-媼主の速贄- 11
陽がかたむき、夕焼けに紅く染まった住宅地の一角で、東雲は『シキ』に成り代わっている水谷と、並んでたたずんでいた。
水谷は引き戸を開けて東雲の方へ振り替えると、穏やかにニッコリと笑う。
「姐さん、ありがとう。帰り道、気を付けてね」
「すぐには帰りません。夕餉の支度を致します」
「え、ホント~」
「芋粥で、宜しいですか?」
「うん」
水谷がニコニコ微笑むと、東雲は控えめに微笑み返した。
部屋に上がり込むと、本の山を崩さぬように、台所へと歩き出す。
窓は、爆風でガラス片が飛散しないよう、裏表に紙が貼られ、バツ印にテープが張られていた。
政府が命じた「灯火管制」の為、電灯には黒い布が掛けてあり、外に光が漏れないようにしてある。
ただ、うず高く積まれた本の山々が、窓をふさぐ勢いで乱立しており、果たしてそれらの処置をする必要があるかどうかは、微妙なところであった。
「姐さん」
含みのある声に、東雲が無言で振り返ると、水谷は、相変わらずニコニコした顔で小首をかしいだ。
どこか挑戦的な様子に、東雲は眉根を寄せる。
「心配?」
「・・・『シキ』さん、お願い致します。どうか圭吾さんの居場所を教えて下さい」
「圭吾は心配ないよ。むしろ・・・ボクは姐さんの方が心配なんだけど?」
「ワタクシの心配など、無用でございます。『隠世』で、『裏御前』を追う方が、よっぽど」
「『裏御前』の恐ろしさは、むしろ『現世』の方で深刻化してる」
「――――」
「でも所詮、ボクは病弱な一般庶民で、『現世』で政財界を牛耳っていた人を相手にするほど、 体力もなければ権力もない」
「だからと言って、『隠世』で『裏御前』を相手にするなど、自殺行為でございましょう!」
「『鬼喰らい』だし、勝算ないよね~」
東雲が泣きそうな顔で見つめると、水谷は間の抜けた笑みを浮かべた。
暗くなってきた室内で、丸眼鏡が西日にきらめく。
「圭吾さんが『隠世』で苦しんでいるのに、アナタは何とも思わないのでございますか!」
「でも、圭吾が『現世』で苦しむ事はないよ。ボクが代わりに、全ての苦痛を引き受けるから」
「――――!」
「眠ると『鬼』に成り代わる体質のおかげで、ボクは『隠世』を知らないで生きて来れた。だから、こんな時くらい・・・圭吾には、病気で苦しんで欲しくないんだ」
「『シキ』さん・・・」
ぐぅ~・・・
すると、なんとも間の抜けた音が、室内に響き渡った。
その音に気が抜けて、東雲は口元が半開きになる。
その顔が、あまりに可笑しくて、水谷はクスクスと笑い出した。
「姐さん。肉体が死んじゃうと圭吾も死んじゃうから、ご飯ちょうだい」
のほほんとした顔で微笑まれ、東雲は溜息と同時に、うな垂れた。
その深い溜息に、水谷は楽しそうに笑い続けたのであった。




