-螺鈿の葬列- 21
その後、火災に気が付いた村人たちによって、消火作業が始まった。
何人かの人に声を掛けられが、水谷は座り込み、ただただ立ち昇る黒煙を、目で追うしかなかった。
そして今は、駆けつけた東雲に村はずれの寺院に連れて行かれ、僧房の一室で呆然と座り込んでいる。
出版社には、水谷の代わりに東雲が連絡を入れ、急病で倒れたことにしてもらったのだった。
「圭吾さん」
東雲が、今にも泣き出しそうな声で、水谷の名を呼んだ。
しかし、水谷は振り返る事はおろか、返事をする気力もない。
「先程、村の方がいらっしゃいまして、家屋の消火が済んだそうです」
東雲は水谷の返事を待っていたが、水谷は無言のまま、境内をぼんやりと眺め続けた。
冬の夜は早く、明かりのほとんどない境内は、まるで『隠世』の常闇の森のようである。
「圭吾さん・・・兄様から事の次第を話すように頼まれているのですが、お聞きになられますか?」
水谷は、その言葉に鬼気迫る勢いで振り返った。
しかし、東雲は振り返って欲しくなかったというような眼差しで、水谷を見る。
「・・・実は、圭吾さんが師匠の姿で、『裏御前』の手の者に襲われた時の事なのですが」
水谷は思わず、心臓の辺りを鷲掴んだ。
鼓動が、警鐘の如く高鳴っている。
「見られていたので・・・ございます」
「・・・え?」
「兄様が、師匠の姿の圭吾さんから、『瘴気』の銛を引き抜くところを、手下に見られていたのでございます」
水谷は愕然とした。
東雲はうつむきながら、着物を小さな手で握りしめる。
「その後、ワタクシが『遁甲』を掛けましたので、圭吾さんの正体はバレずに済んだのですが、逆にそれが、『裏御前』への反逆行為へと、仕立て上げてしまったのでございます」
「まさか・・・あの時、皇室に呼ばれたっていうのは」
「『裏御前』に呼び出され、制裁を受けに行ったのです・・・」
水谷は蒼白となり、今にも吐きそうになるのを必死にこらえた。
東雲の目から、雨だれのように涙が伝う。
「兄様は、『裏御前』の目の前で・・・師匠によって、制裁を下されました」
「―――」
「本当は、その場で切り伏せるのが通例なのですが、圭吾さんの『無害化』の事もある為、あらかじめ兄様が、『瘴気』で徐々に病魔に侵される懲罰になるよう、師匠に指示したのです」
「もしかして・・・両目と両手に」
「はい・・・『裏御前』に師匠が提案しましたところ・・・兄様から、『鬼喰らい』の天賦の才を奪うような病ならと・・・」
『無害化』しない『鬼喰らい』なんて、生きてる価値ないだろ
「しかし、ワタクシが密かに『無害化』しておりました故、すぐには『瘴気』の影響が出ず、今日まで持ちこたえたのでございます」
「あ、あぁ・・・」
水谷は、出勤前に感じた違和感を思い出した。
今朝、坂を下る前に、家の奥に引っ込んでしまったのは、見えなかったからである。
眉間にシワを寄せて目を細めていたのは、あの距離でも、水谷の顔が、ほとんど見えていなかったのだ。
そして、笑顔を見せろと言ったのも、水谷の本名を呼んだのも
もう、見る事も呼ぶ事も―――かなわないからであった。
水谷が言葉を無くしていると、東雲は両手で顔を抑え、すすり泣き始めた。
そんな東雲に、水谷は、かすれた声で問いただす。
「姐さん・・・火をつけたのは、散華さん自身なんだね・・・?」
東雲は答えず、畳にひれ伏して号泣した。
それでも、水谷は問い掛け続ける。
「ボクの事がバレないように・・・自分ごと、全部燃やしたんだよね?」
小さな肩を震わせながら、東雲は額を畳にすり付けた。
そのわずかな動きを肯定ととらえ、水谷は小さく息をつく。
俺に生きてる価値があると思うなら、ココにいてくれ
あの時、坂を降りなければ―――
だが、自害するのを止めるという事は、散華に生き地獄を味わえと言っているようなものである。
『鬼喰らい』にとって、『無害化』は呼吸する事に等しい。
両目、両手を失った散華が、蒔絵を作れず、『鬼』の臭気を避ける為に家に閉じこもるなど、よほど『無害化』に代わる喜びがなければ、ただただ苦しめるだけである。
しかも、水谷が側にいたら、余計に『無害化』出来ない現実を、突きつける事になるのだった。
だから・・・ボクに何か仕事に就けって
水谷に就職をうながしたのは、散華であった。
『鬼』を認知出来ても、外出が苦にならないなら、普通の人と同じように暮らせる方が良いと言われたのである。
散華の元に来たのも、本来は病を治して一般的な生活を出来るようにする事であった為、水谷は深く考えもせず、了承したのだった。
まさか、自分が死んでも大丈夫なように取り計らったなどと、思いもしなかったのである。
自分の浅はかさに、そして、散華をこの世に繋ぎとめられる存在になれなかった事に、水谷は暗澹たる気持ちとなった。
「明日の朝、全部燃え尽きたか確認したら、実家に一旦に戻るよ。新居、探さなきゃ」
東雲は、驚きの眼で水谷を見上げた。
驚愕の中に、非難の色がにじんでいる。
しかし、水谷はそれを受け流すように、無機質な表情を浮かべた。
「ココには、もう戻らない。姐さんも、来たらダメだよ」
水谷は、自分でも驚くぐらいに冷たい声を発した。
そして、東雲の視線を振り払うように、境内に再び視線を移す。
「この世に、まほろばなんて無いんだね・・・姐さん」
「圭吾さん・・・」
「散華さんが身を呈して伝えたかったのは、そういう事だよ」
東雲の頬に、白糸の滝のように、涙が流れていく。
そんな東雲に目を向けることなく、境内に広がる透き通った闇を、水谷は静かに眺めるのだった。




