-蛇落の褥- 3-1
辺りは森に囲まれている、市街から随分離れた、本当に小さな村であった。
そんな穏やかな村で、幼い少女がボールを持ってたたずんでいる。
その周りで、犬がかまって欲しそうに駆けずり回っていた。
銃声
けたたましい音を上げて、乱撃乱射が始まる。
慟哭と共に、一斉に兵卒たちが踏み込んだ。
家屋に火が放たれ、窓から勢いよく炎が燃え出すと、中から悲痛な叫び声が上がる。
驚愕した顔の老人が飛び出して来ると、それを待っていたかのように、無数の銃弾が襲い掛かった。
先程の少女も、振り向く間もなく崩れ落ち、かたわらで犬が蜂の巣になっている。
「・・・・」
するとそこに、ひと際長身の兵卒が近付いて来た。
しかし、少女は、まだ生きてるものの、口から血の泡を吹き出して痙攣している。
小さな手を虚空に伸ばし、眼球がビクビクと動いて涙に濡れていた。
「ヘタクソが・・・」
男は、少女のこめかみに銃口を当て、引き金を引いた。
破裂音と共に、少女の体が跳ね上がる。
少女が微動だにしなくなると、男は小さく息をつく。
「・・・!」
刹那、男の目の前を、火だるまになった老人が、もだえながら走っていった。
しばらく走ると膝をつき、倒れ伏して苦し気に暴れ始める。
「・・・ッ」
男は急いで駆け寄ると、その後頭部に一発撃ち込んだ。
燃え盛る体が、ビクリと一瞬跳ね上がる。
すると、相変わらず炎は立ち上っているが、老人は全く動かなくなった。
男は、黒煙を上げて燃え上がる姿を、ただ呆然と見つめ続ける。
「おい、行くぞ」
味方の兵卒たちが、村で略奪した品を運びながら撤退し始めた。
お前も持てと、男は仲間の兵卒にデカい袋を渡される。
荷物は大した重さではなかったが、男は胸が鉛を含んだように重く感じた。
しかし、そんな男の心境など気に掛けもせず、他の下っ端の兵卒たちは、中隊長への不平不満をもらしながら、自分たちの先程の戦果を自慢し合う。
くだらない
お前達の中途半端な殺りそこないを、誰が殺ったと思ってる。
あの少女は、最期の一撃に苦しんだだろうか。
あの火だるまになった老人は、銃弾の痛みを感じただろうか。
男は荷物を置いて腰を下ろすと、立てた片膝に額を押し付け、目をつむった。
そして、人知れず、真っ暗な視界の中で、自責の念に苛まれる。
本来の目的を逸脱した略奪行為は、罪もない一般市民を人を手に掛け、奪って、ねじ伏せて、優越に浸るための、悪趣味な茶番劇に他ならなかった。
しかし、たかが一等兵である男には、それを止める権限などなく、命令のままに動かざるをえない。
ただ、それすら自分を慰める言い訳にしかならないと、人を殺めた自分の手を憎らし気に握り締めた。
――日本に帰ったところで、お前に戻る場所など無い
男は、誰かに耳元で囁かれ、顔を上げた。
銀色の瞳がきらめき、形良い口元が穏やかな笑みをたたえている。
その懐かしい姿に、男はつられて笑いそうになり、苦々しく口元を歪めた。
またお前か。
夢彦の姿で出るなと、いつも言っているだろ。
――お前が本当は、そう望んでいるからだ
望んでない
――なぁ・・・いっそ、すべてを俺に引き渡せ、楽だぞ
断る
――良心の呵責から死に損ないにトドメをさしても、結局は人殺しに相違ない
・・・・・
――『あの日』から、もうお前はコチラ側の人間だ。いい加減、認めたらどうだ
認めてるさ。
お前の仲間を見ていると、意地でも、お前に任せたくないだけだ。
すると、夢彦の姿をした何者かは、夢彦らしからぬ金切り声を上げて笑いだした。
その金切り声が、大きなブレーキ音と重なる。
甲高い音が消えていくと同時に、夢彦の姿も闇の奥へとにじんでいった。
その姿を見送っていると、突如、男の体が前のめりになる。
慌てて瞳を開けると、コート姿の人々が足早に降りて行くのが視界に入って来た。
「東京――、東京――」
しゃがれた駅員の声が、辺りに響き渡った。
男は額に手を当てて息をつくと、聞こえるか聞こえないかという小さな声でつぶやく。
「あぁ・・・また生き残ったか」




