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灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
媼主の速贄
126/153

-媼主の速贄- 16

 常闇(とこやみ)の森の奥は、粘液質な闇に満たされていた。

 

 上を見上げても、(おお)い被さるような木々の(こずえ)(さえぎ)られ、中天(ちゅうてん)の様子はうかがえない。

 

 しかし、横から()い寄る禍々(まがまが)しい気配が、『(うつろ)』と犬飼に近付くと、梢の先から稲妻の如く『瘴気(しょうき)』の矢が大地をうがった。

 

 それに恐れをなした『鬼』たちは、まるで金縛りにあったかのように動かなくなり、駆け抜けていく二人を見送る。

 

 

「犬飼。『青蘭(せいらん)』とは、どういう知り合いだ?仲が良くなさそうだが」

 

 

「あぁ。アイツは、(みき)の官立学校時代の同級生なんだ」

 

 

「ほう・・・」


 

「俺、興信所(こうしんじょ)を立ち上げて独り所長やってんだけどさ。二人が学生の頃に、行方知れずになった 『青蘭』の母親を探してやったんだ」

 

 

「・・・あの当たりの強い態度からすると、見つからなかったのか?」

 

 

「いや、見つけ出した。さっき言った、『裏御前(うらごぜん)』が立ち上げた『彩雲(さいうん)(たみ)』って教団に入信してたんだ」

 

 

「―――!?」

 

 

「『青蘭』が説得にあたって、なんとか抜ける話になったんだが・・・脱退当日の帰り道、『青蘭』の目の前で、脳梗塞(のうこうそく)を起こして亡くなった」

 

 

「・・・『裏御前』が、制裁を下したのか」

 

 

「あぁ。どうやら、教団で重要な役回りをしてたらしくてな。情報漏洩(ろうえい)の防止だろ」

 

 

「ぬぅ・・・」

 

 

「アイツは、幹と同じで『鬼』を認知できないし、『鬼』の見聞きした事も共有出来ない。ただ、『鬼』だけは『裏御前』の存在を脅威に思ってる状態でさ・・・えっらそうに説教たれるだろ?」

 

 

 すると突然、犬飼の目の前を、『瘴気』の矢が通過した。

 

 鼻先ギリギリの、きわどい距離に、犬飼は一瞬、青ざめる。

 

 

 

 ギュゥ―ゲェゲッ・・・ギュゥ―ゲェゲッ・・・

 

 


 上空の遥か彼方から、ダミ声が聞こえて来た。

 

 抗議するかのような鳴き声に、犬飼は目を細める。

 

 

 

「うるせぇな!本当の事だろ!?」

 

 

 

 すると、犬飼の頭に向かって、小さな影が急降下してきた。

 

 慌てて避けた犬飼の横を、一陣の風が吹き抜ける。

 

 オナガ姿の『青蘭』は、ギャーギャーと叫び声を上げると、『虚』の肩にしがみ付いた。

 

 


「分かる。ズケズケと品がないな」

 


 

 『青蘭』はキュイッと一言鳴くと、再び上空に舞い戻った。

 

 犬飼は眉根を寄せながら、優雅に飛び去る『青蘭』を睨みつける。

 

 

「まったく・・・顔面がズルむけるところだった」

 

 

「心配ない。せいぜい、三ヶ月くらい寝込むだけだ」

 

 

「心配だらけだ!」

 

 

「だったら『黒天(こくてん)』を来させればよかろう。この前も言ったが、ココは人の魂の来るところではない」

 

 

「本名を暴けねぇんだよ。俺もそうだが、『黒天』も術の(たぐい)が使えねぇから、普通のイタチと大差ないんだ」

 

 

「水谷を探すには十分だろ」

 

 

「アイツが穏便に引き下がるワケねぇだろ・・・」

 

 

「・・・たしかに、あの性格だしな」

 

 

「それに、圭吾(けいご)って名前は偽名だ。東雲(しののめ)も、圭吾の本名を知らない」

 

 

「力ずくで連れ帰る最終手段として、本名を暴く必要があるという事か」

 

 

「やりたくねぇけどな。他の『鬼』もそうだが、隠してる名前を(あば)くと、まず嫌われる」

 

 

「お前にも、嫌われたくない気持ちがあるのか」

 

 

「・・・お前に言われると、すげぇムカつく」

 

 

 そうこう話をしていると、上空からキュイッと短い鳴き声が投げ掛けられた。

 

 その鳴き声に、『虚』は前方を凝視する。

 

 見ると、断崖絶壁を思わせる石段が、乱立する木々の間から見えて来た。

 

 『虚』と犬飼が森を抜けると、人型に姿を変えた『青蘭』が、上空から勢いよく着地する。

 

 

「ココ?」

 

 

「うむ・・・」

 

 

 石段の遥か先には山門(さんもん)があり、遠目にも荒れ果てているのが分かった。

 

 興味津々で辺りをうかがってる犬飼に、『虚』は苦々しい顔で問い掛ける。


 

「・・・犬飼」

 

 

「なんだ?」

 

 

「『彩雲の民』という教団は、新国を立ち上げるつもりだとか言っておったな」

 

 

「あぁ」

 

 

「当然、『死鬼喰(しきは)み』を生贄(いけにえ)と称して、国家への攻撃の為に利用しておるのだろ?」

 

 

「ピンポ~ン」

 

 

「・・・一月にあった東海の大地震、そして、ここ最近の冷害型気候」

 

 

「そう、『裏御前』は『死鬼喰み』を手中に置いて、超自然的な方法で、政府に圧力を掛けてる。内務省(ないむしょう)の知り合いに聞いたけど、その辺りは、政府も理解してるってさ」

 

 

「国は、どうするつもりだ」

 

 

特高(とっこう)を中心として、『裏御前』の居場所を探ってる。成果は、今のところねぇみたいだけど」

 

 

「なるほどな・・・幹久がイライラしてるワケだ」

 

 

「しかも、食料も武器も不足した状態で、本土決戦は無謀(むぼう)だって判断したらしく、敗戦に向けて動いてるらしい。天皇自ら、国民に聖断(せいだん)を伝えるという話になってるんだとさ」

 

 

「・・・『裏御前』に、屈するのか」

 

 

「いや、どちらかと言うと、ドイツもイタリアも敗退して、欧州は終戦してるし、ソ連と連合軍に袋叩きにされる前に、国体(こくたい)護持(ごじ)――天皇制を維持して戦争を終わらせたいんだ」

 

 

「だが、敗戦すれば、国は大混乱になるぞ。『裏御前』が狙ってるのは、まさしくソレであろう」

 

 

「分かってんな。『裏御前』は、国民をあおって内戦を起こし、国体護持させないつもりらしい」

 

 

「そうなれば、ロシアと同じ道を歩む事になるな・・・」

 

 

「幹も(あせ)ってんじゃね?連合軍が、大きい顔して政治に干渉して来たら、政治警察の特高は解体されるだろうし」

 

 

 犬飼にニンマリ微笑み掛けられ、『青蘭』は溜息をついた。

 

 その溜息に満足したかのように、犬飼は口元を更に吊り上げる。

 

 

「色んな権限を失ってからじゃ、『現世(うつしよ)』で『裏御前』を、とっちめられねぇもんな」

 

 

「幹久が気の毒だけど、アンタの言う通りよ・・・」

 

 

「だからって、『隠世(かくりよ)』で、『鬼喰(おにぐ)らい』の『裏御前』を倒すなんて無謀だしなぁ」

 

 

「・・・・」

 

 

「俺もだけど、お前も『鬼喰らい』じゃなくて、残念だな」

 

 

「アンタ・・・本っっ当に人を怒らせる天才よね」

 

 

 目元を引きつらせる『青蘭』に、犬飼は得意げな顔を浮かべた。

 

 ほめていないと言わんばかりに、『青蘭』の眼光が、更に鋭くなる。

 

 すると、『虚』は、錫杖(しゃくじょう)を肩に掛けるように持ち、甲高い金属音を辺りに響かせた。

 

 

「そう怒るな、『青蘭』・・・俺は、お前に色んな事で感謝しておるぞ」


 

「え・・・あぁ・・・イイのよ、アナタは」

 

 

「犬飼と気が合わないのに、手伝わせて、すまない」

 

 

「・・・・別に、アナタが犬飼のせいで、『裏御前』に見つからないか監視してるだけよ」

 

 

 『虚』が控えめに微笑むと、『青蘭』は困ったような顔をした。

 

 しかし、二人を尻目に、犬飼が石段を登り始めているのに気が付くと、『青蘭』は勝手な振る舞いに文句を言いながら追い掛ける。

 

 かしましい二人の掛け合いを見ながら、『虚』は、ほのかに笑みをこぼしたのだった。

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