-螺鈿の葬列- 14
鈴虫や松虫の合唱が、庭先で静かにとり行われている。
それに合わせるように、月光を浴びた桜の木が、静々と葉擦れの音を伴奏の如く奏でていた。
まるで、天に捧げる雅楽のようで、自然と心が洗われていく。
そんな夢心地と共に、水谷は縁側に座って、温かい煎茶を口に含んだ。
煎茶は、東雲がいれてくれたものである。
普段飲んでいる茶葉からいれたとは思えない・・・
あまりの美味しさに、入れ方次第でココまで味が違うのかと、水谷は目からウロコであった。
そんな完璧な仕事をやってのける東雲は、部屋の隅で、黙々と針仕事をしている。
飯炊きは食える程度には出来る水谷であったが、針仕事だけは、どうにも見た目が良くならなかった為、彼女に手直しを頼んだのであった。
すごい・・・魔法の手みたい
水谷は、細かい仕事が本当に苦手であった。
やる前から面倒くささが先に立って、憂鬱になる。
しかも、やり始めたらやり始めたで、鈍くさい為、いつまでも終わらなかった。
ただ、そんな水谷に、散華は文句の一つも吐かなかった為、下手なりに放り出さずにやって来れたのである。
散華からすれば、身の回りのことがままならないのを、丸投げしてるという感覚かもしれなかったが、水谷にとっては、役割を与えてもらった事が、良いプレッシャーとなったのだった。
この半年の出来事を色々と思い出し、水谷は思わず、側にある香炉を掌でなでる。
「・・・御心配ですか?」
東雲が、涼やかに笑い掛けてきた。
ただ、水谷に帰るように話した事もあり、少し気まずそうである。
「姐さんの『鬼』が、散華さんに同行してくれてるから、そこまで心配してないよ」
「まぁ、そんなに信頼していただけるとは、嬉しゅうございます」
「・・・ボクには、なんか姐さんの方が心配しているように見えるけど」
東雲が、手元に針をブスリと刺して縮こまった。
あまりの分かりやすさに、水谷の方がビックリする。
「も、申し訳ございません」
「・・・何か、隠してる?」
水谷が指摘すると、東雲は、ますます表情をこわばらせた。
そして、急にオロオロと、目を泳がせ始める。
普段落ち着いた雰囲気の為、その変化が余計に際立った。
「ワタクシ、虐げられる事は歓迎するところでございますが、その様な意地の悪い尋問は受け付けられません」
「意地が悪いって・・・普通に聞いただけだけど・・・」
「・・・まさか、ここまで嗜虐的なサディストだったとは・・・言葉攻めでワタクシの心をもてあそぶなど、なんと罪深い殿方でございましょうか・・・」
「・・・ね、姐さん・・・どうしたの?」
水谷の呼びかけには答えず、東雲は怯えた表情から、徐々に恍惚とした表情へと変わっていった。
自分を抱き締めるように腕を組むと、悩ましげな声を上げる。
「嗚呼ぁ、そんな・・・深更の森をうろつく獣のような瞳で、ワタクシを捉えないで下さいませ。鼓動が高鳴って、貴方に聞こえてしまいます故・・・」
あまりに急な変貌ぶりに、水谷はある事に思い至った。
この、目の前に全く違う世界を見ている感じは、『無害化』している散華に通じるものがある。
つまり、彼女は自ら生み出される『瘴気』を『無害化』しているのではないか。
会話が噛み合っていないところからも、非常にその可能性が高い。
とにかく、なんとか落ち着かせなくてはと、水谷は慌てて立ち上がり、東雲の側へ近寄った。
「姐さんっ、ご、ゴメンね?・・・全然、追い詰めるつもりはなかったんだけど」
「まぁ、この程度など戯れだと申し上げるのでございますか・・・そのように謝っておきながら、している事に反省の色など無いではありませんか」
一体、何をされているのだろうか―――詳しくは分からないが、大きな声では言えないような内容である事は確実であった。
東雲は喜悦の笑みを浮かべると、まるで誘っているかのような表情で水谷を見つめた。
まさか、相手は自分なのだろうかと、水谷は困惑する。
見ている世界が違うので、必ずしもそうとは限らないが、その可能性が外せない為、非常に恥ずかしい。
しかも、水谷の言った事を、微妙に組み込んで会話が成り立ちそうなところに、危うさとリアリティがあった。
彼女が『鬼喰らい』だと知らない人だったら、速攻でその場を立ち去るか、場合によっては彼女の誘いに乗って来るのではないか。
・・・だから、「元」看護婦なのだろうか?
不安の巣窟と言える病院は、『瘴気』に侵された『鬼』の宝庫である。
そこで同情して、うっかり『無害化』などしてしまったら―――
最悪の想像をしてしまい、水谷は非常にいたたまれなくなった。
しかも、そうこう水谷が思案している間も、東雲の妄想は止まらない。
何を言っても無反応の散華に対し、東雲は何を言っても、あらぬ方向に反応を示すようであった。
このような状態になってしまった『鬼喰らい』の対処として、やはり最善策は―――
そっと見守る、これに尽きた。
幸いな事に、有害な内容だが、現実に再現されないという意味で、無害であった。
散華の言う通り、何も作り出されないし、行動にも移されない。
しばらく水谷が無言で見守っていると、東雲はハッとした表情で水谷を見つめた。
両手で顔を隠し、指の間から水谷の顔をうかがう。
一応、正気に戻れば恥じらいはあるようで、水谷は安堵した。
「・・・あぁ」
「姐さん、大丈夫?」
「・・・兄様」
にわかに東雲は立ち上がり、庭をジッと見つめた。
あまりの慌てように、水谷も視線を移す。
ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ・・・
冴え冴えと光る月光に照らし出され、足早に近付いてくる者の輪郭が浮き彫りとなった。
散華かと思いきや、全体的にスラリと細い。
その見覚えのある人影に、水谷も思わず立ち上がった。
「・・・師匠!?」
縁側に置いてあった草履を履き、水谷は庭に下り立った。
すると、カエデは更に速度を上げ、鬼気迫った様子で駆け寄って来る。
今にも抜刀しそうな気迫に、水谷は立ち尽くした。
「圭吾!!」
まるで敵の奇襲を知らせるかのような叫び声に、水谷は咄嗟に目をつむった。
すると、勢いはそのままに、カエデはあろうことか、水谷を強く抱き締める。
首元に頬ずりされ、水谷は全身に鳥肌が立った。
「か・・・カエ・・・じゃないっ!・・・し、師匠!?」
「圭吾・・・」
泣きそうな声を耳元で囁かれ、水谷は頭が真っ白になった。
もう、恥ずかしいとかの問題ではない。
抵抗する気力を完全にそがれ、腰が抜けそうであった。
しかし、カエデの後ろから、散華が切れそうなほど鋭い目付きで近付いて来た為、水谷は我に返る。
「し、師匠・・・離れてっ」
水谷は、慌ててカエデの腕を掴み、半ば無理矢理引き離した。
しかし、カエデは水谷の頬に両手を添え、潤んだ瞳で見つめる。
触ってないと気が済まないらしいと判断し、水谷は早々に諦めた。
「すまぬ、圭吾・・・大変な目に合ったな」
「・・・師匠のせいじゃないよ・・・ボクが、迂闊だったんだ」
カエデは身を屈めると、水谷の心臓の辺りに耳を当てた。
引き離そうとしたが、居合の鍛錬の賜物なのか、軟弱な水谷では手も足も出ない。
仕方なく、相手は医者だと、水谷は念仏のように心の中で唱えた。
そんな水谷の気持ちが全く読めないらしく、カエデは追い打ちを掛けるようにポツリとつぶやく。
「乱れてる」
「え~・・・えっとね、師匠・・・」
「くるしいな・・・」
「だ、だいじょうぶ・・・散華さんと姐さんに『瘴気』は完全に払ってもらったから」
「魂魄が受けた傷は寿命に直結する・・・私の為に、命を縮めさせてしまった」
「う~ん・・・それを言ったら、師匠に会う前から、だいぶ縮んでると思うよ?」
「だから尚更だ・・・」
その声に嗚咽が入り交じり、カエデは、すがり付いたまま泣き始めた。
底抜けに明るい普段の姿など微塵も無く、かすれた声で囁く。
「お前を・・・連れて来るべきじゃなかった」
「――――」
「私が、浅はかだった・・・こういう事に巻き込まれると、考えが及んでいなかった」
カエデの言葉に、水谷は目の前が真っ暗になりそうであった。
カエデにまでそう言われては、取り付く島がない。
泣き出しそうなのをこらえると、水谷は声を振り絞った。
「師匠・・・ココで散華さんに会わせてもらえなかったら、ボクは・・・今頃生きてない」
水谷はカエデの頬に手を添え、ゆっくりと顔を上げさせた。
なるべくいつもの調子で笑って見せたが、まるで叱られた子供のように、カエデは止めどなく涙を流し続ける。
「きっと、病院の桜に悪態つきながら、ろくな人生じゃなかったって死んでたよ」
本当に最低な日々だったと、水谷は瞳に暗い影を落とした。
今にも崩れ落ちそうな気持ちになり、水谷も、すがるようにカエデを抱き寄せる。
「師匠にとっては、きまぐれでも、ボクにとっては人生最大の幸運なんだよ」
「―――」
「だから、泣かないで」
カエデは、あられもなく大声で泣きだすと、水谷の背中をかき抱いた。
その横で、散華が東雲に視線を送る。
東雲はうなずくと、家の奥へと駆け出した。
いつもの不機嫌そうな溜息をつき、散華は水谷にも視線を投げ掛ける。
そして、カエデの肩を支えて、縁側に上げるのを手伝った。
「圭吾」
「何ですか?」
「―――すまない」
「えっと・・・何の事で?」
しかし、散華はその問いには応えず、鋭い眼差しを隠すように目を伏せた。
未だに泣き続けるカエデを引き受け、一緒に畳の上に座り込む。
そして、カエデをあやすでもなく、ただ遠くを見るような表情で体を支えた。
その姿が庭の桜の古木に重なり、カエデにとって散華がどんな存在か、水谷は理解したのだった。




