-螺鈿の葬列- 16
曼殊沙華が咲き乱れている。
普通なら一、二週間で枯れ始めるはずであるのに、ココ――『隠世』と『現世』の境界では、この花が尽きる事はない。
花が咲いている間は、葉が出ない。
示し合わせたように一斉に咲き始める。
そんな特異性からであろうか、この花が、不気味だという者もいる。
しかし、他の花たちと少し違うところが、水谷にとっては、とても親しみが持てた。
「そろそろ、夜明けの頃でございますね」
東雲が安堵したかのような笑みを浮かべた。
散華はキセルをふかしながら、視線だけで相槌を打つ。
「それにしても、圭吾さんが、これほど師匠の教えを習得しているとは知りませんでした。たった半年で、素晴らしい上達ぶりでございますね、兄様」
「そうだな」
今日は『隠世』と『現世』の境界に、水谷は独りでたどり着いたのだった。
先にコチラに来てしまった散華の方が、逆になかなか来ない水谷を探し周り、後からたどり着いたのである。
東雲は『現世』で帰宅するのに時間が掛かり、すでにたどり着いた水谷と散華に、数刻前に合流したのだった。
「ところで、圭吾さんは、将来、どんな事がしてみたいのですか?」
「え・・・?」
「ココに来る前は、学校に通われていたと聞き及んでおります」
「・・・あ、うん。祖母が、絶対に行きなさいって言うから」
「まぁ、お祖母様が」
「家で無為に過ごすより、やる事がある方が良いだろうって」
「素晴らしい方だったのでございますね」
「ほとんど行けてなかったし、ボク自身に、特に志があるワケじゃないから、お金の無駄遣いだと思うけどね・・・・・・だから」
「だから?」
「もしかしたら・・・退学届け、出されてるかも」
「・・・何故でございますか?」
「祖母は、すでに亡くなってるし・・・・・・もう半年以上、家に連絡してないから」
「えぇ!?・・・手紙を出されていらっしゃらないのですか?」
「うん・・・面倒くさくて」
「・・・事情が事情なだけに説明しづらいのは分かりますが、せめて生きてらっしゃる事はお伝えした方が宜しいかと存じます。兄様も、そう思いませんか?」
散華はキセルをふかしながら、眉間にシワを寄せた。
不機嫌そうに煙を吐き出すと、唸るようにつぶやく。
「圭吾に出す気がないなら、それでいいだろ」
「・・・しかし、親御さんも心配なさっているでしょうし」
「便りがないのは無事な証拠って言うだろ?」
散華が素っ気なく返すと、東雲は腑に落ちないといった顔をした。
水谷がギスギスとした雰囲気に苦笑いを浮かべていると、ふいに散華と目が合う。
その瞳には影が差しており、水谷は思わず、自分の着物の胸元を鷲掴んだ。
そんな水谷の小さな変化に気が付いたのか、散華は視線をそらし、溜息交じりにキセルの灰を捨てて仕舞い込む。
「そろそろ行くぞ」
歩き出した散華に、東雲は小さく溜息をつきながら歩き出した。
水谷も掴んでいた胸元を放し、散華の後を追う。
そして、三人は横に並ぶと、『現世』に向かって歩き出した。
曼殊沙華の群生が、何処までも続いている。
参道の石畳は、『隠世』と違って壊れたところがなく、何処までも平らだった。
淀んだ風が吹いて来なければ、どちらが『現世』で、どちらが『隠世』か見分けが付かない。
「・・・っ!?」
すると突然、水谷は蒼白となって立ち止まった。
そんな水谷を、散華と東雲は、いぶかし気に見つめる。
「どうした、圭吾」
「・・・戻れない」
「え・・・?」
「・・・『シキ』が起きてて、体に戻れない」
散華と東雲は、冷や水を浴びせられたような気分となった。
水谷が『隠世』にいる間、『シキ』は水谷の体にいるが、必ず眠っている。
そして、水谷が目覚めると、自然と肉体から離れ、狐の姿で枕元に座っているのが通常であった。
それが今日は、水谷の体を自分のものにして起きている。
つまり、一時的な『鬼』との成り代わりが、本当の成り代わりとなっていた。
「東雲」
「・・・はい、兄様」
「俺が先に行って様子を見てくる。距離を取って、圭吾と後からついて来るんだ」
「かしこまりました・・・」
散華は、瞳に苦心の色を浮かべながら、水谷を見つめた。
水谷は不安に耐えきれず、頭を抱え、自分の髪を握り締めている。
そんな水谷の手首を、散華はグッと掴んだ。
「大丈夫だ」
散華は、フッと息をつくように、落ち着いた笑みを水谷に投げ掛けた。
普段の苦笑いとは違う雰囲気に、水谷は毒気を抜かれる。
「東雲。圭吾を頼んだぞ」
「は、はいっ」
「慌てるな。姉弟子だろ」
東雲が珍しく苦笑いで返事をすると、散華は溜息をついた。
そして香炉をかざしながら、果てしなく続く参道へと、足早に駆けて行く。
ぼんやりと霞の中に消えて行くのを、水谷と東雲はジッと見送ったのだった。




