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灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
媼主の速贄
119/153

-媼主の速贄- 9

 夏の日差しが降り注ぐ中、ようやく犬飼と恭一郎は宝条家にたどり着いた。


 格式高い屋敷も庭も、かつての姿を残していなかったが、広い敷地の中に、蔵だけが焼け落ちずに残っている。


 堅牢(けんろう)要塞(ようさい)の如くそびえ立つ姿は、どこか威圧的にさえ思えた。


 その入り口に、小さな人影が市松人形のように行儀よく立っている。


 犬飼が軽く手を上げると、その人影は深々と頭を下げた。




「お二方とも、お越しいただきまして、ありがとうございます」




 長い髪を後ろに結い上げ、着物にもんぺ姿の東雲(しののめ)が、丁寧に頭を下げた。


 首には、真っ白な一匹の蛇が、まるで首飾りのように上品に巻き付いている。


 しかし、恭一郎が微笑み掛けると、白蛇は急に(かすみ)のように姿を消した。


 素っ気ない態度に、恭一郎は怪訝(けげん)な顔で東雲を見る。



「・・・『白蓮(びゃくれん)』が、消えたんだが」



「恭一郎様に久しぶりにお会いして、緊張なさっているのかと存じます」



 東雲は、困った顔で控えめに微笑んだ。


 その笑みは、目元に全くシワもなく、最初に出会った頃と変わらない。


 髪型のおかげで大人には見えるが、二つ結びのおさげなどにしたら、女学生でも通じそうな若々しさであった。


 もう孫がいてもおかしくない歳であるはずなのに、その見た目に、恭一郎は驚異の眼差しを向ける。



「恭一郎様、いかがなされましたか?」



「・・・いや、色々と衝撃的な事が多すぎて、少し混乱している」



「お疲れでございましょうから、どうか中にお入り下さい」



 そう言うと、東雲は二人を蔵の中に案内した。


 昔よりも、いくらか骨董品は片付けられ、焼け残ったらしい日用品があちこちに置かれている。


 仕舞い込まれていたらしい客人用の座布団が、部屋の中心に綺麗に並べられていた。



「そちらに座ってお待ち下さい」



 そう言い残すと、東雲は、そそくさと外へと駆け出して行った。


 先に座り込んだ犬飼に、恭一郎は、ならうように横に座る。



「で、相手はどんな感じなんだ?」



「・・・え?」



「彼女の事だよ」



「東雲が、どうかしたのか?」



「そうじゃなくて」



 恭一郎は左肩に視線をやると、眉間にシワを寄せた。


 だが、小さくうなずくと、近くにあった包丁を手に取る。



「ち、ちょっと待て!早まるな!!」



 犬飼が慌てて座ったまま後ずさると、恭一郎は、おもむろに指先を包丁で切った。


 したたり落ちた血液が、蔵の板の間に点々と落ちていく。


 すると、その血だまりの中から、小さな(あか)空蝉(うつせみ)が一匹、地獄から()い出すように現れた。


 そして、ギリギリと(きし)む音を出すと、見た目からは想像できないほどの素早い動きで、犬飼の肩に上り詰める。



「犬飼っ・・・!」



「うっわ・・・・え・・・『虚』!?」



「恭一郎の血を媒介に、実体を一時的に持つことが出来るのだ。本当に短時間だが」



「お、それはありがてぇな」



「お前には、直接言いたい事が山ほどあり過ぎる!!」



「怒んなよ。で、彼女とは、どこまでいった?」



「お前は、本当にゲスだな・・・!!」



「ほめなくていいから、教えて?」



「恭一郎と俺は、見聞きしたことを共有出来ない!それに、『死鬼喰(しきは)み』の恭一郎の魂魄は、『隠世(かくりよ)』に行けぬのだ!!事情を知らぬコイツの前で話せるか!」



「はぁ!?お前、生みの親に内緒で『隠世』で逢引きしてんのかよ。中学生か!」



「お前はっ・・・本当に暴露本のような奴だな!!」



「いやいや、分かるぞ。親に、そういうのを隠したい気持ちはさぁ」



「これ以上、何も言うな!!」



「だがよ。わざわざ『隠世』に行く必要ねぇだろ。『現世(うつしよ)』で会えばイイじゃねぇか」



 犬飼が恭一郎に視線を向けると、恭一郎は、きょとんとした顔を向けるばかりであった。


 そんな何も分かっていなさそうな恭一郎に、犬飼は楽し気に笑い掛ける。



「アンタだって、自分が思いを寄せてる女の所に、自分の『鬼』が行ったからって止めねぇだろ?」



「・・・悪いが、まったく話が読めない。相手は誰のことを言ってるんだ?」



 犬飼と恭一郎が『虚』に視線を送ると、『虚』は前足で顔を隠し、軋む音を立てた。


 同時に空蝉の体がドロリと溶け出し、次第に粘液から液体へと変わる。


 そして遂には、犬飼の肩で、ただの血染みとなってしまった。



「逃げたな・・・」



「あぁ・・・しかも、どこかに隠れてる」



「・・・・だがよ、今の話だと、相手とは『鬼』同士でしか面識がないって事か」



「少なくとも、俺は誰だか分からない。向こうは、俺を知ってるかもしれないが」



「心当たりは?」



「ない・・・そもそも、逢引じゃ無いんじゃないか?」



 その言葉に、犬飼は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。


 恭一郎は目を伏せると、自分の手元を見つめる。



「『死鬼喰み』として目覚めた以上、死んだ時に、天災で大切な人を巻き添えにしかねない。正直、それを思うと、誰かと添い遂げようという気が起らない」



「まぁ、そうだけどさぁ・・・色恋沙汰は、理性でどうにもならなくね?」



「なら、どうして俺は、そういう心境になっていないんだ?」



「『現世』で面識が無いからだろ?まったく交流がねぇ相手ってことだ」



「筋は通ってるとは思うが、『虚』がアンタに暴かせない為に、嘘をついた可能性もあるだろ」



 犬飼は腕を組むと、天井に視線を向けた。


 しばらく思案していたが、急にニンマリとイヤらしく笑う。



「いいや・・・絶っっ対、下心で通ってる!ゴシップ雑誌のベテラン記者だった俺をなめんな!!」



「・・・身に覚えはないが、アンタみたいなのに、追われてる連中の気持ちは良く分かった。俺にしては珍しく、『虚』が哀れで仕方ない」



 犬飼が息巻いていると、蔵の出入り口から、足音が聞こえて来た。


 二人が視線を向けると、足音の主は、ゆったりとした足取りで、蔵の中へと上がる。




「こんにちは~」




 灰白色(かいはくしょく)浴衣(ゆかた)に藍色の羽織を肩に掛けた男であった。


 丸眼鏡を掛け、細い目を更に細めて穏やかに笑っている。


 その横には、東雲が水の入ったグラスを、盆に乗せて立っていた。



「お待たせいたしました」



「キミが恭一郎君?その後、夢彦君と仲良くやってる?」



 恭一郎が、いぶかし気な顔で見つめ返すと、丸眼鏡の男は小首をかしげた。


 すると、東雲が慌てて、男に耳打ちする。



「あの・・・まだ、話をしていないのでございます」



「あ、そうなんだ~」



 クスクス笑うと、まるで絵に描いた狐のように、目元が更に細くなった。


 しかし、急に笑顔に苦悶の色がにじみ、丸眼鏡の男は、蔵の扉にもたれ掛かる。


 犬飼は素早く立ち上がると、脇を抱えて、その体を支えた。



「水谷!大丈夫か!?」



「・・・・今日は、あまり体調が優れないんだ~。早く、帰りたいんだけど?」



 犬飼は、自分の座っていた座布団に水谷を座らせると、すぐ側の壁に、腕を組んで寄り掛かった。


 険しい顔で溜息をつくと、水谷は再びクスクスと笑い出す。



「笑い事じゃねぇだろ」



「怖いな~。病人なんだからいたわってよ」



「自業自得だ・・・いい加減、圭吾(けいご)の居場所を吐け」



 犬飼の言葉に、水谷はニンマリとした笑みを浮かべた。


 うすら寒い笑みに、恭一郎は、背筋に寒いものを感じる。


 犬飼は、そんな恭一郎を一瞥(いちべつ)すると、重々しい口調で口を開いた。



(きょう)さん、アンタは『見える』から、分かるだろ?」



「『鬼』が、いないな・・・成り代わっているのか?」



「そ・・・生みの親である圭吾と、その『鬼』である『シキ』が入れ替わってる」



 恭一郎が顔をしかめると、水谷はニコニコと微笑んだ。


 先程のゾッとするような雰囲気は鳴りをひそめ、ひだまりのように穏やかである。



「俺が『隠世』で『虚』と出くわしたのは、圭吾を探していたからなんだ」



「どうして・・・成り代わるような事になったんだ?」



 恭一郎の問い掛けに、犬飼は重い溜息をついた。


 その溜息を皮切りに、東雲が水の入ったグラスを配り始める。



「恭一郎様、陵雲郭(りょううんかく)の展望台で、ワタクシが御忠告した事を覚えてますでしょうか?」



「あぁ・・・たしか、『裏御前(うらごぜん)』だったか」



「圭吾さんは、その『裏御前』を追っているのでございます」



 恭一郎は、水谷を一瞥した。


 ずっと変わらない笑みが、どことなくお面のようで掴みどころがない。



「『裏御前』は、ワタクシのように『鬼』を認識できる者たちを集め、政財界を牛耳(ぎゅうじ)っていた者でございます。国の取り決めは、彼女の了承無くしては通りません」



「と言っても、それは、関東大震災までの話だけどな」



 犬飼がニヤリと笑う一方、東雲の瞳に影が差した。


 二人の温度差に、恭一郎は眉間にシワを寄せる。



「関東大震災の元凶である、御堂(みどう)カエデを失った途端、軍部の連中が台頭して来たんだ」



「師匠は『裏御前』の暗部として仕えておりましたので・・・そういった方々を、抑える役割があったのでございます」



「『死鬼喰み』を殺すなんて、軍事力の(かなめ)を放棄するもんだ・・・無能な政治家ばっかりだったんだろうな」



 犬飼の言葉に、恭一郎は絶句した。


 東雲は、両手で顔を抑えると、座り込んで涙を流し始める。



「・・・殺・・・された・・・?・・・病死じゃ、ないのか?」



「あぁ、相模湾(さがみわん)沖に、生きたまま沈められた」



 まるで推理小説の犯人を、サラッとネタバレしたかのような言い方であった。


 なんの同情も無さそうな様子に、恭一郎は眉根を寄せる。



「知り合いに聞いたんだけどさぁ。海外にも当然、『死鬼喰み』はいるらしい」



「―――」



「海外は日本と違って『死鬼喰み』を丁重にあつかう。その存在自体が、他国に対して軍事的抑止力になるからな。大半が『死鬼喰み』として目覚めてないらしいけど」



「海外でも・・・目覚めた『死鬼喰み』は、殺されているのか?」



「まさか。下手に殺せば大規模災害になる。死刑囚の『鬼』を喰わさせながら、災害規模を抑える為に、『死鬼(しき)』を少しずつ減らすらしい。俺は見た事ないが、『虚』も、たくさんいるんだろ?」



 恭一郎は口元を抑えると、胃の奥から、すえたものが上がって来るのを感じた。


 あまりの不快感に、思わず目を細める。



「目覚めた『死鬼喰み』は、確かに厄介だが、大切な軍事力に変わりない。『死鬼喰み』は圧倒的に数が少ねぇから、見つけること自体難しいしな」



「なら尚更・・・なんで東雲の師匠は殺されたんだ」



「御堂カエデが殺されたのは、大規模災害による首都崩壊を、『裏御前』が目論(もくろ)んだからだ」



「・・・なっ」



「首都が壊滅すると、色々得する人間がいるんだ。それでも、殺す理由にするには、()に落ちねぇけど」







 ドンッ・・・






 突如、重々しい打撃音が響き渡り、その場にいる全員が、蔵の入り口に視線を移す。


 夏の陽ざしを背に、ワイシャツにフォーマルなベストを着た男が立っていた。


 蔵の扉を拳で叩きつけたまま、鋭い眼光が、その場にいる全員を射殺すように見すえている。


 そんな険悪な相手に対し、犬飼は、ひょうひょうとした口調で話し掛けた。



「お~、(みき)。お疲れさん」



 しかし、幹久(みきひさ)は応えることなく、無言で犬飼に迫った。


 怒りのこもった眼差しは、まるで刃のようである。



「人のウチで・・・何を密談しているんですか・・・」



「密談じゃねぇよ。俺は常に、来るモノ(こば)まず、去るモノ」



「追い回す・・・でしょう?」



 引きつった笑いを浮かべる幹久は、(ひたい)に青筋を立てていた。


 そんな幹久に、犬飼はニタニタと笑い出す。



「いや~。アッちゃんにソックリになったなぁ、幹」



「僕は、姉さんほど優しくありません・・・犬飼さん、早々にお引き取り願います」



「はぁ~・・・これから(えん)もたけなわだってのに」



「それは、丁度良かったです。殴り飛ばして、話を中断させる手間が(はぶ)けましたから」



 犬飼は苦笑いを浮かべると、ズボンのポケットに両手を突っ込みながら蔵を出た。


 軽薄な笑みを浮かべると、恭一郎たちに向かって片手をヒラヒラと振る。


 その後ろ姿が瓦礫の向こうに消えると、幹久は、氷が軋むような視線を東雲に向けた。


 その冷ややかな瞳に射貫(いぬ)かれ、まるで金縛りにあったように、東雲は硬直する。



「東雲さん。アナタの事を信頼して、宝条の屋敷を任せているのですから、あまり私物化しないで下さい」



「も、申し訳ございませんっ」



「もう少し陽がかたむいたら、圭吾さんを送ってあげて下さい。あまり、顔色が宜しくありませんから」



「かしこまりました・・・」



「それと、恭一郎さん」



 淡々とした口調のまま呼び掛けられ、やや緊張した面持(おもも)ちで、恭一郎は幹久を見つめた。


 幹久は、冷たい視線のまま近付くと、眉間にシワを寄せる。



「その手、どうなされたんですか?」



「・・・え・・・あぁ、これくらい大丈夫だ」



「恭一郎さん」



 明らかに苛立(いらだ)たし気な様子の幹久に、恭一郎は押し黙った。


 今にも暴挙の限りを()くしそうな気迫に、夏の暑さとは別の汗が流れる。



「アナタの大丈夫ほど、聞きたくないものは無いんですよ」



「―――」



「人の敷地で流血して、顔面蒼白になってて・・・何が大丈夫なんですか?」



「・・・すまない、確かにそうだな」



「・・・・・・とりあえず、ココには医療品の(たぐい)がありませんから、ついて来て下さい」



 幹久は、スッと流れるように(きびす)を返した。


 それに合わせるように、東雲は、かしこまった様子でお辞儀をする。


 幹久の言う通りにするしかないと判断し、恭一郎は、真昼の炎天下へと歩き出したのだった。

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