表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
蛇落の褥
11/153

-蛇落の褥- 3-2

 十月も残りわずかとなった頃、だいぶ季節は秋めいていた。


 ほんの少し乾いた風に吹かれながら、幹久は、夢彦の自宅の庭先を歩いている。


 いつものように玄関のベルを鳴らすと、奥からパタパタと軽快な足音が聞こえて来た。


 引き戸が開けられると、穏やかな笑みを浮かべ、夢彦が羽織姿で顔を出す。



「あれ、お出掛けですか?」



「いやいや、単に冷えてきたから着込んでいるだけだよ」



「じゃあ、温かいお茶が丁度いいですね」



 いつもの風呂敷包みを見せると、夢彦は満面の笑みを浮かべた。


 この酒まんじゅうに一種の魔力を感じると、幹久は密かに思う。



「あと、この前お話しした、父の蔵書を持ってきました。蔵で眠ってたので、ほこりっぽいですけど」



「ありがとう。蔵があるなんて、さすが華族の家だなぁ」



「大して大きくないですよっ。本物か贋作(がんさく)かも分からない骨董品しか入って」



 急に、夢彦が遠くを見るような目をした為、幹久は視線を追って後ろを振り向く。


 見ると、庭の門扉の辺りに、一人の陸軍兵卒が立っていた。


 長身で、身長は二メートル近くあり、日本人男性の平均的な身長より、頭一つ分はデカい。


 そんな威圧的な雰囲気を醸し出した大男に、夢彦はゆっくりと近付くと、男の二の腕の辺りを掴み、帽子で隠れた素顔をのぞき込んだ。



恭一郎(きょういちろう)・・・?」



 恭一郎と呼ばれた男は、帽子を取って顔を見せた。


 鋭い眼光が、いかにも軍人という雰囲気を醸し出していたが、控えめに破顔すると、秋風のように清々しい印象に変わる。




「久しぶり」




 声を掛けられても、夢彦は放心状態で立ち尽くした。


 そんな夢彦に苦笑いを浮かべると、不意に恭一郎は、幹久の方に目を向ける。


 そして、眉間にシワを寄せると、あからさまに怪訝(けげん)そうな顔をした。



「お前、誰だ?」



 ドスのきいた声を掛けられ、幹久はビクッと震えた。


 しかし、今にも逃げ出したいのをこらえ、消え入りそうな声を上げる。



「あ、あの・・・宝条(ほうじょう)幹久と申します・・・その・・・出版社の者で」



 すると、恭一郎は更に眉間にシワを寄せ、険しい視線を送って来た。


 今にも斬りかかって来そうな様子に、幹久は両手を上げて逃げ出したくなる。


 差し入れの風呂敷包みを思わず抱くように持ち直し、怒られている子供のように身を縮めた。



「お前みたいな奴、初めて見た」



「・・・え?」



「お前・・・人間なのか?」



 幹久は、心をえぐられるような気持ちになった。


 学校で「普通じゃない」「変な奴」と言われるのは慣れているが、仕事中に、しかも初対面の相手に人でなし扱いされるとは思わず、泣きそうになる。


 そんな幹久の悲痛な様子に、珍しく夢彦が声を荒げた。



「恭一郎、なんて事を言うのだ!彼ほど気づかいの出来る人間はおらんのだぞ!!」



「―――・・ぇ、あぁ」



「すまんな、幹久君。昔から人の好き嫌いが激しくて、言葉(はし)がキツいんだ」



 幹久は無言で夢彦を見つめた。


 すると、恭一郎もうかがうような視線をやめて、気まずそうな顔で夢彦に視線を移す。



「・・・そうか、俺の勘違いだったみたいだ」



「失礼にもほどがあるぞ。ちゃんと謝れ」



 夢彦が言うか否や、恭一郎は幹久の所に颯爽(さっそう)と歩み寄った。


 近くに寄ると余計に長身に見え、幹久は思わず震えだす。


 軍服のせいもあるが、かなりの強面(こわもて)で、威圧的な雰囲気に押し(つぶ)されそうであった。


 どんな横柄な態度をとられるのかと、幹久は身をすくませる。



「申し訳ない」



「・・・!」



「けなすつもりはなかった。俺の思い違いだ。許してほしい」



 軍人らしい高圧的な印象が嘘のように消え、恭一郎はスッと自然な動きで頭を下げた。


 切れ長の瞳が、真摯(しんし)な眼差しで幹久を見つめて来る。


 上辺をつくろっている様子もなく、瞳にわずかな焦燥の色が浮かんでいるのを、幹久は感じ取った。




「偉いぞ~、恭一郎!」




 すると、夢彦が駆け寄り、恭一郎の背中を盛大に叩いた。


 その気の抜ける言葉と態度に、恭一郎は、バツが悪そうに苦笑いを浮かべる。


 幹久も同意するように苦笑いを浮かべると、恭一郎は静かに微笑み返し、夢彦に向き直った。



「お前が東京にいると聞いて、基地に帰る前に寄った」



「誰に聞いたんだ?」



「お袋から」



「よくココが分かったな」



「お袋が、お前から手紙をもらったからと、宛先を送ってきた」



 それを聞くと、夢彦は、恭一郎の胸倉を思い切り締め上げた。


 身長差があり過ぎて形だけであるが、獣が飛び掛かるような勢いに、幹久は目を丸くする。



「住所が分かってるなら、なんで(ふみ)の一つも寄こさない!!」



「お袋の手紙を受け取ったのが、出兵当日だった」



「出兵!?」



「ロシアに行ってきた」



「お前っ・・・シベリアに出兵していたのか!?」



「あぁ」



「~~~~~っ!」



 夢彦は、鋭い眼差しで恭一郎を(にら)みつけながら黙り込んだ。


 いつもは険悪な雰囲気を取り成す夢彦が、自ら殺伐(さつばつ)とした空気を作り上げるのを見て、幹久は言葉を失う。


 どうすれば良いのか分からず、幹久は、怒られている当の本人である恭一郎が、早く謝ってくれないかと、ひたすら願った。



「とりあえず、夢彦」



「何だ!?」



「ヒマか?」



「ヒマではない!これから原稿を仕上げて渡さねばならん!」



「・・・幹久とか言ったな。お前、昼メシ食ったか?」



 急に話を振られて、幹久は挙動不審となった。


 真っすぐ見つめて来る恭一郎にオロオロするも、なんとか首を横に振る。



「じゃ、俺が昼代を払うから、夢彦を貸してくれ」



「金で物を借りるみたいに言うな!」



「お前の分もおごるから、怒るな・・・」



 吠えかかる犬のような夢彦を、恭一郎は溜息交じりになだめすかした。


 自分に非があると思わなければ、(がん)として謝らない人だと、幹久は恭一郎を分析する。


 その(いさぎよ)い姿が自分とは大違いだと、幹久は憧憬(しょうけい)の眼差しで恭一郎を見つめたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ