 あまりに苦悩する様子に、『青蘭』は密かに同情する。

 


「何というか・・・踏んだり蹴ったりな状況なのね・・・」

 


「まぁまぁ。肉体の方はなんだが、彼女の『鬼』の方は、ちょっとした散歩にでも行ったと思えば良くね?」

 

 

「犬飼・・・アンタ、本当に気づかいってもんが出来ない男ね・・・」

 

 

「水谷は、彼女をエサに『裏御前』をおびき出す気だ。危害は絶対に加えねぇよ」

 

 

「・・・エサにしてる時点で、大きな危害でしょうが」

 

 

「水谷を探すのは難しいかもしれねぇが、彼女をエサにしてるなら、彼女は『遁甲』してないはずだろ。探しやすいんじゃね?」

 

 

 『青蘭』は、ハッとした顔で『虚』を見やった。

 

 『虚』は苦々しい表情で黙り込む。

 

 

「彼女と『縁』はねぇだろうが、自分の『瘴気』は渡してるんだろ?」

 

 

「うむ・・・そうなのだが」



「何?どうした?」



「妙だ・・・俺の『瘴気』は、『遁甲』されてしまって追えぬ。だが、水谷は・・・『遁甲』しておらん」

 

 

 犬飼は、慌てて中空を凝視した。


 そして、目を丸くして、『虚』に視線を戻す。

 


「・・・たしかに」



「おかしいであろう?」



「・・・それって、水谷って人が、探しに来いって誘ってるんじゃないの?」

 


 『青蘭』の言葉に、犬飼は()に落ちない顔をした。

 

 『虚』も得心がいかないのか、口元を歪ませる。

 


「罠にかける気か、アイツ・・・」


 

「分からぬ・・・だが、ココで手をこまねいているワケにもいかぬ」

 

 

 『青蘭』と犬飼がうなずくと、『虚』は袈裟(けさ)をひるがえして駆け出した。


 犬飼たちも、瞳に鋭い光を宿して、その後に続く。

 

 まるで疾風のように駆け抜ける三人の姿は、常闇(とこやみ)の森ににじんでいったのだった。

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