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灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
媼主の速贄
118/153

-媼主の速贄- 8

 夏の鮮やかな青空の下に、瓦礫(がれき)だらけの焼け野原が広がっていた。


 所々、焼け残った家があるものの、辺り一面、色の無いの世界が広がっている。


 あまりにも無残な有様に、恭一郎はシベリアを思い出して言葉を失った。




 ―――ヒドいな




「あぁ・・・」




 思わず声を出して『(うつろ)』に返事をしてしまうほど、恭一郎は胸に重いものを感じていた。


 灰色の帝都は、かつて訪れた面影を、一切残さずに焼き払われている。


 歩兵の銃撃戦など、もう時代遅れになりつつあると、目の前の景色が物語っていた。




 ―――恭一郎、道は分かるか?




「道と言えるモノがないが・・・だいたいの場所は」




 すると突然、恭一郎は、後ろから肩を叩かれた。


 意表を突かれ、後ずさるように振り返る。




「よっ、来たな」




 自分と同じ国民服を着た男性が、後ろに立っていた。


 ただ、首元はだらしなく開けており、口調も軽薄さがうかがえる。


 左目の涙ボクロが特徴的で、どこか挑戦的な眼差しは、カタギではないような雰囲気を(かも)し出していた。



「アンタが北上(きたかみ)恭一郎か。デカいからすぐ分かった」



「・・・誰だ?」



「あ?・・・あぁ!俺は犬飼(いぬかい)兼仁(けんじ)だ」



 ニンマリ笑う犬飼に、恭一郎は顔をしかめた。


 そして、少し目を泳がせると、意を決したように口を開く。



「その・・・申し訳ないが」



「ん?」



「名前に心当たりがない。どうして、俺の事を知っているんだ?」



 その言葉に、犬飼は目を丸くした。


 そして、瞬時に状況を察したのか、大きな溜息をつく。



「・・・あのさ、頼むから依頼主の名前くらい、教えといてくんね?」



「・・・え?」



「アンタに言ってるんじゃない。『虚』に言ってるんだ!」



 恭一郎も、ようやく状況を察したのか、左肩に目をやった。


 見えない火花が散っているのが、犬飼にも見えそうな険悪さである。



「犬飼・・・と言ったか。すまない、どうも色々と隠し事が多い奴なんだ」



「・・・知ってるよ」



 しばらく、左肩を(にら)みつけて黙り込んだ恭一郎は、にわかに目の色が変わった。


 そして、急に手本のような礼をすると、真摯(しんし)な顔で犬飼を見つめる。



「大変申し訳ありません。夢彦が出版社に勤めていた頃の先輩に、横柄(おうへい)な態度を取りまして」



「え・・・あ、まぁ」



「しかも、夢彦に取り()いた『虚』の『無害化』にも尽力(じんりょく)していただいたとは露知らず、まずは感謝の言葉を述べなければならないところを」



「ちょ、ちょっと待ってくれ!」



「はい・・・?」



「急に態度変わり過ぎ・・・俺、そんな・・・かしこまられる生き方してねぇから」



御謙遜(ごけんそん)を」



「・・・・『虚』がアンタに説明すると、色々おかしな方に取られそうだから、俺から話すわ」



 犬飼は苦笑いを浮かべ、恭一郎の肩をポンと叩いた。


 自分の身の振り方をどうすれば良いのか(つか)めず、恭一郎は困惑の表情で犬飼を見つめ返す。


 そんな恭一郎の様子がおかしく、犬飼は吹き出すように笑った。



「宝条の屋敷に着くまで、話が絶えそうにねぇな」



 そう言うと、犬飼は嬉々とした様子で歩き出した。


 その焼け野原に似合わない楽し気な笑みが、恭一郎には、夏の青空のように鮮やかに感じられたのだった。

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