-螺鈿の葬列- 15
東雲が、人数分のお茶をいれて戻って来ると、水谷たちは円になって座った。
しばらく泣き続けていたカエデも落ち着ついたらしく、いつもの凛とした表情を取り戻す。
そして、珍しくかしこまった様子で、口を開いた。
「お前達に、重要な事を話さねばならない。心して聞いて欲しい」
一同が、神妙な面持ちでうなずく。
あまりに緊張した雰囲気に、水谷は手に汗を握った。
「おそらく、全員の賛同を得られるとは思っていない。だが、私の考えを覆すつもりは毛頭ない・・・いや、それ以外に、私が取れる道が無いのだ」
散華と東雲が、鋭利な眼差しでうなずいた。
水谷も、これから話される内容に不安を感じつつも、控えめにうなずく。
「圭吾・・・お前が殺されそうになったのは、私の『鬼』――『きらら』とお前を間違えたのだ」
「間違えた・・・?」
「『裏御前』様の手下は、『隠世』に『きらら』を連れて行って殺している」
水谷は、言葉を失った。
あの時見た『きらら』は、命からがら、逃げている最中だったのである。
銛で突き刺された姿を想像し、水谷は思わず口を抑えた。
「ただ、『きらら』を殺されるのは、しかたのない事なのだ」
「ど、どうして・・・?」
「それは、『きらら』が『死鬼』だからだ」
「・・・え」
「私は、他人の『鬼』を喰らう、『死鬼喰み』だ」
水谷は言葉を失った。
そんな水谷の反応に、カエデは悪童のような笑みを浮かべる。
「『きらら』の中には、今までに食らった、何百という『鬼』の『瘴気』が詰まっている。それらは、『きらら』を殺すと同時に、天災へと転化するのだ」
「てんさい・・・?」
「地震、雷、洪水などといった自然現象だ。私が死ねば、全ての『きらら』も死ぬ。この量が一気に転化すれば、関東全域に及ぶ大規模な災害は、まぬがれぬだろうな」
「・・・もしかして、その規模を小さくする為に・・・」
「そうだ。だから、『きらら』が殺されるのは致し方ない」
「でもっ・・・『きらら』は、必死に逃げてたよ!」
「『きらら』も分かってはいるが、死ぬのが怖くて逃げる事があるのだ。だが、助けてはいけない。これは、必要な事なのだ」
「そんな・・・可哀想だよ」
「下手に助けて連れて帰れば、散華が気を回してくれたのに、お前の事が『裏御前』様にバレる。そうなれば、今回以上に、お前の身が危うい」
水谷は、散華を見やった。
相変わらず、憮然とした表情で不機嫌そうである。
「散華は、私のイタズラ好きの性格をよく分かっていたからな。お前を秘密にした方が、『裏御前』様を後で驚かせられると、乗せてくれたのだ」
水谷はココに来た頃の、カエデと散華のやり取りを思い出した。
今思えば、珍しく散華が、楽し気に諭していた気がする。
あれが演技だったと言われ、水谷は驚きの目で散華を見つめた。
「今後、『隠世』で『きらら』を連れている者を見かけても、手を出さないで欲しい。これは、私の宿命なのだ」
「でも・・・それじゃあ、師匠が」
「一匹でも生きていれば、私は死なぬ」
「でも・・・苦しいよね」
「―――」
「だって、子供の頃から肺に持病があるって・・・そういう事でしょ?」
「大丈夫だ。定期的に病院には行っているが、いつも苦しいワケではない」
「さっき、魂魄が傷付くと寿命が縮むって・・・病状も悪化するって事だよね?」
「そうだ」
「それを見過ごせって言われてもっ・・・」
「だから言っただろう。皆が賛同出来ないであろうと」
「―――」
「特に圭吾。お前は『隠世』で傷付いて来て、その苦しさを分かっておるしな」
水谷はうつむくと、握り締めた自分の手を見つめた。
理由が理由なだけに、カエデの言う通りにしなければならない。
無力である自分に、涙が出そうだった。
「・・・聞いてもイイ?」
「何だ?」
「『きらら』を殺したら、災害の規模が小さくなるんだよね?」
「そうだ」
「どのくらい、『裏御前』は殺すつもりなの?」
水谷の質問に、カエデは嬉しそうに微笑んだ。
緊迫した場に不釣り合いな笑みに、水谷は戸惑う。
「どのくらいだと思う?」
「・・・半分くらい?」
「全部だ」
水谷が絶句すると、カエデは狂喜したかのような笑い声をあげた。
東雲は今にも泣きだしそうになり、散華も更に不機嫌そうな表情を浮かべる。
「ここまで『瘴気』を溜め込んでは、一匹でも相当な被害になるからな」
「そんな・・・」
「心配するな。『きらら』が殺されて流出した『瘴気』は、『隠世』の『鬼喰らい』たちが『無害化』する。『現世』への影響は小さい」
「どうだってイイよっ!そんなこと!!!」
「―――」
「師匠が殺されるなんて・・・・絶対にイヤだ」
「すぐに死ぬワケでは無い。ここまで『瘴気』を溜め込んでいては、一気に殺す事は出来ぬ」
不意に、水谷は探るような視線をカエデに向けた。
狼狽した様子は鳴りをひそめ、瞳に強い光を宿す。
その変貌ぶりに、カエデは密かに息を呑んだ。
「・・・・・・なんで・・・本当の事、言ってくれないの?」
「・・・!」
「こんなの、おかしいよ・・・だって、そんなに危険なら・・・『鬼』を食わなければ良かったワケでしょ?」
「『死鬼喰み』は、『鬼』を食らわねば生きていけぬのだ」
「『裏御前』は・・・・・・あえて大規模災害になるよう、師匠に仕向けたんじゃないの?」
水谷の指摘に、カエデは目を見開いた。
カエデの様子に、散華は小さく溜息をつく。
「カエデ・・・圭吾は、お前が思うほど子供じゃない」
「――――」
「お前について行くと決めた圭吾を、ノケモノにするな」
真っすぐに見つめて来る水谷に、カエデは微笑み掛けた。
切れ長な瞳が水面のようにきらめき、悲哀がにじむ。
「・・・『裏御前』様は帝都を―――東京を崩壊する為に、私を殺そうとしている」
「・・・!?」
「東京にある古い建築物、犯罪者、浮浪者の一掃。首都崩壊で東京から人口が流出し、大阪や名古屋といった商業都市に人が移り住めば、都市が栄える。あとは、帝国議会に混乱をきたしたいなど、動機を上げればキリがない」
「なんか・・・色んな利害関係がありそう」
「ご名答。『裏御前』様は政財界の重鎮たちと繋がりが深い。これは、表沙汰にはならない、国の取り決めなのだ」
水谷は、愕然として何も言えなくなった。
首都崩壊などという狂気の沙汰に比べれば、『隠世』など可愛らしく思える。
しかもそれを、国が主体となってやろうとしてるのだ。
こんなことが許されるはずがないと、水谷は怒りを覚える。
「そういうワケだ。『きらら』を助けるという事は、国に反旗をひるがえすも同じ。圭吾だけではない・・・・・・・東雲、お前も絶対に手を出すな」
急に名指しで言われ、東雲はビクリと肩を震わせた。
カエデのけん制するような眼差しに、目を泳がせる。
「『裏御前』様が、どうして今回、お前を渡航の同伴者にしたか・・・分かるな?」
「・・・分かってはおりますが、師匠」
「『裏御前』様から逃れるなど、不可能なのだ。海外に逃亡しても、『縁』をたどれば簡単に見つかってしまう。それは、この半年、お前がやって来たのだから分かるであろう」
「・・・はい」
「そして、見つかった者の行く末も、お前は見ているはずだ」
東雲は、着物を強く握り締めた。
震える東雲の背を、散華が、しかめっ面で軽く叩く。
「私からは以上だ。他に何か聞きたいことはあるか?」
水谷は、恐る恐る手を上げた。
カエデが、薄氷の笑みを浮かべてうながす。
「つまり、今まで通りに過ごせって事・・・?」
「そうだ」
「問題の解決にならないよね・・・」
「そもそも、問題などない」
「――――」
「お前たちが『裏御前』様に殺されるのは大問題だが、私が殺される事に関しては、私は了承している」
「ボクにとっては大問題だよ!!それを黙認しろって言うの!?」
「そうだ」
水谷が悲壮の色を浮かべても、カエデの冷たい笑みは揺るがなかった。
話は終わったと、カエデは無言で縁側を降り、颯爽と歩き出す。
東雲も、慌てて後を追って、玄関へと駆け出した。
二人の影が月光に縁どられ、足早に坂を降りて行く。
その姿が見えなくなるまで、水谷は暗澹たる気持ちで見送った。
「圭吾」
散華が、落ち着いた声で呼びかけてきた。
水谷の張り詰めていた気持ちが、ほんの少しゆるむ。
「カエデを連れて来て、すまなかった」
「え・・・いえ、そんなこと」
「寝込んでいるからと反対したんだが、どうしても今日行くと言って聞かなかった」
さっき、急に謝られたのは、その事だったらしい。
カエデの手前、何の事で謝っているのか言えなかったという事か。
水谷は納得すると、控えめに笑みを浮かべ、首を振った。
「蚊帳の外より良いです。悶々と分からない事で悩むより、スッキリしますし」
「そうか・・・」
「正直、こんな大事だとは思いませんでしたけど・・・・・・あの、散華さん」
「なんだ?」
「散華さんは、師匠の言った事・・・どう思っているんですか?」
「俺は、カエデの言う通りにするのが最善だと思ってる」
「え・・・」
「もちろん、あらゆる策の中で、一番マシだというだけだ」
「あれが、策と言えますか・・・?」
「『裏御前』に手を上げるつもりなら、俺は全力でお前を止めるぞ」
「――――」
「言っただろ、それが俺の最善だ」
散華は不機嫌そうに溜息をつくと、近くにあった小箱を手に取った。
香炉に新たな香を添えると、白檀の香りが辺りに漂い始める。
「散華さん、沈香の方がいいんじゃ・・・」
「いい・・・面倒くさい」
言うや否や、羽織姿もそのままに、散華は寝そべった。
水谷は、慌てて散華の羽織の裾を引っ張る。
「羽織がシワになりますよっ」
「どうせ着る機会なんてほとんどない」
「そうですけど、一張羅なんですから大切にして下さいよ~・・」
散華は薄目を開けると、気だるげに羽織と袴を脱ぎ、そこら辺に放り投げた。
首元をゆるめると、着流しで再び横になる。
自分の身の回りの事になると、面倒くさがりの水谷から見ても非常に荒かった。
水谷は小さく溜息をつき、脱ぎ捨てられた羽織と袴を拾い上げる。
「鈴虫が鳴いてる」
儚く消え入りそうな囁きで、散華がつぶやいた。
今にも、うたかたの如く消え去るのではないかと、水谷は寒気を覚える。
お互いに黙り込んでいると、急に寝息が聞こえてきた。
「・・・えぇ!?・・・あ・・・先に行っちゃった」
時計を見ると、いつも寝ている時間より、だいぶ早い。
なるべく『隠世』には居たくないところではあったが、置いて行かれるのも、何となく不安であった。
草むらから聞こえる虫たちの声が、急に威圧的な気配に感じられ、水谷の背筋に寒いものが走る。
ガッ・・・ガラガラガラガラ・・・
水谷はガラス戸を閉めると、引き出しの奥に仕舞い込んだ紙袋を引っ張り出した。
その中から薬を一包取り出し、台所に行って口に含むと、水で無理矢理流し込む。
そして、奥の部屋から掛け布団を引っ張り出して来ると、散華にそっと掛けた。
「おやすみなさい・・・散華さん」
水谷は部屋の電気を消すと、自分の布団を頭から被り、部屋の隅で身を丸めるように伏せた。
しかし、すぐに顔を上げ、香炉の側にいる『シキ』に呼び掛ける。
「『シキ』・・・」
水谷の不安げな声に、寝そべっていた『シキ』は顔を上げ、猫のような甲高い声を上げた。
水谷の方へ寄ってくると、布団の中に潜り込む。
小首をかしげるような仕草をすると、つぶらな瞳で水谷を見つめた。
「どうしよう・・・久々に寝るのが怖い」
水谷がつぶやくと、『シキ』は灯ほどの炎を、目の前に燃え上がらせた。
その揺らめきを、水谷はジッと眺め続ける。
「・・・綺麗だね、『シキ』」
そういうと、『シキ』は実体のない体を、水谷にすり寄せた。
狐の姿であるのに、微笑み掛けているように見える。
そんな『シキ』に、水谷もつられるように破顔した。
「おやすみ・・・『シキ』」
鈴虫の鳴く声が、『シキ』の炎の揺らめきに重なる。
その炎が茫洋とした視界ににじみ始めると、水谷は安らかに寝息を立てるのであった。




