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灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
媼主の速贄
122/153

-媼主の速贄- 12

 山の向こうに陽が沈んで行き、瓦礫(がれき)だらけの焼け野原は、(あか)く染まっていた。

 

 空を見上げれば、夕日に照らされた積乱雲が、(だいだい)色から赤紫色へと徐々(じょじょ)に変わっていく。

 

 そんな中、子猫ほどの大きさの空蝉(うつせみ)が、恭一郎の肩でカタリと(きし)む音を上げた。

 

 その紅い姿態は夕日を受けて赤々と輝き、体内の水面は穏やかに揺れている。

 

 


 ――こんな荒野でも、夕日は美しいものだな、恭一郎


 


 血のように赤いとか言い出すかと思えば、抒情(じょじょう)的だな。


 


 ――・・・フン 、人が待ちぼうけして、つまらぬだろうと思って話し掛ければ、嫌味ったらしい

 

 


 実篤の診療所を出た後、恭一郎たちは、宝条(ほうじょう)家の敷地まで戻って来ていた。

 

 しかし、東雲(しののめ)は水谷を送りに行ったのか、蔵には鍵が掛かっており、仕方なく、蔵の前の石段に座り込んで待っているのである。


 不機嫌そうに、そっぽを向く『(うつろ)』に、恭一郎は含むように笑った。




 好きな女がいると、物の見方が変わるんだな。

 


 

 ――・・・は!?

 


 

 彼女がいるんだろ?

 

 


 ――お前まで、犬飼(いぬかい)のような事をっ・・・

 


 

 今すぐ会いたいとか、思うのか?

 

 


 ――・・・・・

 


 

 ココに一匹残して、行ってくればいいじゃないか。

 

 犬飼が、お前は何匹もいると言っていたんだから、出来るんだろう?

 

 

 

 ――・・・なっ!?

 

 

 

 お前の事だから、単に気恥ずかしいから、『隠世(かくりよ)』に行ってるとは思えない。

 

 俺に手伝える事がないというのも、なんとなく分かってる。

 

 

 

 ――・・・・・・ぬぅ

 

 

 

 行ってやれ。

 

 今の日本は病気だ・・・『隠世』なんか、更に質が悪くなってるんだろう?

 

 お前が助けになるなら、行ってやるべきだ。

 

 

 

 

 

 ざわり

 

 

 

 

 一瞬、大気が打ち震えると、恭一郎は何かが遠くに行くような感覚を覚えた。

 

 ただ、背筋が(あわ)立ったにも関わらず、不快感というものは、まったくない。


 恭一郎は、ほのかに微笑み、左肩に残った空蝉につぶやいた。

 

 

 

 ・・・俺は、いつかお前を殺さないといけないんだな。

 

 

 

 ――・・・災害規模を小さくするという話か

 

 

 

 お前は、本当に重要な事を平気で隠すな・・・

 


 

 ――・・・フン、自己防衛だ

 


 

 いくら大規模災害を避けたいからって、お前の了承なしに、不意打ちで襲い掛かるワケないだろ。

 


 

 ――どうだか


 


 俺がいないと飢餓(きが)状態を解消出来ないんだから、お前は俺の側から離れられない。

 

 それなのに、いきなり殺されるかもしれないと、警戒し続けるのはシンドイだろ。

 


 

 ――まぁな・・・

 



 ・・・・・・仕方ないとはいえ、怖いな

 


 

 ――ちょっとした怪我をしたり、少し病気をわずらうだけだ。一気にやらなければ心配ない。

 

 


 そうじゃなくて、お前の方が。

 


 

 ――別に

 



 強がらなくていい。

 

 あの大群の数だけ・・・死ぬって事だろ。

 

 


 ――・・・・

 


 

 普通の『鬼』は、肉体が死ねば消えるが、半永久的に不死だ。

 

 だが、『死鬼喰(しきは)み』の『鬼』は、殺せば死んでしまう・・・だから、『死鬼(しき)』と呼ばれているんだろ。

 

 


 ――・・・あのな、恭一郎

 


 

 飢餓状態になって、我を忘れた『死鬼喰み』が、真っ先に狙うのは、自分の『死鬼』だ。

 

 それは、飢餓状態になるたびに、なんとなく感じてた。

 

 『死鬼喰み』という呼び名も、そこから来ているのか?

 


 

 ――・・・・・・う、うむ

 



 お前にとって、俺は()えてても飢えてなくても、自分を飼い殺す、この世で一番の天敵だな。

 

 あぁ・・・だから、後腐れないように、わざと嫌われるような事を言うのか。

 



 ――・・・・

 


 仲良くしろとは言わない。


 でも、お前は、俺を悪いようにしないで来てくれただろ?


 だから、俺も・・・なるべく、お前を悪いようにしたくないと思ってる。


 

 

 ――・・・俺は、親父を殺したんだぞ。一生、許さぬのではなかったか?

 


 

 『救われぬ・・・俺もお前も、救われぬのだ』

 



 ――・・・!




 『空蝉の宴』の終盤―――黒幕とお前が、沢に飛び込むシーンに、そんなセリフがあった。




 恭一郎は、瞳に暗い影を落とすと、ジッと『虚』を見つめた。


 切なさをにじませた表情に、『虚』は、カタリと軋む音を上げる。




 最初、『俺もお前も』の『お前』は、親父の事だと思ってた。


 でも、幹久と小説の話をしてて・・・気が付いたんだ。


 あの一文の『お前』は・・・『死鬼喰み』である、俺の事だって・・・。




 ――・・・・




 お互い救われないなら・・・俺だけ、ノケモノにしないでくれ。

 



 そう言った恭一郎の瞳を、沈みゆく太陽が紅く染めた。


 どこか悲哀をにじませながらも、穏やかな湖面のように静かに揺らめいている。

 

 かつて、御堂(みどう)カエデが、自分の『死鬼』について語った時の眼差しを、『虚』は不意に思い出したのだった。

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