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灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
螺鈿の葬列
101/153

-螺鈿の葬列- 15

 東雲(しののめ)が、人数分のお茶をいれて戻って来ると、水谷たちは円になって座った。


 しばらく泣き続けていたカエデも落ち着ついたらしく、いつもの(りん)とした表情を取り戻す。


 そして、珍しくかしこまった様子で、口を開いた。



「お前達に、重要な事を話さねばならない。心して聞いて欲しい」



 一同が、神妙な面持ちでうなずく。


 あまりに緊張した雰囲気に、水谷は手に汗を握った。



「おそらく、全員の賛同を得られるとは思っていない。だが、私の考えを(くつがえ)すつもりは毛頭ない・・・いや、それ以外に、私が取れる道が無いのだ」



 散華と東雲が、鋭利な眼差しでうなずいた。


 水谷も、これから話される内容に不安を感じつつも、控えめにうなずく。



「圭吾・・・お前が殺されそうになったのは、私の『鬼』――『きらら』とお前を間違えたのだ」



「間違えた・・・?」



「『裏御前(うらごぜん)』様の手下は、『隠世(かくりよ)』に『きらら』を連れて行って殺している」



 水谷は、言葉を失った。


 あの時見た『きらら』は、命からがら、逃げている最中だったのである。


 (もり)で突き刺された姿を想像し、水谷は思わず口を抑えた。



「ただ、『きらら』を殺されるのは、しかたのない事なのだ」



「ど、どうして・・・?」



「それは、『きらら』が『死鬼(しき)』だからだ」



「・・・え」



「私は、他人の『鬼』を喰らう、『死鬼喰(しきは)み』だ」



 水谷は言葉を失った。


 そんな水谷の反応に、カエデは悪童(あくどう)のような笑みを浮かべる。



「『きらら』の中には、今までに食らった、何百という『鬼』の『瘴気(しょうき)』が詰まっている。それらは、『きらら』を殺すと同時に、天災へと転化するのだ」



「てんさい・・・?」



「地震、雷、洪水などといった自然現象だ。私が死ねば、全ての『きらら』も死ぬ。この量が一気に転化すれば、関東全域に及ぶ大規模な災害は、まぬがれぬだろうな」



「・・・もしかして、その規模を小さくする為に・・・」



「そうだ。だから、『きらら』が殺されるのは(いた)(かた)ない」



「でもっ・・・『きらら』は、必死に逃げてたよ!」



「『きらら』も分かってはいるが、死ぬのが怖くて逃げる事があるのだ。だが、助けてはいけない。これは、必要な事なのだ」



「そんな・・・可哀想だよ」



「下手に助けて連れて帰れば、散華が気を回してくれたのに、お前の事が『裏御前』様にバレる。そうなれば、今回以上に、お前の身が危うい」



 水谷は、散華を見やった。


 相変わらず、憮然(ぶぜん)とした表情で不機嫌そうである。



「散華は、私のイタズラ好きの性格をよく分かっていたからな。お前を秘密にした方が、『裏御前』様を後で驚かせられると、乗せてくれたのだ」



 水谷はココに来た頃の、カエデと散華のやり取りを思い出した。


 今思えば、珍しく散華が、楽し気に(さと)していた気がする。


 あれが演技だったと言われ、水谷は驚きの目で散華を見つめた。



「今後、『隠世』で『きらら』を連れている者を見かけても、手を出さないで欲しい。これは、私の宿命なのだ」



「でも・・・それじゃあ、師匠が」



「一匹でも生きていれば、私は死なぬ」



「でも・・・苦しいよね」



「―――」



「だって、子供の頃から肺に持病があるって・・・そういう事でしょ?」



「大丈夫だ。定期的に病院には行っているが、いつも苦しいワケではない」



「さっき、魂魄(こんぱく)が傷付くと寿命が縮むって・・・病状も悪化するって事だよね?」



「そうだ」



「それを見過ごせって言われてもっ・・・」



「だから言っただろう。皆が賛同出来ないであろうと」



「―――」



「特に圭吾。お前は『隠世』で傷付いて来て、その苦しさを分かっておるしな」



 水谷はうつむくと、握り締めた自分の手を見つめた。


 理由が理由なだけに、カエデの言う通りにしなければならない。


 無力である自分に、涙が出そうだった。



「・・・聞いてもイイ?」



「何だ?」



「『きらら』を殺したら、災害の規模が小さくなるんだよね?」



「そうだ」



「どのくらい、『裏御前』は殺すつもりなの?」



 水谷の質問に、カエデは嬉しそうに微笑んだ。


 緊迫した場に不釣り合いな笑みに、水谷は戸惑う。



「どのくらいだと思う?」



「・・・半分くらい?」



「全部だ」



 水谷が絶句すると、カエデは狂喜したかのような笑い声をあげた。


 東雲は今にも泣きだしそうになり、散華も更に不機嫌そうな表情を浮かべる。



「ここまで『瘴気』を()め込んでは、一匹でも相当な被害になるからな」



「そんな・・・」



「心配するな。『きらら』が殺されて流出した『瘴気』は、『隠世』の『鬼喰らい』たちが『無害化』する。『現世(うつしよ)』への影響は小さい」



「どうだってイイよっ!そんなこと!!!」



「―――」



「師匠が殺されるなんて・・・・絶対にイヤだ」



「すぐに死ぬワケでは無い。ここまで『瘴気』を溜め込んでいては、一気に殺す事は出来ぬ」



 不意に、水谷は探るような視線をカエデに向けた。


 狼狽(ろうばい)した様子は鳴りをひそめ、瞳に強い光を宿す。


 その変貌(へんぼう)ぶりに、カエデは密かに息を()んだ。



「・・・・・・なんで・・・本当の事、言ってくれないの?」



「・・・!」



「こんなの、おかしいよ・・・だって、そんなに危険なら・・・『鬼』を食わなければ良かったワケでしょ?」



「『死鬼喰み』は、『鬼』を食らわねば生きていけぬのだ」



「『裏御前』は・・・・・・あえて大規模災害になるよう、師匠に仕向けたんじゃないの?」



 水谷の指摘に、カエデは目を見開いた。


 カエデの様子に、散華は小さく溜息をつく。



「カエデ・・・圭吾は、お前が思うほど子供じゃない」



「――――」



「お前について行くと決めた圭吾を、ノケモノにするな」



 真っすぐに見つめて来る水谷に、カエデは微笑み掛けた。


 切れ長な瞳が水面のようにきらめき、悲哀がにじむ。



「・・・『裏御前』様は帝都を―――東京を崩壊する為に、私を殺そうとしている」



「・・・!?」



「東京にある古い建築物、犯罪者、浮浪者の一掃。首都崩壊で東京から人口が流出し、大阪や名古屋といった商業都市に人が移り住めば、都市が栄える。あとは、帝国議会に混乱をきたしたいなど、動機を上げればキリがない」



「なんか・・・色んな利害関係がありそう」



「ご名答。『裏御前』様は政財界の重鎮(じゅうちん)たちと繋がりが深い。これは、表沙汰(おもてざた)にはならない、国の取り決めなのだ」



 水谷は、愕然(がくぜん)として何も言えなくなった。


 首都崩壊などという狂気の沙汰に比べれば、『隠世』など可愛らしく思える。


 しかもそれを、国が主体となってやろうとしてるのだ。


 こんなことが許されるはずがないと、水谷は怒りを覚える。



「そういうワケだ。『きらら』を助けるという事は、国に反旗をひるがえすも同じ。圭吾だけではない・・・・・・・東雲、お前も絶対に手を出すな」



 急に名指しで言われ、東雲はビクリと肩を震わせた。


 カエデのけん制するような眼差しに、目を泳がせる。



「『裏御前』様が、どうして今回、お前を渡航の同伴者にしたか・・・分かるな?」



「・・・分かってはおりますが、師匠」



「『裏御前』様から逃れるなど、不可能なのだ。海外に逃亡しても、『(えにし)』をたどれば簡単に見つかってしまう。それは、この半年、お前がやって来たのだから分かるであろう」



「・・・はい」



「そして、見つかった者の行く末も、お前は見ているはずだ」



 東雲は、着物を強く握り締めた。


 震える東雲の背を、散華が、しかめっ面で軽く叩く。



「私からは以上だ。他に何か聞きたいことはあるか?」



 水谷は、恐る恐る手を上げた。


 カエデが、薄氷の笑みを浮かべてうながす。



「つまり、今まで通りに過ごせって事・・・?」



「そうだ」



「問題の解決にならないよね・・・」



「そもそも、問題などない」



「――――」



「お前たちが『裏御前』様に殺されるのは大問題だが、私が殺される事に関しては、私は了承している」



「ボクにとっては大問題だよ!!それを黙認しろって言うの!?」



「そうだ」



 水谷が悲壮の色を浮かべても、カエデの冷たい笑みは揺るがなかった。


 話は終わったと、カエデは無言で縁側を降り、颯爽(さっそう)と歩き出す。


 東雲も、慌てて後を追って、玄関へと駆け出した。


 二人の影が月光に縁どられ、足早に坂を降りて行く。


 その姿が見えなくなるまで、水谷は暗澹(あんたん)たる気持ちで見送った。



「圭吾」



 散華が、落ち着いた声で呼びかけてきた。


 水谷の張り詰めていた気持ちが、ほんの少しゆるむ。



「カエデを連れて来て、すまなかった」



「え・・・いえ、そんなこと」



「寝込んでいるからと反対したんだが、どうしても今日行くと言って聞かなかった」



 さっき、急に謝られたのは、その事だったらしい。


 カエデの手前、何の事で謝っているのか言えなかったという事か。


 水谷は納得すると、控えめに笑みを浮かべ、首を振った。



蚊帳(かや)の外より良いです。悶々(もんもん)と分からない事で悩むより、スッキリしますし」



「そうか・・・」



「正直、こんな大事(おおごと)だとは思いませんでしたけど・・・・・・あの、散華さん」



「なんだ?」



「散華さんは、師匠の言った事・・・どう思っているんですか?」



「俺は、カエデの言う通りにするのが最善だと思ってる」



「え・・・」



「もちろん、あらゆる策の中で、一番マシだというだけだ」



「あれが、策と言えますか・・・?」



「『裏御前』に手を上げるつもりなら、俺は全力でお前を止めるぞ」



「――――」



「言っただろ、それが俺の最善だ」



 散華は不機嫌そうに溜息をつくと、近くにあった小箱を手に取った。


 香炉に新たな香を添えると、白檀(びゃくだん)の香りが辺りに(ただよ)い始める。



「散華さん、沈香(じんこう)の方がいいんじゃ・・・」



「いい・・・面倒くさい」



 言うや否や、羽織姿もそのままに、散華は寝そべった。


 水谷は、慌てて散華の羽織の(すそ)を引っ張る。



「羽織がシワになりますよっ」



「どうせ着る機会なんてほとんどない」



「そうですけど、一張羅(いっちょうら)なんですから大切にして下さいよ~・・」



 散華は薄目を開けると、気だるげに羽織と(はかま)を脱ぎ、そこら辺に放り投げた。


 首元をゆるめると、着流しで再び横になる。


 自分の身の回りの事になると、面倒くさがりの水谷から見ても非常に荒かった。


 水谷は小さく溜息をつき、脱ぎ捨てられた羽織と袴を拾い上げる。



「鈴虫が鳴いてる」



 (はかな)く消え入りそうな(ささや)きで、散華がつぶやいた。


 今にも、うたかたの如く消え去るのではないかと、水谷は寒気を覚える。


 お互いに黙り込んでいると、急に寝息が聞こえてきた。



「・・・えぇ!?・・・あ・・・先に行っちゃった」



 時計を見ると、いつも寝ている時間より、だいぶ早い。


 なるべく『隠世』には居たくないところではあったが、置いて行かれるのも、何となく不安であった。


 草むらから聞こえる虫たちの声が、急に威圧的な気配に感じられ、水谷の背筋に寒いものが走る。



 ガッ・・・ガラガラガラガラ・・・



 水谷はガラス戸を閉めると、引き出しの奥に仕舞い込んだ紙袋を引っ張り出した。


 その中から薬を一包取り出し、台所に行って口に含むと、水で無理矢理流し込む。


 そして、奥の部屋から掛け布団を引っ張り出して来ると、散華にそっと掛けた。



「おやすみなさい・・・散華さん」


 

 水谷は部屋の電気を消すと、自分の布団を頭から被り、部屋の(すみ)で身を丸めるように伏せた。


 しかし、すぐに顔を上げ、香炉の側にいる『シキ』に呼び掛ける。



「『シキ』・・・」



 水谷の不安げな声に、寝そべっていた『シキ』は顔を上げ、猫のような甲高い声を上げた。


 水谷の方へ寄ってくると、布団の中に潜り込む。


 小首をかしげるような仕草をすると、つぶらな瞳で水谷を見つめた。



「どうしよう・・・久々に寝るのが怖い」



 水谷がつぶやくと、『シキ』は(ともしび)ほどの炎を、目の前に燃え上がらせた。


 その揺らめきを、水谷はジッと眺め続ける。



「・・・綺麗だね、『シキ』」



 そういうと、『シキ』は実体のない体を、水谷にすり寄せた。


 狐の姿であるのに、微笑み掛けているように見える。


 そんな『シキ』に、水谷もつられるように破顔した。



「おやすみ・・・『シキ』」



 鈴虫の鳴く声が、『シキ』の炎の揺らめきに重なる。


 その炎が茫洋(ぼうよう)とした視界ににじみ始めると、水谷は安らかに寝息を立てるのであった。


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