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灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
媼主の速贄
121/153

-媼主の速贄- 11

 陽がかたむき、夕焼けに紅く染まった住宅地の一角で、東雲(しののめ)は『シキ』に成り代わっている水谷と、並んでたたずんでいた。


水谷は引き戸を開けて東雲の方へ振り替えると、穏やかにニッコリと笑う。

 


(ねえ)さん、ありがとう。帰り道、気を付けてね」

 

 

「すぐには帰りません。夕餉(ゆうげ)の支度を致します」

 

 

「え、ホント~」

 

 

芋粥(いもがゆ)で、宜しいですか?」

 

 

「うん」

 

 

 水谷がニコニコ微笑むと、東雲は控えめに微笑み返した。

 

 部屋に上がり込むと、本の山を崩さぬように、台所へと歩き出す。

 

 窓は、爆風でガラス片が飛散しないよう、裏表に紙が貼られ、バツ印にテープが張られていた。

 

 政府が命じた「灯火(とうか)管制(かんせい)」の為、電灯には黒い布が掛けてあり、外に光が()れないようにしてある。

 

 ただ、うず高く積まれた本の山々が、窓をふさぐ勢いで乱立しており、果たしてそれらの処置をする必要があるかどうかは、微妙なところであった。



「姐さん」

 


 含みのある声に、東雲が無言で振り返ると、水谷は、相変わらずニコニコした顔で小首をかしいだ。

 

 どこか挑戦的な様子に、東雲は眉根を寄せる。

 

 

「心配?」

 

 

「・・・『シキ』さん、お願い致します。どうか圭吾(けいご)さんの居場所を教えて下さい」

 

 

「圭吾は心配ないよ。むしろ・・・ボクは姐さんの方が心配なんだけど?」

 

 

「ワタクシの心配など、無用でございます。『隠世(かくりよ)』で、『裏御前(うらごぜん)』を追う方が、よっぽど」

 

 

「『裏御前』の恐ろしさは、むしろ『現世』の方で深刻化してる」

 

 

「――――」

 

 

「でも所詮(しょせん)、ボクは病弱な一般庶民で、『現世(うつしよ)』で政財界を牛耳(ぎゅうじ)っていた人を相手にするほど、 体力もなければ権力もない」

 

 

「だからと言って、『隠世』で『裏御前』を相手にするなど、自殺行為でございましょう!」

 

 

「『鬼喰(おにぐ)らい』だし、勝算ないよね~」

 

 

 東雲が泣きそうな顔で見つめると、水谷は間の抜けた笑みを浮かべた。

 

 暗くなってきた室内で、丸眼鏡が西日にきらめく。

 

 

「圭吾さんが『隠世』で苦しんでいるのに、アナタは何とも思わないのでございますか!」

 

 

「でも、圭吾が『現世』で苦しむ事はないよ。ボクが代わりに、全ての苦痛を引き受けるから」

 

 

「――――!」

 

 

「眠ると『鬼』に成り代わる体質のおかげで、ボクは『隠世』を知らないで生きて来れた。だから、こんな時くらい・・・圭吾には、病気で苦しんで欲しくないんだ」

 

 

「『シキ』さん・・・」

 

 

 

 ぐぅ~・・・

 

 

 

 すると、なんとも間の抜けた音が、室内に響き渡った。

 

 その音に気が抜けて、東雲は口元が半開きになる。

 

 その顔が、あまりに可笑しくて、水谷はクスクスと笑い出した。

 

 

「姐さん。肉体が死んじゃうと圭吾も死んじゃうから、ご飯ちょうだい」

 

 

 のほほんとした顔で微笑(ほほえ)まれ、東雲は溜息と同時に、うな垂れた。

 

 その深い溜息に、水谷は楽しそうに笑い続けたのであった。

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